プリムスの伝承歌




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プリムスの伝承歌-宝石と絆の戦記-

第11曲 相対の伝承歌

 採石場から帰還して三日目。僕たちは拠点近くの川のほとりで各自魔法の練習をしていた。僕とクラルスは長時間付与の練習。シンは魔力の出力 調整だ。

「おりゃあ!」

 シンが剣を振って叫ぶと共に川に水柱が立ち凍り付く。明らかに出力過多だ。シンはルフトさんに一通り魔法の基礎は教わったのだが、出力の仕 方が上手くいかないらしい。氷の粒が雨のように落ちてくる。
 彼は僕の方を見て申し訳なさそうな顔をした。

「……リア。魔力くれ」
「……もうこれで終わりね。失敗何度目なの?」
「三度目」

 シンは魔力を大量に消費する度に僕に魔力を要求していた。月石の性質上、僕の意志で譲渡するしかない。彼の左手に手を重ねて魔力譲渡をす る。

「悪い悪い」

 軽く謝罪しながら破顔している。僕の魔力は心地良いらしく、シンは魔力譲渡されて気持ちよさそうな顔をしていた。僕はまだ魔力を譲渡された ことがないのでどういう感覚なのか分からない。
 原石(プリムス)は魔力の最大量が 他の宝石とは桁違いらしい。誰かから譲渡される状況にはそうそうならないだろう。

「リア様。シンに何回も魔力譲渡していますけど大丈夫ですか?」
「うん。僕は平気。でも魔力譲渡されたことがないから、どういうものなのか少し気になるかな?」

 シンへの魔力譲渡を止めると。クラルスが僕のところまで歩いてきて左手を重ねた。

「手を失礼します。一度経験してみることもいいかもしれませんね。私も譲渡は初めてなので上手くできるのか分かりませんが……」

 クラルスは目を瞑り、集中している。重なった手の部分から光が溢れ、ゆっくりと温かいものが流れてくる感覚と少しの高揚感。

「何か温かい感じがするね」
「その感覚をもっと強くしたものがリア様の魔力譲渡だと思いますよ」

 クラルスは魔力譲渡を止め、僕に微笑む。シンが僕に魔力をせがむのも分かった気がした。

「よし! リアに魔力をもらったし、もう一度やるぞ!」
「大切に使ってね」

 僕たちがそれぞれの練習に戻ろうとした時、拠点の方からスレウドさんが大声を出して僕たちを呼んでいた。

「おーい! リアたち、コーネット卿が到着したぞ!」
「コーネット卿が!?」

 僕たちは顔を見合わせてスレウドさんと一緒に拠点の入り口まで走って行く。先日リュエールさんから後三日ほどでコーネット卿が合流すると聞 いていた。期日通りコーネット卿は星影(せいえい)団 の拠点まで騎士たちを率いて来てくれたようだ。
 拠点の入り口では既にリュエールさんとコーネット卿が話をしている。

「コーネット卿! ご無沙汰しております」
「王子殿下。お久しゅうございます。お約束通り騎士を率いて参りました」

 コーネット卿は僕に優しく微笑んでくれた。クラルスもコーネット卿に挨拶をしてシンは僕の隣で会釈をした。村の入り口には整列したたくさん の騎士たちが並んでいる。千人はいるのではないだろうか。あまりにも人数が多かったので驚いた。

「コーネット卿。この騎士の人数は……」
「ランシリカ騎士三分の二ほどが協力してくれました。一部の騎士はランシリカに置き諜報役をしてもらっております」

 きっとコーネット卿を信じて、こんなにもたくさんの騎士たちが協力してくれたのだろう。コーネット卿の人望の厚さが覗える。リュエールさん もまさかこんなにたくさんの騎士が来てくれるとは思っていなかったらしく喜んでいた。

「コーネット卿。長旅お疲れ様です。早速ですが拠点をご案内します」
「リュエール殿。しばらくお世話になります」

 リュエールさんは僕たちに公会堂で待つように指示をする。彼女たちに会釈をして僕たちは先に公会堂へ足を運ぶ。
 乱雑に置いてある椅子に座り、一息吐く。

「あんなにたくさんの騎士が来てくれるだなんて……」
「えぇ。私も驚きました」

 シンはコーネット卿のことを知らないので、僕はコーネット卿と協力までの経緯を話した。風格のある人なのでシンもすぐ見て立場が上の人なの だと分かったそうだ。

「何か本格的にやり合うって感じだな」
「……そうだね」

 確かに兵力は増えたが正面からぶつかり合うにはまだ星影団とコーネット卿が率いてきてくれた騎士たちだけでは足りない。各街にいる騎士たち の協力も必要だろう。

「リュエさんが待っていろって言っていたけど何かあるのか?」
「もしかしたら先日の件かもしれませんね」

 僕たちが採石場から帰って来た時にガルツがランシリカ近くの城塞に視察に来ると話していた。そのことについて何かあるのだろう。
 しばらくするとリュエールさん、コーネット卿、スレウドさん、ルフトさんが公会堂を訪れた。

「リアたちお待たせ」

 僕たちは簡易的な机を囲むとリュエールさんが地図を机の上に広げた。ランシリカ周辺の地図のようだ。

「さてと、一昨日の話しだけど諜報から続報が入ったわ」

 リュエールさんの話によると十日後にガルツが城塞に視察へ来るそうだ。率いる兵は護衛する自国兵だけらしい。その他に王都で騎士たちを招集 している動きがあるようだ。

「リュエールさん罠の可能性は……」
「十分あるわ。それでもこの状況はガルツを捕らえる好機よ。相手の罠にあえてかかる危険な綱渡りだけど、成功すればガルツを確保できる。もち ろん無策で罠にかかるわけじゃないわよ」

