プリムスの伝承歌




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プリムスの伝承歌-宝石と絆の戦記-

第1曲 はじまりの伝承歌

 長い回廊を走っていく。城の諸所から悲鳴や剣戟が聞こえてくる。こんなに大勢の兵士はどうやって城に侵入したのだろうか。在住している騎士 たちだけでは対応できていない。
 陸路も大河も大勢の兵士が移動していれば、ルナーエ国の国境を警備している騎士たちに怪しまれるはずだ。

「こんなに大勢の兵士はどうやって……」
「恐らくですが、夜襲はこの日を狙っていたのでしょう。兵士たちを乗せた船を近場に停泊させていたのかもしれません。仮に我が国の巡回船に見 つかったとしても、護衛船と偽ればいいだけです」

 彼の言葉に唇を噛む。父上、母上、セラは無事なのだろうか。不安と焦りが募っていく。
 僕たちは階段を駆け上がり、二階の廊下へ足を踏み入れる。そこにはたくさんの遺体が転がっており、戦場のような光景だ。むせ返るような血の 臭いが充満していて、思わず手の甲で鼻を覆った。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。僕の当たり前だった日常は簡単に崩れてしまった。

 兵士たちの遺体を避けながら廊下を走ると、ようやく謁見室が見えてくる。扉は開いており、僕たちが飛び込むとそこには信じ難い光景が広がっ ていた――――。


――――数ヶ月前。


「リア様。ご武運をお祈り申し上げます」
「ありがとうクラルス」

 訓練所に繋がる回廊で専属護衛騎士のクラルスが微笑み、彼の暗緑色の髪が揺れる。
 今日は僕が地方視察へ向かわせることができるかどうか見極める試験を受ける。少年騎士団の首席の人と模擬戦をして、勝利を収めることが地方 視察へ行ける条件だ。
 初めて地方視察という公務を任せてもらえる機会が与えられた。今日の試験はどうしても合格したい。

「ウェル騎士団長様は奇抜なお考えしますね」
「僕は賛成だよ。自分の実力で受かりたいから」

 ウェル騎士団長。僕の父上は少し変わった提案をして、王子という身分を隠して試験を受けさせるそうだ。
 僕はそれに賛成をしている。王子という身分上、忖度をされる可能性がある。自分の実力で受かりたいという気持ちが強かった。
 ルナーエ国は女王君主制なので、父上が女王と国を守る騎士団長という地位に就いている。
 僕は男子であるため王位継承権がない。そのため父上 の騎士団長という地位を継ぐことになっている。騎士団の最高位を継ぐためそれに見合う強さが求められていた。
 父上のような立派な騎士団長になるため、幼い頃から勉学の他に剣術や体術を習っている。そして毎日クラルスや星永(せ いえい) 騎士の人たちと鍛錬に励んでいた。
 今の服装は少年騎士が着る軽装。一つに結ってある長い銀色の髪は、頭に巻いた布の中に無理矢理押し込んだ。念のためだて眼鏡をかけている。

「クラルス。……変装大丈夫かな?」
「えぇ。あとは正体が露見しないようにですね。途中で知られてしまったら、試験自体中止になってしまいます」
「うん。気をつけるよ」

 もし正体が露見してしまったら、不合格になってしまう。
 次期騎士団長だが少年騎士団の皆と一緒に訓練をしているわけではない。目立つ長い銀髪さえ見られなければ露見しないだろうが不安になってし まう。
 同年代の騎士団の人とは手合わせや模擬戦をしたことがないので、どれだけ通用するのだろうか。格上の星永騎士やクラルスは僕に合わせて手合 わせをしてくれている。そのため本気で剣を交える機会はなかった。
 彼と話をしている間に訓練所の庭に五十人近い少年少女たちが集まってきている。

「そろそろ時間だから行くね」
「いってらっしゃいませ。リア様」

 クラルスに見送られ、建物の陰から並んでいる少年騎士たちに紛れる。兵舎の方を見るとクラルスが建物内に入っていく姿が見えた。兵舎から試 験を見学するのだろう。彼に見られていると余計緊張してしまう。
 僕は緊張を解くためにゆっくり深呼吸をする。周りを見渡すと僕より少し年上の人が多く見られた。

 少年騎士は、十二歳から十八歳までの入団試験に合格した者が入れる選良された騎士団。少年時代から剣術を学び、卒業は十八歳。成績優秀な少 年騎士は騎士団の指揮官見習いである準将校になるか戦闘に特化した星永騎士になる。

 定刻になると同時に父上と二人の星永騎士が城に繋がる回廊から姿を現す。皆、姿を見るや雑談を止め、整列をして姿勢を正した。僕もそれに習 い目立たない後列に並び、姿勢を正す。
 父上たちは少年騎士が整列しているところまで来ると、父上は何かを探すように見回していて僕と目が合う。僕がいることを確認したかったのだ ろう。あまり見られていると正体が露見してしまうのではないかと思い、わざと視線を外した。
 一呼吸置いて父上が話し始める。

「皆。日々の訓練に励んでご苦労。今日は皆の実力を知る模擬戦を行う。公式戦なので順位も変動する。心して挑むように」

 皆、模擬戦と聞いて真剣な表情になる。模擬戦は数日に渡り、不定期に行われている総当たり戦で、勝利数が一番多い人から順位が決められてい く。少年騎士は卒業までに良い順位になるため模擬戦は必死になるはずだ。

 星永騎士の二人が二人一組になるように初戦相手を決めていく。僕の側に来た星永騎士は、王子だということを知っているのか、僕と目が合うと 微笑んだ。
 案内をされ、一人の少年の隣に並ばされる。彼が少年騎士の首席なのだろうか。青髪の僕より背が高い少年で、年齢は十代後半だろう。少年は隣 に並んだ僕を見て睨み付けてきた。

「見たことない顔だな。新入りか? 名前は?」
「……。リアです。今日から入団しました」

 咄嗟に近親者に愛称で呼ばれている”リア”という名前を出してしまったが勘付かれていないだろうか。
 不意に視線を感じた。振り向くと見慣れない僕の姿を注視している人が多い。新人少年騎士という建前でいるのだがこんなにも注目されるような ことなのだろうか。

「リア。お前相当強いんだな」
「えっ?」

 僕の後ろに並んでいた金髪の少年に声をかけられる。

「俺はジュス。一応こう見えて少年騎士の次席だ。んで、この無愛想なのが首席のライズ。よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」

 本来初戦は力が均衡する相手と模擬戦をすることが通例らしい。見慣れない僕が少年騎士の首席であるライズと組まされているので皆が注目して いたようだ。
 試験の都合上ライズと組まされたのだが視線を浴びて居心地が悪い。

「本当は俺とライズが組むんだけどな。秒で終わりにならないように、せいぜい楽しませてくれよ新入り君」

 ジュスは僕の頭を乱暴に撫でた。縛っている布が解けないか心配で思わず頭を押さえる。不意に兵舎の方から視線を感じ、二階の窓に目を向ける とクラルスがジュスを睨み付けていた。
 僕が視線を向けた先を見て、ライズは顔を歪める。

「あれは王子の腰巾着か。高みの見物とはいいご身分だ。次期騎士団長様のご見学するのかな」
「王子はまだ十四歳だぞ。今頃、部屋でお勉強かおやつの時間だろう。いいよなぁ実力がなくても約束された地位があるってさ」

 腰巾着とはクラルスのことだろう。僕とクラルスは騎士団の人たちと一緒に訓練をしていない。二人からすれば、普段何をしているのか分からな い僕たちに対して不満が出てしまうことは仕方ない。
 抗議の言葉が出そうになるが口を(つぐ)み、 彼らから視線を逸らす。
 初戦の組み合わせが決まったところで父上が口を開いた。

「今回模擬戦の規定を変更する。模擬剣ではなく真剣を使用。剣が手元から離れた時点で負けとする。その為なら手段は問わない。ただし命を奪う ような危険な行為と判断した場合は、星永騎士が止めに入り、両者負けだ」

 父上からの規定説明に少年騎士は立ち騒ぐ。模擬戦とは聞いていたが、真剣を使用とは聞いていなかったので僕も驚いた。真剣を使用するという ことは、怪我をする恐れもあるということ。少しの怪我程度では星永騎士の二人は止めに入らないだろう。
 隣にいるライズを見るが特に驚いた様子ではなかった。