 ガルツは自分を囮にして星影団の拠点を制圧する作戦かもしれない。しかし彼が自らを危険に晒す作戦を立てるのだろうか。

「ガルツ本人が本当に来るのでしょうか?」
「仮に影武者だったら態度や動きに必ず違和感が出るわ。その時は作戦中止ね」

 諜報者にはそういう違和感がないか見張っていてもらっているらしい。
 ガルツが城塞に来るという情報を流して、星影団を城塞に引きつけ、手薄になった拠点を制圧するつもりだと彼女は語った。

「そこで私たちの作戦だけど星影団を二つに分けるわ」

 星影団をガルツを確保するための部隊と拠点防衛部隊に分ける。
 確保部隊は、リュエールさん、ルフトさん、シン、クラルス、僕。拠点防衛部隊はスレウドさん、コーネット卿。兵力はほとんど拠点防衛に当て るそうだ。

「リュエさん。リアを確保部隊でいいの? 人数少ないだろう」
「星影団が二部隊に分けるところまでガルツが予測している可能性があるわ。その場合リアを守るためには人数が多い拠点防衛に置くって考えると 思うのよね」
「あえてリアを確保部隊に?」
「そういうこと」

 万が一、僕が城塞に乗り込むと分かっているのなら、必ず捕まえるために伏兵を近場の森に配置する。その様子を見て僕が城塞に行くべきかラン シリカで待機か判断するそうだ。
 拠点防衛は早速コーネット卿の指揮力を借りることになる。彼を見ると難しい表情をしていた。

「リュエール殿。ガルツはどんな手を打ってくるのか私も分かりかねます。相手もこちらの出方を見ていると思いますのでくれぐれもご注意下さ い」
「えぇ。ご忠告感謝します。拠点防衛はコーネット卿に一任しますのでよろしくお願いします」

 コーネット卿たちの拠点防衛はミステイル王国軍の兵力がこちらの三倍だった場合、無闇に戦わず拠点を放棄して各街に逃げるそうだ。防衛戦を するか拠点を放棄するのかはコーネット卿に一任される。

 これからそれぞれの部隊に分かれ、作戦会議をする。コーネット卿は拠点の周りを詳しく知りたいらしくスレウドさんと一緒に公会堂を後にし た。
 僕たちは机を囲み、リュエールさんは新たにもう一枚の図を出す。どうやら城塞の図のようだ。

「これは城塞付近の地図ね。まずこの森に隣接している西門から入るわ。手引きはコーネット卿の配下の騎士がやってくれるそうよ」
「コーネット様は抜かりないですね」

 どうやらコーネット卿もガルツが城塞に来ることを察知していたらしく、調査のためランシリカの騎士を数名派遣しているそうだ。
 城塞に在住している騎士は現在少ないらしく一中隊もいれば間に合うらしい。

「それと合図を決めておくわね」

 リュエールさんが前回の拠点防衛で使った雷の球体を使い、合図をするそうだ。一個打ち上げたら撤退。二個打ち上げたら確保成功の合図にす る。

「撤退の合図は私が危険と判断した時だから、何に置いても自分の命を優先してその場から立ち去ること。私ができる状況じゃなかったらルフトに 頼むわ」
「分かりました」

 そして城塞に奇襲をする前に伏兵が確認された場合、確保の作戦は実行せずにそのまま撤収するそうだ。
 ガルツの諜報の者が見ている可能性があるので他の街を経由したり、兵士を荷物に紛れさせながら数名ずつランシリカに入るらしい。僕たちは五 日後に出発をしてランシリカへ直接向かう。それまで各自準備をするように言われ、解散になった。

 公会堂を出ると太陽の位置が低くなっており、拠点が茜色に染まっている。
 優しい風が僕たちの間を吹き抜け、銀髪が舞い上がる。僕はセラがいる王都の方を見つめた。
 セラとはもう随分長い間離れてしまっている。生まれた時から一緒にいることが当たり前だったのに、今は手の届かない所にいることが不安だっ た。

「……セラ……」
「この作戦で必ずガルツを確保しましょう」
「……うん」

 クラルスの問いに力強く頷く。シンを見ると複雑な表情をしていた。

「ごめん……。シンにとっては自国の王子を捕まえることだよね」
「俺は平気。でも何だか不思議だなって思ってさ。自分の国の王子を捕まえるだなんて」

 シンにとっては複雑な心境だろう。彼は気にするなと言いたそうな顔を僕に向けていた。

「そういえばリアと妹のセラって双子だよな。似ているのか?」
「僕が母上似でセラが父上似だったからあまに似ていないかも……」

 その言葉を聞いてクラルスがくすくす笑っている。

「リア様。そんなことございませんよ。御髪の色は違いますけど解いた時のお二人はよく似ていらっしゃいます」
「……そうかな?」

 僕は普段長い銀髪は一つに結っているのだが解いた時がセラと似ているらしい。あまりセラと一緒に鏡の前に立つことがないので自分ではよく分 からない。
 僕に向けたセラの笑顔を思い出して、胸が締め付けられる。

「……早く会いたいな……」
「えぇ。そのためにも今回の作戦成功させましょう」

 僕たちは夕日を眺めながら自分たちの家へと戻った。

 ランシリカに向かう一日前。僕たちは公会堂の裏で手合わせをしていた。今は僕とシンの手合わせをクラルスが見守っている。
 シンの剣術の腕が戻ってきているようで的確に急所へ剣を振るう。僕も負けじとシンの剣を払い攻めの姿勢を取る。

「リア! 気合い入ってるな!」
「シンこそね!」

 一進一退の攻防に僕も熱が入る。しばらく剣を交えるが決着がつかずにいるとクラルスから声が掛かった。

「お二人とも十分ですよ。お疲れ様です」

 僕たちは剣を収めて息を整える。大分長い時間手合わせをしていたので服が汗でぐっしょりと濡れていた。シンを見ると息は上がっているが、ま だ体力に余力がありそうで僕はまだまだだなと痛感する。
 僕たちが休憩しているとルフトさんが姿を現した。

「護衛。今忙しいか? 手合わせの相手してくれ」
「えぇ。構いませんよ」

 ルフトさんとスレウドさんはたまにクラルスと手合わせをしている。作戦前にルフトさんは剣術の調整をしたいのだろう。
 僕とシンは離れたところに腰を下ろして二人を見守る。
 ルフトさんとクラルスは対面になり剣を抜くと、同時に走り出し剣を交えた。二人の手合わせは剣舞を見ているかのようで美しささえ感じる。

「相変わらず二人ともすごいよな。俺まだ二人に一度も手合わせで勝ったこと無いんだけど」
「シンも十分強いよ」

 シンにそう投げかけると僕の頭を乱暴に撫でた。僕とシンは二人の手合わせを見守る。
 二人は、お互い二手三手先を読んでいるのかもしれない。思わず息を止めて見入ってしまう。

 ルフトさんが思い切り踏み込み、クラルスの脇腹に斬撃を入れる。クラルスはそれを(か わ)したのでルフトさんに大きな隙ができた。クラル スは見逃すはずもなくルフトさんの肩へ剣を振るう。ルフトさんは瞬時に持ち手を返し再びクラルスの脇腹に斬撃を繰り出す。

 僕たちの周りの時が止まる。お互いの剣が急所の所で止まっており、結果引き分けになった。二人が剣を収めたと同時に僕とシンは止めていた息 を吐き出す。

「……あそこで攻めるべきじゃなかったな」
「ルフトさんの対応の早さはさすがですね。ありがとうございました」

 二人は一礼をして、ルフトさんは公会堂へと戻っていった。僕もいつか二人のような技術を身につけたい。僕とシンはクラルスの元へと歩む。

「クラルスお疲れ様。さすがの剣術だね」
「やっぱり二人の手合わせを見てると勉強になるな」

 僕たちの絶賛の嵐にクラルスは少々困った顔をしていた。

「リア様はすぐ私より強くなりますよ。騎士団長様のご子息ですし、才能は十分あります」
「俺は!?」
「シンもそうですね」

 クラルスは柔らかい笑みを浮かべる。僕たちは明日のために手合わせを切り上げて休むことにした。

 何もない真っ暗な空間。不安に駆られるほどの闇だ。一歩を踏み出そうした時、足先に何かが当たる。視線を落とすとそこには父上、母上、セラ が血まみれで倒れていた。

「父上、母上、セラ!?」

 悲惨な光景に思わず後ずさる。一体何があったのか、ここはどこなのだろうか。

「あなたがいけないのですよ。素直に月石を渡さずに逃げたからこうなったのです」

 後ろを振り向くとガルツが立っていた。僕の足は闇に縫い付けられて逃げようとしても一歩も動けない。その間にもガルツはゆっくり僕の前まで 歩いて来ると、僕の首に手が伸びる。
 徐々に手に力が入れられ、首が締め付けられる。苦しくて抵抗したが振りほどけない。

「リア。どうして逃げた」
「リア。どうして魔法を使ってくれなかったのですか」

 いつのまにか血まみれの父上と母上が僕の隣にいて、後ろからセラに抱きつかれる。恐怖で気がふれてしまいそうだ。

「リアのせいでみんな死んじゃったよ。ルシオラもクラルスも……どうして助けてくれなかったの」

 僕はあの時、意地でも残って月石を差し出して殺されていれば、父上と母上は死なずに済んだかもしれない。セラも幽閉されて悲しい思いをしな かったかもしれない。僕が生きていることは罪なのだろうか。
 首を絞められている中、必死に声を絞り出した。

「ご……めんな……さい」

 言葉を発したと同時に夢から現実に引き戻される。浅い呼吸を繰り返しながら周りを見渡すと、クラルスが心配そうに僕を見ていた。

「リア様……。大丈夫ですか? うなされていましたよ」

 僕は少し眩暈がする頭を押さえ、上半身を起こす。全身に嫌な汗をかいており、敷布を強く掴んでいたのか乱れていた。

「……大丈夫。少し嫌な夢を見ただけだよ……」

 心配させないように彼に微笑む。自分の首にそっと手をあてて現実ではなかったことに安堵する。さすがにすぐ眠ることはできそうになかった。 またあの悪夢を見てしまいそうで怖い。

「……少し外を歩いてくるね」
「お供します」
「大丈夫。クラルス起こしちゃってごめんね。すぐ帰ってくるから」

 クラルスは僕の意見を尊重してくれて無理矢理ついて来ようとはしなかった。寝台の足下に畳んである小さめの毛布を持ち外に出る。
 夜空にはそろそろ満月になろうとしている月が浮かんでいた。少し冷たい風が吹いており、嫌な汗をかいていた僕にはちょうどいい。

 拠点は夜中なので静まりかえっていた。どの家も灯りは消えている。月明かりを頼りに拠点の裏手にある川のほとりへと足を運ぶ。ゆるやかな川 の水面に歪んだ月が映っている。
 川のほとりには既に先客がいた。

「……ルフトさん?」
「何だ、王子か。珍しいな」

 僕は毛布を羽織り、大きな岩に腰掛けているルフトさんの隣に座る。ルフトさんと二人きりで話すことは初めてかもしれない。

「少し悪い夢を見てしまって……。夜風に当たってから寝直そうかと思いました」
「そうか。明日は俺たちがランシリカへ向かうから風邪引くなよ」
「はい。ありがとうございます」

 ルフトさんに気を使われたのは初めてかもしれない。いつも僕に対して冷たい態度なので思わず顔がほころぶ。彼も夜中にこんな所に来ているの で眠れないのだろうか。

「ルフトさん。眠れないのですか?」
「考え事だ。もう少ししたら寝る」

 ルフトさんは憂いの表情で月を見ている。彼はどうして星影団に入ったのだろうか。ルフトさんとはあまり話さないので彼のことは ほんの少ししか知らない。いい機会なのでルフトさんのことを知りたいと思った。

「あの……。ルフトさんはどうして星影団に入ったのですか?」

 僕の問いにルフトさんは少しの沈黙の後、口を開いた。

「俺とスレウドは星影団と名乗る前から自警団を組んでいたんだ。そこにリュエが入って、しばらくして女王陛下から俺たちの自警団を”星影団” と命名された」
「そうだったのですね」