「へぇ騎士団長様も粋なことする。リア、手加減するから安心しろ」
「……手加減は無用です」

 いくら新人少年騎士という建前であっても手を抜かれたくはない。
 僕の受け答えが気に入らなかったのか長く垂らしていた横髪をライズに思い切り引っ張られた。

「それをいうのは五年早いぞ新人。怪我をする前に剣から手を離せ」

 痛みで顔が歪む。無言で彼を見つめていると、ジュスがライズの肩に手を置いて制止する。

「おいおい開始前から熱いねぇ。あまり騒ぐと星永騎士に目をつけられるから、その辺にしとけよ」

 ジュスの言葉にライズは掴んでいた僕の横髪を乱暴に放した。少年騎士団は血気盛んな人たちが多いのだろうか。
 模擬戦の開始前にこんな一悶着になるとは思わずため息が出てしまう。

「それでは一組目、開始だ」

 父上の言葉を聞いた星永騎士は指定位置に僕とライズを誘導し、剣を渡す。僕とライズが対面になると緊張の空気が周りを包み込ん だ。
 僕は剣を抜き構える。手合わせで滅多に真剣は使わないので緊張してしまう。一歩間違えればお互い酷い怪我を負ってしまうことになる。そんな ことにならないように星永騎士の二人が剣に手をかけたまま静観していた。
 ライズを見ると、彼は剣を抜いたまま余裕のある表情で佇んでいる。僕を格下と見なしているようだ。

「初撃はお前から来いよ」

 僕は剣を構え直してライズとの距離をすばやく縮める。
 初撃は簡単に受け止められてしまい、ライズが僕の剣を弾こうとしたので咄嗟に距離を置いた。

「逃げ足は早いな」
「ご託はいいです」

 僕が言葉を発したと同時にライズが攻めてきた。一撃がかなり重く防戦一方だ。無闇な攻撃は控えて隙ができれば攻撃をする。そんな攻防を繰り 返していた。ライズの振った剣先が服や腕をかすめてひやりとする。

「おーライズと互角にやりあってんな」

 ジュスの言葉が耳に入ったのかライズは怒りを露わにした。こんな奴と互角とはありえない。表情がそう物語っていた。
 剣戟(けんげき)がいっそう激しく なり、誰もが固唾をのんで見守っている。初めは一進一退の攻防が続いていたがライズに攻め込 まれ、防戦一方になっていた。少しでも気を緩めたら剣を弾かれてしまいそうで(つ か)を強く握る。

 僕が再び距離を縮めたとき、彼の口角が上がる様子が見えた。それと同時に僕の前にライズの左手が伸びる。異変に気づいて飛び退いた瞬間、風 の刃が襲いかかった。
 風の刃に触れて頬や手に裂傷が走り、かけていた眼鏡は吹き飛ばされた。これは自然に起きた突風ではない。ライズから発せられた魔法だ。

「げっ……ライズの奴エメラルド宿していたのか。って魔法ありかよ!」

 僕は意地でも剣は手放さなかった。ライズは魔法を使用しているが星永騎士の二人は静観をしている。僕の手から剣が落ちたわけでもないので、 止めには入らないのは当たり前だ。父上が手段は問わないと言っていたので、魔法を使用しても止める対象にはならないのだろう。
 烈風が止み、ライズの方を見ると僕を睨み付けている。

「リア。大怪我をしないうちに、剣から手を離せ。お前はよくやったよ」

 僕は首を横に振り、剣を構えるとライズが舌打ちをした。防戦一方ではいずれ体力の限界が来て負けてしまうだろう。こちらから攻めて決着をつ けるしかない。
 彼がまた魔法を使う気なら好機かもしれない。僕は剣を握り直し、ライズに向かって走り出す。

 彼は魔法を使うため左手を前に突き出した。容赦ない烈風が襲う。少しでも風を受けないように剣を盾代わりにしてライズとの距離をつめた。
 彼は防御するため剣を構えようとしている。僕は咄嗟に腰に下げてある護身用の短剣を抜いて剣を振り払った。その衝撃でライズは地面に倒れ る。僕が勢いで剣を振り下ろした瞬間。

「そこまで!」
 
 父上の言葉で我に返り、倒れているライズの肩すれすれに剣を突き立てた。同時に頭に巻いていた布が解けて、髪が肩に落ちる。ライズの目は見 開かれ、驚いた様子で僕を見ている。
 決着がついたが、誰も言葉を口にすることはなかった。静寂の中、倒れているライズを後目に僕は父上に一礼をして短剣を収める。

「騎士団長様。下がってよろしいでしょうか……」
「うむ。医務室へ行き、怪我の手当をしてもらいなさい」

 父上は表情を崩さずすぐ少年騎士たちに視線を移した。未だ状況が飲み込めず硬直している少年騎士たちに一礼をして兵舎の医務室へと向う。
 後ろからは模擬戦の準備の声と慌てふためている声が聞こえた。皆の様子から僕が王子だということは分かってしまっただろう。ライズに勝つこ とはできたが、正体は露見してしまった。


 医務室の扉を開くと初老の女性医師が僕の姿を見て目を見開らく。

「王子殿下!? どうされたのですその傷は!」
「えっと……」

 怪我の手当をされながら経緯を説明すると呆れた様子で先生はため息をついた。何かあったらどうするのだと先生は愚痴を零しながら僕の治療を している。父上は本気で戦って欲しくて、こういう場を設けたことは分かっていた。先生は理解していると思うけど怪我人は出されて欲しくないだ ろう。

「この裂傷は魔法ですね。この程度で済んで良かったですよ。魔法に手慣れた人だったら、手なんて吹っ飛んでしまいますからね」

 先生の言葉に背筋が凍る。ライズは魔法を手加減していたか使い慣れていなかったのかもしれない。先生からの治療を大人しく受けていると、ど こからともなく騒がしい足音が聞こえてくる。医務室の扉の方を向くとクラルスが勢いよく飛び込んできた。

「リア様! お怪我は!」
「医務室で騒ぐんじゃないクラルス!」
「しっ……失礼しました」

 先生にぴしゃりと言われて、クラルスは申し訳なさそうに身体を縮ませた。クラルスがあまりにも焦った様子で医務室に入ってきたので、思わず くすりと笑ってしまう。相変わらずの心配性だ。

「大丈夫だよ。このくらい」
「リア様。無茶しないで下さい……御髪(おぐし)も こんなに乱れてしまって」

 クラルスは僕の乱れた髪を結い直そうと髪留めを外した。自分で髪くらい結い直せるのだが、今は治療中なのでクラルスに任せる。
 風の刃の中を進んでいくことは無謀だったかもしれないけど、そうしなければ勝てなかった。

 最後はライズが魔法を使わなければ負けていたかもしれない。魔法を使うには集中力が必要なのでどうしても他のことに反応が遅れてしまう。彼 が僕の剣に反応が遅れたのもそのせいだ。

 半ば意地と本能だけでやっていたようなものだった。反面クラルスに心配させてしまったことは申し訳なく思う。治療も終わり、先生にお礼を言 うと後で父上を叱っておくと眉をつり上げていた。

 訓練所を後にしようと城までの長い回廊を歩く。庭ではまだ模擬戦の続きがされていて気迫の声が聞こえてきた。
 不意に庭の端にライズとジュスを見つける。クラルスに制止されたが彼らに歩み寄った。二人は僕に気がつくと顔を引きつらせて深々と頭を下げ る。

「王子殿下にお怪我をさせてしまい、申し訳ありません」

 まるで教科書を無理矢理朗読させられているような声色でライズは僕に謝罪をした。クラルスは彼の態度が気に入らないのか苛ついている雰囲気 が伝わってくる。

「いえ……。僕も騙すようなことをしてしまい、すみませんでした。模擬戦、感謝致します」
「王子殿下強いですね! 是非今度は俺と手合わせを……」

 ジュスの言葉を聞いてクラルスは彼を睨み付けて言葉を遮った。ジュスはどもりながら、ちらちらと僕を見ている。もしかして僕とクラルスを悪 いように言っていたことを告げ口していないか心配しているのだろうか。
 僕は口の前に人差し指を立てて内緒にしていると仕草で表すと、ジュスは安堵の表情をした。
 二人に会釈をしてその場を立ち去ろうと身を翻したとき、ライズの声が聞こえる。