 後から入団したリュエールさんが団長になったのはなぜなのだろうか。ルフトさんやスレウドさんに団長の素質がないわけではない。二人も団員 から信頼されており、リュエールさんに任され仕切っている時もある。

「なぜリュエールさんが団長を?」
「リュエは俺とスレウドより人を惹きつける素質があった。だから俺が団長になれと推したんだ。今は後悔している。あいつに全部背負わせている からな……」
「そ……そんなことは」

 そこまで言って僕は口を(つぐ)む。 リュエールさんとルフトさんの過去を知らない僕が「そんなことはない」と言っても説得力がないから だ。

「まさか国を賭けた戦争をすることになるとは思っていなかった。……俺は何があってもあいつを守る。そのためなら味方だろうが剣を振るう」
「すみません。僕が星影団に来なければ……」
「最初は思っていたさ。お前らが来なければリュエが危険な目に遭うことはなかった」

 僕の決断で団長であるリュエールさんを戦争の矢面に立たせることになってしまった。僕は羽織っている毛布を握りしめて俯く。ルフトさんはさ らに言葉を続けた。

「お前らに協力する前、何度も俺はリュエを止めた。でも一度言い出したら聞かないし、単なるわがままでもないから結局俺が折れたけどな」

 ルフトさんは苦笑している。リュエールさんは僕に手を貸せば戦争になることは分かっていた。それでも彼女は母上に恩義があり、国を愛してい るからこそしてくれた行動だ。

「王子……。ガルツを捕まえたらどうするつもりだ?」
「どうするって……」
「あいつは両親の……陛下と騎士団長様の仇だろう。殺すのか?」
「……ガルツをこの手で殺めても父上と母上は戻ってきませんよ……」

 言葉を紡いだとおり、何をしても父上と母上が戻ってくることはない。ガルツを殺めて気が済むのならそれでいいだろう。僕は今、唯一の肉親で あるセラを返して欲しい。その思いが強かった。

「僕は……だたセラを……妹を返して欲しいだけです」
「……お人好しだな」
「今はそう思っているだけです。戦いの果て、僕がその時何を思っているのか分かりません……」

 僕の周りはあの日から目まぐるしく変わってしまった。戦いのため冷酷になり、人を殺めた。この先もそうしなければならない戦いがいくつもあ るだろう。自分が自分でなくなりそうで怖い。
 ルフトさんは腰をかけている岩から下りた。

「あまり気張るな。……俺はもう戻る。明日寝坊するなよ」
「分かりました。お話して下さってありがとうございます」

 ルフトさんは振り返らず拠点へと戻って行った。

 静寂が訪れ、空に浮かんでいる月を見上げる。

「父上……母上……」

 手を胸の前で組み、目を瞑った。ぞんざいに扱われていなければ、父上と母上は王家の墓で眠っているだろう。今、僕は遠く離れたところから悼 むことしかできない。
 二人はセラが女王になる姿を見届けて余生を過ごし、国民から哀悼されながら静かに眠るはずだった。
 父上と母上との思い出が蘇る。王位継承権のない僕をセラと分け隔て無く育てて、愛情を注いでくれた。
 言葉として伝えることはできないけれど僕は父上と母上の息子で幸せだった。
 瞼をゆっくりあげて再び月を見つめる。

「……父上、母上。すべてが終わったら会いにいくよ」


 次の日、僕たちはランシリカに向けて出発した。先に到着している星影団の団員は既にランシリカの兵舎で待機しているそうだ。
 諜報の情報によると現在ガルツは城塞に向け、王都を出たらしい。星影団の動きを察知していないのか率いている兵士は少ないそうだ。

 煌めく太陽と澄み渡った青空。爽やかな風が吹く中、馬を走らせる。僕は今朝から作戦のことで頭がいっぱいだった。緊張をしていたことが伝 わったのかスレウドさんは僕の頭を乱暴に撫でてから見送ってくれた。

「ランシリカに着いたら作戦を確認するわよ」
「分かりました」
「それからたくさんご飯を食べてたっぷり睡眠を取って万全の体調で挑むこと! 寝不足だったら連れて行かないわよ」

 大がかりな作戦前だけどリュエールさんはいつもどおりに振る舞ってくれている。少しでも皆の緊張を解きたいと思っているのだろう。そんな彼 女の心遣いは嬉しい。

「それじゃあ夕飯は、大盛りご飯に朝取れたて卵の汁物と美味い肉がいいな!」
「おまけに緑の野菜もたくさん用意するわね」
「……リュエさん。わざと言ってるだろう」

 二人のやりとりに思わず笑ってしまう。シンは以前嫌っていた緑の野菜は嫌な顔はするが、きちんと残さず食べるようになっていた。
 セラは幼い頃は茄子が苦手で食事に出る度に僕のお皿に乗せていた。見かねた母上が料理人の人たちに相談をして、どうにかセラに美味しく食べ てもらおうと頭を悩ませていた事を思い出す。

 細かく刻み存在を悟られないような料理が出た時や、香辛料が強めな料理に仕込まれた時もあった。セラは気づかず食べて後から嫌いな茄子の存 在を知らされて驚いていた。それから少しずつ慣れて今は美味しく食べてくれている。
 野菜を嫌っているシンを見るとセラを見ているようで微笑ましく思う。セラに似ていると言うとシンは怒ると思うので黙っている。

「リュエールさんとシンは相変わらずですね」
「うん。何だか大がかりな作戦前とは思えないね」

 まだ言い合っているリュエールさんとシンを見てクラルスは苦笑していた。

 二日間の陸路を走り、ランシリカに到着をした頃には遠くの空で星々が瞬いていた。そのまま僕たちは騎士の兵舎へ向かう。コーネット卿の厚意 で兵舎は自由に使ってくれて構わないそうだ。リュエールさんは明日の作戦のため確保部隊の団員を大会議室へ集める。