「次は負けない」

 振り返ると彼はもう模擬戦をしている少年騎士たちのところに向かっていた。ジュスはそんな態度のライズを見て苦笑いをして僕たちに会釈を し、彼の後を追った。


 本来ならこの後クラルスとの手合わせなのだが、僕が怪我をしているので中止にするそうだ。そこまで酷い怪我ではないのだけれど、大事をとっ て自室で休むことになった。
 自室までの回廊を歩いていると僕の背後から軽快な足音が響いてくる。振り返ると深紅の長髪を揺らして、双子の妹セラスフィーナが小走りで側 に駆け寄ってきた。僕と目が合うと金色の瞳を輝かせる。

「リア! もう試験終わったの? 見学しようとしたのに」
「うん。一番だったからね。ルシオラはどうしたの?」

 僕と同じセラにも専属護衛が就いているのだが、どうやら置いてきてしまったようだ。
 少し遅れて回廊の角から浅紅(あさべに)色 の髪のセラ専属護衛ルシオラが姿を現す。彼女も特別に抜擢された女性騎 士でクラルスより一年先輩の騎士だ。

「セラ様! 回廊を走ってはいけませんよ」
「ルシオラだって走っているじゃない」
「それはセラ様が走るからですよ」

 二人はまるで姉妹のように仲が良い。セラはルシオラのことを姉のように慕っていた。セラは次期女王のため、毎日勉学に励んでいる。授業の休 憩中に僕の試験を見に来たかったらしい。

「リア。その怪我って……」

 セラは僕の怪我を見て眉を寄せる。普段の手合わせではあまり目立った怪我などはしないのでセラが心配そうな顔で僕を見ている。

「試験の時、魔法でね……」
「えぇ! 魔法使って良いの!? 父様止めなかったの?」
「何でもありだったから仕方ないよ」

 セラは不満を口にして唇を尖らせている。セラもクラルスに負けず劣らず心配性だ。セラは誰が僕に怪我を負わせたのかと問い詰めてきた。ライ ズの名前を出したら直々に何かしそうで怖いのでさすがに言えない。
 すっかりご立腹なセラをルシオラが落ち着かせようとなだめている。

「リア様、お怪我までされて試験大変でしたのですね。今の少年騎士団はウェル様のおかげで水準が上がりましたし苦戦でしたでしょう」
「うん。強かったよ。いい模擬戦だったと思う」
「お察しすると試験は大丈夫そうですね」
「……どうだろう」

 ライズとの模擬戦には勝利できたが正体は露見してしまった。後は父上の判断に任せるだけだ。

「リア様がお怪我をしてクラルスは発狂しませんでした?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべてルシオラはクラルスを見ながらくすくすと笑っている。行動を見透かされていて彼は顔を真っ赤にしていた。

「ルシオラ。からかわないでください」
「顔が真っ赤よ! クラルス図星ね!」
「セラ様まで……」

 クラルスは二人に指摘され、僕に助けを求めるような目で見ていた。クラルスは発狂とまではいかないけれど、普段見なれない慌てた様子を見て 思わず笑ってしまったのは事実だ。しかしそれはクラルスが僕を心配してくれていた証拠。あまりからかうのも可哀想だ。
 このままではいつまでも二人の玩具(おもちゃ)に されてしまうので助け船を出す。

「セラ、ルシオラ。そのくらいにしてあげてクラルス困っているよ」

 クラルスは僕の言葉を聞いて胸を撫で下ろしていた。未だにセラとルシオラは仲睦まじく微笑み合っている。

「そういえば、その無礼者は何の宝石を宿していたの?」

 無礼者とはライズのことだろう。セラは僕に怪我を負わせたことを根に持っているようだ。

「風だったからエメラルドかな」
「いいな。私も宝石を宿して魔法を使ってみたいな」

 セラは魔法に興味があるらしい。魔法は宝石師という宝石を宿す専門の人に宝石を宿してもらうことで、魔法が使えるようになる。
 宝石で使える属性魔法が決まっており、ルビーは火属性、サファイアは水属性、模擬戦でライズが使用していたエメラルドは風属性などさまざま だ。
 宝石は一人ひとつしか宿せず宿すと左手の爪が宝石の色に変化して、中指の爪に刻印が現れる。