「皆、明日は絶対にガルツを確保するわよ。情報交換を常にして危険と判断した場合は必ず私に連絡をしてちょうだい」

 リュエールさんの言葉に団員の皆が頷く。諜報によると昨日からガルツは城塞に来ているらしい。明日、夕刻になる前に城塞近くの森に身を潜 め、明け方に奇襲をかけるそうだ。ガルツは僕たちの奇襲を予期していないのだろうか。一通りリュエールさんの話が終わり、解散になる。
 夕飯まで時間があるので、僕とクラルスとシンは兵舎の寝室に向かい一休みをする。シンは寝台に座ると寝室を見回していた。
 
「綺麗な兵舎だな」
「父上が年に何回か兵舎の視察に行くからいつも綺麗にしていないといけないんだ。劣悪な環境だといい騎士は育たないって言ってたよ。ミステイ ル王国はどういう感じなの?」
「遠征ばかりだったからな。兵舎にいる時間の方が少なかった。それに俺は途中から宝石の研究所に閉じ込められていたから」
「あっ……。ごめん……」

 シンに嫌なことを思い出させてしまったが、彼は「気にするな」と笑う。自国以外のことはあまり知らないけれど、シンと同い年の少年騎士とシ ンの置かれていた状況を比べると彼は厳しい環境だった。ミステイル王国は敵国も多かったので必然的にそうなってしまうのだろう。

「クラルスは遠征に行ったことあるのか?」
「私は十五歳の時からリア様の護衛なので遠征には無縁でしたね」
「へぇ。十五歳で護衛に抜擢とか相当強かったんだな」
「クラルスは当時の少年騎士の中で首席だったんだよ」

 シンに教えると納得という顔をしていた。クラルスは元々剣術に長けていたと思うが、驕らず努力をしていたので首席の座にいたのだと思う。

「騎士団長様は年の近い護衛騎士が良いと仰っておりました。ルナーエ国はここ数十年、有事はなかったのでリア様に長く仕える専属の護衛騎士が 欲しかったのかもしれませんね」

 最初、専属の護衛騎士が就くと聞いて貴族に縁故のある人で嫌がらせをされるのではないのかと不安だった。父上がクラルスを連れて来て彼と目 があった時、すぐ優しい人なのだろうと安心した覚えがある。思ったとおりクラルスは着任初日に貴族に糾弾しようとし、僕を慰めてくれて彼の優 しさが覗えた。
 同時にクラルスが僕の名前を呼んでくれたことが嬉しくて泣きじゃくってしまったことを思い出す。今思えば醜態を晒してしまって恥ずかしい。 頬が熱くなるのを感じた。

 僕たちがそんな話していると寝室の扉を叩く音が聞こえる。どうやら夕飯の準備ができたようだ。シンは嬉しそうに僕たちを急かしながら食堂へ と足を運んだ。
 献立はシンが要望した白米、卵のと野菜の汁物、香りが良い香辛料で味付けした肉。しっかり緑の野菜もたくさん用意されていた。彼は素直に喜 べず複雑な表情をしていたので思わず笑ってしまう。

 夕食後、紅茶を飲みながら食堂で団らんをしていた。しばらくするとリュエールさんは早く寝ろと食堂にいた人たちを端から追い出して行く。僕 たちも言われないうちに食堂を後にして寝室に戻った。

 寝台に横になりながら明日の作戦のことを考える。上手くガルツを捕らえることはできるのだろうか。失敗してしまったらセラに何かされるので はないかと不安になってしまう。
 目を瞑りながら両隣の寝台に寝ている二人に声をかける。

「……シン。クラルス。作戦成功するかな……」
「当たり前だ」
「えぇ。必ず……」

 それぞれ僕の問いに応えてくれた。大丈夫と自分に言い聞かせる。しかし、すべて僕たちの思ったとおりに事が運んでいた。もし僕が確保部隊に いるという情報をガルツが入手していたらと思うと不安だ。疑いだしたらきりがない。
 嫌なことばかり考えている頭を左右に振る。僕は布団を深く被って眠りについた。

 次の日、作戦の最終確認を終えて太陽が真上に昇った頃、五人ずつ半刻ずれて城塞近くの森へ向かう。僕たちはリュエールさんとルフトさんと一 緒に最後にランシリカを発つ。

「さてと、私たちが最後ね。そろそろ行きましょうか」
「はい……」

 リュエールさんは僕の顔を見ると苦笑した。

「リア。そんな不安そうな顔しないで。ガルツを捕らえるために最善を尽くしましょう」
「リア様。何があってもお護りしますのでご安心ください」

 リュエールさんとクラルスは僕を安心させるように優しく声をかけてくれた。それでもずっと心は霞かかっているようにもやもやしている。二人 を安心させるために僕は作った笑顔を貼り付けた。
 彼女の号令と共に僕たちはランシリカを出発する。


 太陽が山の向こうに消えようとしている時、僕たちは城塞近くの森に到着する。先に着いていた兵士からリュエールさんへの伝達。周辺の森にミ ステイル王国の伏兵はおらず、まだガルツも城塞に滞在しているそうだ。これから作戦の時間である明け方まで身を潜める。

 真夜中、月明かりに照らされた一人の人影が城塞から森へ向かって来ていた。ルフトさんはその人影に近づき、何やら話している。しばらくする と人影は城塞に戻っていった。どうやら手引きをしてくれるランシリカの騎士のようだ。ルフトさんは急ぎ足でリュエールさんの元に戻ってくる。

「リュエ。手引きは大丈夫だ。ガルツがこちらの動きを察知している様子もない」
「分かったわ。予定通り明け方に決行よ」

 ガルツを確保する作戦は決行される。リュエールさんの言葉に心臓の鼓動が早くなるのが分かった。
 夜襲があったあの日以来、ガルツとは面と向かって会ったことはない。僕は冷静でいられるだろうか。
 今もまだ鮮明に覚えている。無数の矢に射貫かれた父上。心臓に矢が突き刺さった母上。いつのまにか呼吸が浅くなっており、苦しくて胸を押さ える。

「……リア様!?」
「リア。大丈夫か?」

 隣にいるクラルスとシンが心配そうに僕を見つめた。

「だ……大丈夫。緊張しているのかな……」

 僕は呼吸を整えるために深呼吸を繰り返す。
 辺りが少し明るくなり、城塞が視認できるくらいになる。そろそろ作戦を決行する時間だろう。緊張で辺りの空気が張り詰めているのが分かる。 リュエールさんは不意に立ち上がり、城門を凝視した。

 その時、重圧な城門が鈍い音を立てながら左右に開門。それを合図にリュエールさんが声を上げると星影団は城塞へとなだれ込む。
 僕たちも剣を抜いて城塞へと向かう。開門の音を聞いて城内は混乱しているようだ。

「ガルツ王子は城塞の二階です!」
「分かったわ!」

 城門の前にいたランシリカの騎士の情報を聞き、僕たちは城塞の二階を目指す。見張りをしていたミステイルの王国兵が僕たちの前に立ちはだか る。後から来た星影団の団員たちが足止めを引き受けてくれたので横をすり抜けて階段を駆け上がった。

 早くガルツを見つけ出さないと逃げられてしまうかもしれない。
 二階の広間に辿り着くとガルツを守ろうとする兵士が待ち受けていた。僕たちは剣を構え応戦をする。兵士がいるということはまだガルツは二階 のどこかに身を潜めているのかもしれない。
 一人の兵士が僕に襲いかかって来た。剣を躱し、急所に斬撃を入れると崩れるように兵士は倒れる。

 倒れていく兵士の肩越しに僕を見つめる赤紅色の瞳と目が合う。ガルツは焦った様子もなくこちらを見ていた。彼は何かを取り出す。長くて赤い 糸の束のようなものだ。
 よく見ると糸の束ではなく人間の髪の毛。赤い髪と分かり戦慄が走る。まさかあれはセラの髪ではないのか。僕の両親を奪い、セラまで傷つけ た。黒い感情が心を蝕んでいく。

「ガルツ……!」

 彼は不敵に笑い、後ろにある階段を上り姿を消してしまった。僕は乱闘している兵士たちの間を縫ってガルツを追うために階段へ向かう。

「リア様! お待ちください!」
「リア! 一人で行ってはだめよ!」

 クラルスとリュエールさんの声が聞こえたが、僕は二人を無視して階段を駆け上がる。階段の終着は屋上だった。

 目の端で何かが飛んでくるのが分かり、咄嗟に短剣を抜いて弾く。飛んで来たものは投げナイフで乾いた音をたてて床に落ちる。
 吹いている風で僕の銀髪が激しく揺れた。屋上にはガルツだけが立っており、こちらを見据えている。ゆっくりと歩き、彼と対面に立つ。

「……ガルツ」
「お久しぶりですね。ウィンクリア王子……。いえ、ウィンクリア」

 僕は彼を睨み付ける。今すぐ剣で斬りつけたい衝動を必死に抑えた。

「……その髪は……セラの……」
「これですか? まさか、妹君によく似た髪ですよ。こんなもので騙されるとはまだ幼いですね」

 僕を煽るような言葉を投げかけてくる。ガルツは持っていた髪を離すと風に運ばれていった。僕をここに誘い出すための挑発だったのだろう。し かし、辺りを見回しても僕を捕獲するための兵士がいるわけでもない。彼の目的は何なのだろうか。

「……なぜ……僕の両親を手にかけてまで月石と太陽石を欲しがるのですか。選ばれた者しか宝石は宿せないはずです」
「それはあなたは知らなくて良いことですよ。そして、ウィンクリアあなたに月石が宿っていますね?」

 僕は左手を押さえる。やはりガルツは僕が月石を宿していることを悟っていた。僕は無言のままガルツを見据える。

「それでしたら何だと言うのですか」
「あなたは素直な反応しますね。妹君があなたの帰りを待っていますよ。戦争ごっごは止めて王都に帰りましょう」

 ガルツが僕との距離を詰めたので思わず剣を構える。

「それにあなたは俺に感謝すべきだ」
「な……何を……」
「あなたの両親をこの国の腐敗している政と苦しみから解放したのですから」

 僕は目を見開く。ガルツはルナーエ国の政の情勢を知っている。確かに貴族の声が大きくなり、私利私欲に権力を振りかざす者は多い。それでも 父上と母上は正しい道に導こうと努力していた。現状を変えようとしていた。その父上と母上の未来を奪った彼になぜ感謝しなくてはならないの か。怒りで手が震える。

「父上と母上は国を変えようとしていました。僕の両親を奪ったあなたを許せません」
「変えようとしていた? 何を甘いことを言っているのです。自分たちが一番の権力を持ち、それで下々の者を管理できない愚かさ。結果の出てい ないことを口先だけ努力していると言って何になるのですか?」
「人々は王族が管理するために存在しているわけではありません!」
「管理しなかった結果あなたの国はどうなったのですか? 抑え込まないと道を外す愚か者ばかりだ」

 以前ガルツは平和を維持するためには力が必要だと言っていた。それも一理あるかもしれないけれど、支配や恐怖で抑え込むのは人々の心を蔑ろ にしている。
 人々は王族の都合のいい道具ではない。人々の意見があってこそ皆で悩み、よりよい国にしていくのではないのかと思う。僕と彼は根本的に思想 が違うため、言い争っても無駄だと悟った。

「……城塞を僕たちで制圧しています。あなたに逃げ場はありません。降伏して下さい」
「愚かしい……。自分たちが勝利したとでも思っているのですか?」

 ガルツの言葉に不安を覚える。何を考えているのだろうか。

「リア!」

 突然、背後からリュエールさんに声をかけられる。

 彼女の姿を見た瞬間ガルツが動いた。腰に下げていたナイフを数本取りリュエールさんに向かって投げる。
 僕は彼女の前に出てナイフを何本か弾くが、後から飛んできた二本のナイフが左腕と左足に刺さる。痛みと衝撃でその場に倒れた。