「でも王族は原石(プリムス)の器に なる可能性があるから宝石を宿すことは禁止されているよ」
「そうなのよね。虹石の欠片(フラグメント)で もいいから宿したいわ。爪の色が綺麗になると思うの」

 セラが言っているように爪の色が変化するので、貴族たちの中で装飾として宿す人もいるらしい。
 宝石は三階級に分かれており、原石(プリムス)原石欠片(オプティア)欠 片(フラグメント)の三つだ。
 原石(プリムス)は宝石の元であ り、この世に一つしか存在しない唯一無二のもの。宿主は宝石が選び、宿した者はその属性の最高の魔法が使え るようになる。原 石(プリムス)を宿すと延命されるらしく北の大国 フィンエンド国のティグリス元帥は五百歳を越えているという噂だ。

 ルナーエ国は象徴の宝石があり、太陽石と月石で二つとも原石(プリムス)だ。
 代々王家に伝わる話で初代女王が太陽石と月石を宿してルナーエ国を創設したと言い伝えがある。本来宝石は一つしか宿せないので真偽は定かで はない。

 太陽石は城の地下にある宝石室に厳重に管理されている。そして月石は現在母上が宿していた。
 女王が太陽石か月石を宿した代は大繁栄期になると言い伝えがある。約百年ぶりに女王に宿ったと以前授業で習ったことを思い出す。

「母様は月石を宿しているのよね。刻印を見せてもらったことがあるけど綺麗だったわ」
「セラももしかしたら月石か太陽石を宿すかもしれないよ」
「リアだって可能性があるでしょう?」
「どうだろう。太陽石も月石も男子に宿った記録はないからね。女子だけかもしれない」

 不意にセラは僕の左手を取るとじっと爪を見つめている。

「リアの爪の痣、月石の刻印に似ているのよね。まさか私に内緒で欠片とか宿していない?」
「月石は原石(プリムス)しか存在し ないって授業で教わったよね。それにこの痣は僕が幼い頃、扉で挟んでできた痣だよ」

 月石と太陽石は原石(プリムス)し か存在しない。宝石によっては原石(プリムス)の み存在するもの、原石(プリムス)が 失われ原石欠片(オプティア)欠 片(フラグメント)しか存在しないものもあるそう だ。
 僕の左手の痣がたまたま月石の刻印に似ている。セラは内緒で宝石を宿したのではないかと疑っているようだ。
 この痣は幼い頃、扉に指を挟んでできてしまったものだと母上から言われていた。僕は幼かったのでその時の記憶はない。
 セラの後ろに控えているルシオラが申し訳なさそうにセラの肩を叩いた。

「セラ様。そろそろ帝王学のお時間ですよ」
「もうそんな時間? 名残惜しいけど、リアまた後でね」
「うん。頑張ってね」

 セラは次の授業のために急いでルシオラと共に自室へと戻っていった。嵐が去ったようでクラルスと顔を見合わせて苦笑した。

 セラたちを見送り自室へ向かって歩いていると、評議会室に繋がる回廊の方から話し声が聞こえてくる。貴族たちの評議会が終わった後なのだろ うか。いつもは気にも留めないのだが、今日に限って話しに耳を傾けてしまった。

「アエスタス女王陛下はウィンクリア王子殿下を視察に向かわせるという噂を聞いた」
「まだ子供であろう。(まつりごと)に 関わらせて一体何を考えているのか。お遊びではないのだぞ」
「王位継承権のない王子殿下は、見れば良いだけの視察で丁度いいのかもしれませんな」
「なるほどそうか、我々が視察に行く手間が省けて助かったわ」

 僕に王位継承権はない。そのため貴族の中では僕のことを軽んじて、飼い殺しやお飾りと言っている。
 貴族たちが回廊で堂々と僕の悪言を言っているのは度々目撃していた。中にはわざと僕に聞こえるように話す貴族もいる。クラルスを見ると顔に は怒りの色があり、貴族を睨み付けていた。
 出ていく機会を失ってしまい、僕たちは貴族が去るまで待つことにする。