「リア!? ガルツ! 大人しく降伏しなさい!」

 リュエールさんは僕を飛び越えて、剣に付与(エンチャント)を してガルツに向かっていく。彼は左手を前に出すと、大気中の水分が集まってく る。リュエールさんは足を止めて飛び退いたが一歩遅かった。圧縮された水球が突如激しいうねりに姿を変えて彼女に襲いかる。リュエールさんは 弾き飛ばされ、床に転がった。

「リュエール……さん……」

 リュエールさんは気絶しているのか床に倒れたまま動かない。彼はゆっくりと倒れている僕に近づいてくる。ナイフが刺さっている痛みで立ち上 がろうとしても動けなかった。
 彼は僕の左手を取り見入っている。

「この刻印……やはりあなたが月石を宿していましたね」

 ガルツは僕の左手の刻印を見て月石が宿っていることを確証し、満足そうに微笑んでいる。彼は床に散らばっている僕の銀髪を弄ぶ。触れられた くないので身を捩ろうとしたが少し動くだけでナイフが刺さっている腕と足から痛みが走る。

「ウィンクリア。王都に連れて帰る前に教えましょう。星影団が奇襲をすることは、あらかじめ分かっていたのですよ。何せわざと情 報を流したのですから、あなたたちが乗らないわけはないでしょう。あなたたちが二分して、あなたが奇襲側に来ることも予想していました」

 ガルツは僕たちの作戦を予想していた。彼の掌で踊らされ、悔しくて唇を噛み締める。

「我々の軍が星影団の拠点に攻めてくると思っているようですが、そんな兵など用意していません。今頃棒立ちをしている拠点の連中が目に浮かび ますね」

 ガルツは作戦を遂行するためなら自分を囮にさえ使う。彼は城塞に何を仕掛けているのか分からない。一刻も早く撤退しなければ危険だ。
 僕は近くに払い落としたナイフが落ちていることに気がついた。ナイフを取り、ガルツの急所に刺せば彼はこの場から逃げるか時間稼ぎくらいは できるかもしれない。

 意を決してナイフに手を伸ばそうとした時、ガルツはナイフを拾い上げ、腰へ収める。まるで僕の考えていることを知っているかのような動き だ。
 彼は不敵に笑い、僕を見下ろしている。ガルツは僕の左腕に刺さっているナイフに手をかけた。

「ウィンクリア見せて下さい。あなたの月石の……原石(プリムス)の 魔法を……」

 勢いよく腕のナイフを抜かれ、血が溢れ出す。

「ぐっ、あああああっ!!」

 あまりの痛みに絶叫をする。傷口を押さえている手は血で真っ赤に染まり、奥歯を噛んで痛みに耐える。

 「早く月石の治癒魔法を使わないと出血で死んでしまいますよ」

 痛みで治癒魔法を使う気力はなかった。傷口がずきずきと脈を打ち、激痛で気がふれてしまいそうだ。ガルツはしばらく僕を見ていたが魔法を使 うことができないと悟りため息を吐いた。

「そんな気力はなさそうですね。じっくり王都で観察するとしましょう。さぁ、ウィンクリア帰りますよ」

 ガルツの手が僕へ伸びる。彼の挑発に乗ってしまい、無様に返り討ちにされてしまった。クラルスとリュエールさんが制止の声をかけてくれたの に身勝手に行動して、自分の感情に愚直になってしまったことを悔やんだ。ここで僕はガルツに囚われてしまうのか。

 目をきつく閉じた時、走る足音が聞こえていた。目を開けるとガルツは飛び退き、僕の前に誰かが立ちはだかる。ゆっくりと上に視線を移した。

「……っ……クラ……ルス」

 見上げるとクラルスが殺気立った様子で剣を構えている。ガルツは先程と同じ魔法を使い、クラルスに攻撃を仕掛ける。クラルスは剣に付 与(エンチャント)をして襲ってくる激しい水流を 斬りつけると蒸発するように消えた。

「……。ダイヤモンドとは珍しい」
「あなたも回復魔法であるサファイアを攻撃魔法として使っていますね」

 クラルスとガルツは睨み合っている。しばらくするとガルツは肩をすくめた。

「残念ですが、あなたとやり合うつもりはありません。月石が宿っていると確認できただけでいいでしょう。次はあなたを奪いに行きますよウィン クリア」

 ガルツは身を翻し、逆側にある階段から姿を消してしまった。クラルスはガルツのことは追わず剣を収め、僕の側に駆け寄ってきた。

「リア様……!」

 クラルスは応急処置で血が溢れている僕の腕に布をきつく巻く。そうしている間にルフトさんが屋上へ駆け上がってきた。

「王子、リュエ!」

 ルフトさんはリュエールさんの元へ駆け寄り抱き上げる。リュエールさんはまだ意識は戻っていないようだ。彼女は無事なのだろうか。

「リュエールさんは……」
「……気絶しているだけだ」
「よ……よかったです」

 ルフトさんは電気を帯びた球体を一つ生成して打ち上げると短い破裂音の後、辺りを明るく照らす。撤退の合図だ。

「クラルス……ごめん……僕が一人で行動したばかりに……」

 クラルスは僕を見て首を横に振る。ガルツを捕らえる好機だったのに自分の手で潰してしまった。悔しさと後悔で心が押しつぶされる。

「……ランシリカまで撤退だ」
「かしこまりました。その前にどこか安全な場所でリア様の止血を……」

 クラルスが僕のことを抱き上げると遅れてシンが屋上へ上がってきた。怪我をした僕を見て悲痛な声を上げる。

「リア!? どうしたんだ一体!」

 すぐに彼は僕を抱き上げているクラルスの胸ぐらを掴み、眉をつり上げている。

「クラルス護衛だろう! なんでリアがこんな目にあっているんだ!」
「ち……違うんだよシン。僕が……勝手に行動したからなんだ。クラルスは悪くないよ……」

 クラルスの胸ぐらを掴んでいるシンの手を掴もうとしたが、痛みで拒まれ顔が歪む。クラルスは思い詰めた表情をしていた。僕が悪いのにそんな 顔をしないで欲しい。
 シンは無言でクラルスから手を離した。