「しかし政に関わらせて、将来王子殿下に発言力を持たれては面倒ですな」
「どうせ諸外国に出されるのだから、政に関わってもルナーエ国には利益がありません」
「王都から出さずに飾っておけばいいものを……」
「何かがあって傷がついてしまったら、価値が下がってしまう」

 耳をつんざくような笑い声が回廊に響き渡る。僕はそのうち政略結婚の道具にされるのは重々承知だ。
 貴族たちは将来ルナーエ国の外交を作るために、有力国の王女と早く結婚をしてもらいたいらしい。そのため国の王子としての居場所を無くして しまおうと、嫌がらせをしてくることが多々ある。あの貴族たちが話していることなど日常的に聞いており、もう慣れていた。
 不意にクラルスの手が耳に触れる。

「しばらく触れることをお許し下さい」

 貴族たちの話を耳に入れないようにクラルスなりの配慮だ。彼の気遣いには本当に感謝をしている。クラルスは貴族たちの前に出て糾弾したいと は思うけど、僕の立場が悪くなると思い、そういう行為はしなかった。しばらくすると貴族は立ち去り、クラルスの手が離れた。僕は彼の方を向き 微笑む。

「ありがとう、クラルス」
「いえ……。あの者たちの話しなどお気になさらないで下さい」
「……もう慣れているよ」

 精一杯の笑顔を彼に見せる。初めて貴族たちの話を聞いた時には動揺して落ち込んでいたが、今はもう諦観して聞いていた。
 部屋に向かおうと歩き出そうとした時、誰かに肩を掴まれる。振り向くと父上が満面の笑みを浮かべながら僕を見ていた。クラルスは父上を見て 慌てて頭を下げる。

「先ほどの模擬戦よかったぞ。成長したなリア! 試験は合格だ」

 父上から合格と言われるまで試験の合否の事がすっかり頭から抜け落ちていた。正体が露見したことは大目にみてくれたようだ。

「騎士団長様。ありがとうございます。これに慢心せずさらに精進します」

 僕は試験に合格したことは嬉しかった。しかし私室でもない所なので努めて冷静に受け答えをする。僕のあまりによそよそしい態度に父上が眉を 潜めていた。

「……クラルスも日々息子との手合わせに感謝する」
「身に余る光栄でございます」

 クラルスは深々と頭を下げた。父上は真剣な顔で僕を見やる。

「リア。アエスタスには試験の結果は話しておいた。視察の日程を聞きに書斎へ行きなさい」
「はい。承知しました」

 父上の大きな手で頭を撫でられる。僕も父上のような立派な騎士団長になれるのだろうか。
 僕たちは私室とは真逆の母上の書斎へと向かう。

 母上の書斎へ繋がっている回廊を歩く。書斎に近づくにつれて空気が変わっていくような感じがした。
 回廊で番をしていた騎士は僕を見ると一礼をする。書斎の扉前に立ち、一呼吸をおき、言葉を紡ぐ。

「陛下。ウィンクリア参りました」

 書斎の前の騎士が絢爛(けんらん)な 扉を開けた。僕とクラルスは一礼をして母上の書斎へと入る。
 窓際には長い銀の髪を揺らした母上がいた。僕と目が合うとにこりと微笑む。
 僕たちは部屋の中央くらいまで歩いて深々と頭を下げた。扉が閉まるのを確認して母上が話を始める。

「そんなにかしこまらなくて良いのですよ。リア、クラルス。顔を上げなさい」

 透き通った母上の声に僕たちはゆっくり頭を上げた。自分の母だが謁見室と書斎では神聖な雰囲気がある。自然と僕は素行に注意をはらってしま う。
 母上は僕たちの近くまで歩き見据えると凛とした女王の表情になる。

「……ウェルから話は聞きました。あなたには五日後スクラミンへの視察をお願いします」
「かしこまりました」
「クラルス。我が王子の護衛をお願いします」
「お任せ下さい」

 視察はスクラミンという南方の小さな街だ。スクラミンは王都から船を使って片道二日かかる。視察には僕とクラルスの他に騎士が二十名ほど同 行することになった。
 地方視察は各村や街に数年に一度行う。王都ラエティティアから遠く離れた場所だと遅れがちになっていた。
 貴族たちは長々と自分のいる領地は留守にしたくないらしく、評議会で視察の押し付け合いをしているらしい。
 そんな理由があり近年スクラミンの視察をしていないそうで、今回僕が赴くことになった。

「リア。初めての地方視察という公務です。しっかり世を見て見聞を広げなさい」
「はい、陛下」
「王都からあなたを出すということは、一人前として私もウェルも認めました。そのことを忘れずに行動しなさい……」

 不意に母上からの言葉が止まり、表情を見ると何かを考えているようだ。

「リア。後ほど大事な話があります。ゆっくり話したいので、時間ができましたら話しますね」
「……はい。かしこまりました」

 大事な話とは何だろうか今は母上の都合で話せないみたいだ。僕とクラルスは一礼をして書斎を後にする。書斎を出るとすぐ近くに父上が待って おり、手から袋を下げている。

「リア。陛下から拝命は受けたか?」
「はい。しっかりと努めてきます」

 頭を乱暴に撫でられて袋から出された二つの小さな箱を渡された。上品な模様があしらわれた箱で、いかにも高級品だ。母上が好きな焼き菓子ら しい。
 最近、母上は公務で酷く疲れているそうで父上が気を回して取り寄せたみたいだ。

 父上も母上も公務で多忙なことは知っていたので早く両親の役に立ちたかった。
 僕が公務を手伝い、少しでも母上の負担が減ればと。そして次期騎士団長としての剣術を身につけて父上を安心させたい。

「視察は気張らず、リアらしく努めてこい」

 父上は微笑むと母上の書斎へと姿を消した。
 僕はクラルスに父上からもらった箱を一つ渡しお茶にしようと誘う。
 
 自室へ戻り、侍女から香りが良い紅茶を出される。隣国のミステイル王国原産の紅茶だそうだ。侍女が退室したことを確認して深いため息を吐 く。クラルスは一礼をしてから僕の対面へと座った。

「今日はお疲れ様ですね。リア様」
「父上や母上、セラに比べたら全然だよ。早速父上からのお菓子を食べようか」
 
 箱を丁寧に開けて焼き菓子を頬張る。軽い食感と上品な甘さで母上が好きなのも納得をした。

「……美味しい」
「私まで頂いてしまって恐縮ですね」

 クラルスは焼き菓子を頬張ると、幸せそうな顔をしていた。立場上あまりクラルスとお茶をする機会がないので、こういう一面も見られて少し嬉 しくなる。
 外を見ると太陽が西に傾いて部屋を朱色に染めていた。クラルスの視線に気づき目を向けると僕のことをじっとみている。不思議に思い、首を傾 げた。

「リア様は本当、陛下に似ていらっしゃいますね。お顔立ちもお美しいですし。最近リア様見たさにお城で働きたい女性が大勢いらっしゃるそうで すよ」

 僕は母上に似ているため中性的な容姿をしている。腰まで伸びている長い髪のこともあって一瞬見ただけでは性別がどちらか分からないらしい。 そういう容姿を気に入っている女性も少なくはない。

「……母上似がセラだったらよかったのにって思うんだ」

 王族は代々僕みたいな容姿が受け継がれている。幼い頃は母上似の月白(げっぱく)色 の髪と翡翠(ひすい)色の瞳が 素直に嬉しかった。しかし 貴族たちは成長した僕を見て、宝の持ち腐れと陰で話している。

「リア様。あまりご自身を蔑まれますと陛下も騎士団長様も悲しまれますよ」
「……うん。分かっているよ」

 クラルスに悟られないように小さなため息をついた。
 五日後には初めての地方視察。短期でも王都から離れることは初めてだ。今まで王都以外のことは話で聞き、本で知ることしかできなかった。
 母上と父上が統治している国を目で見て肌で感じられることに淡い喜びがわき上がる。これから自国の各街に視察をすることになるだろう。僕は 自分の目で見て知るということを大切にして、視察に挑もうと心に決めた。

2020/03/08 up
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