「シン……。リア様の傷口を魔法で塞げますか? 止血しなければ危険です」
「……分かった。やってみる」

 シンは僕の腕の傷口に手をかざすと傷口が氷に覆われる。冷たいのか痛いのか分からず感覚が麻痺しているようだ。

「リア。足のナイフを抜くからな」

 僕が歯を食いしばるとナイフが抜かれる。痛みで身体が仰け反り、クラルスの外衣を思い切り掴む。血が出たがすぐにシンは止血をするために氷 の魔法を使った。

「シン……。クラルスのこと怒らないで……」
「俺の早とちりだ……。リア、今は話すな」

 屋上から撤退しようとした時、星影団の団員が慌てた様子で階段を駆け上がってくる。

「ルフトさん大変です! ミステイルの兵士が城塞に火を放ちました!」
「何だと! おまえら急いで撤退だ」

 逃げている最中、城塞のあちこちから火の手が上がり焦げ臭い匂いが充満していた。敵か味方が分からない兵士たちの悲鳴や慌てている声が交錯 している。階下へ行くと既に火の手が回っており、外へ出る扉は炎に包まれていた。

「くそっ! ふざけんな! ガルツ王子は自国兵まで焼くつもりかよ!」

 シンは抜剣をして付与(エンチャント)し た剣で炎を斬るように振るう。氷の粒子が飛び散り炎がかき消された。シンを中心に冷気が(ほ とばし)り出口までの道を作る。

「シン! あなた魔力の出力がまだ……」
「そんなこと言ってる場合かよ! 俺が城塞の外まで道を作るからリアとリュエさんを頼む!」
「シンっ……!」

 彼に手を伸ばそうとしたが目の前がみるみる暗くなり、意識を手放した。

 薄く目を開けると見慣れない天井と、くせ毛のある暗緑色の髪が目に入った。少し横を向くと窓を遮光している布の隙間から光が差し込んでい る。

「……クラルス……」

 僕が声を掛けるとクラルスは安堵の表情を見せ、僕の手を取った。続いてシンが僕の近くに走ってきた。

「リア様……。お目覚めになられましたか!」
「リア! 大丈夫か?」

 二人の言葉に頷く。シンはリュエールさんたちに報告をすると言って部屋を出て行った。起き上がろうとしたが、腕と足の痛みに阻まれる。

「リア様。ご気分はいかがですか? 丸一日眠られておりましたよ」
「え……そんなに?」

 ここはランシリカ兵舎の個室らしい。星影団は城塞からランシリカへ逃げ帰り、怪我をした兵士以外は拠点に戻ったそうだ。僕はランシリカに 戻った後、すぐ医者に見てもらい大事には至らなかった。
 複数の足音が聞こえるとシンがリュエールさんとルフトさんを連れて戻ってくる。

「リア! 目が覚めたのね。良かったわ」

 リュエールさんは安堵の表情のあと優しく微笑んでくれた。

「リュエールさん……。すみません。僕のせいで……作戦を駄目にしてしまいました。ガルツを見たら頭に血が上ってしまって……」

 寝台の敷布を強く握り目を伏せる。勝手に行動せず待っていればガルツを捕まえることができたかもしれない。

「リアの気持ちは痛いほど分かるわ。それにランシリカに帰って諜報から聞いたのだけど、拠点にミステイル王国軍は現れなかったそうよ。私の采 配がいけなかったわ。もっと慎重に情報を精査するべきだった」

 詳しく話を聞くとガルツを追っていた諜報部隊から僕たちが城塞に攻め込む前日に連絡が途絶えたそうだ。スレウドさんが急遽別の街にいる諜報 に頼み、ガルツが拠点制圧のための軍を用意していないことが分かったらしい。
 多分ガルツを追っていた諜報部隊は捕らえられてしまったのか殺されてしまったのかもしれない。
 ルフトさんはリュエールさんの肩にそっと手を置いた。

「ガルツがそういう作戦を取るような奴だと分かっただけでいいだろう。すべてが上手くいくわけじゃない」

 僕たちは火を放たれた城塞から脱出できたが、星影団の半数以上が怪我を負ったか亡くなってしまったそうだ。

「……リア……。私を庇ってこんな怪我を……」
「自業自得です。みんなと一緒にいればリュエールさんが危険な目に遭いませんでした」

 自分の心の弱さと城塞の出来事が悔しくて仕方なかった。リュエールさんは僕を責めることはせず慰めるようにそっと前髪を撫でる。

「リア。今はゆっくり休んで。魔法で無理に治さなくていいわ。心の整理もあるだろうし」
「はい……。ありがとうございます」

 リュエールさんたちは今から拠点に帰るそうだ。シンとクラルスは僕がある程度回復したら一緒に帰ることになった。
 二人が退室をして。部屋にはシンとクラルスと僕の三人になった。室内に静寂が訪れる。

「……ごめん……。二人とも席外してもらっていいかな……」
「……かしこまりました」

 シンは何か言いたそうだったけど、クラルスはシンの肩に手を置いて二人は退室した。
 静かになった部屋で目を瞑る。もしあの時、ガルツがリュエールさんを殺そうとしていたらと思うと怖くなる。そして、今度は本当にセラに危害 を加えるのではないのか。不安なことが次から次へと溢れ出す。僕はそれを振り払うように頭を振って、布団を頭から被った。

 目を開けて室内を見回すと真夜中のようだ。兵舎内は静まり返っている。いつのまにかまた眠ってしまった。外の空気に当たりたくなり、痛みを 抑えて寝台から這い出る。足を引きずりながら扉へ向かい、そっと開けた。

「……リア様!? そのお怪我で出歩いて大丈夫ですか!?」

 扉の近くにクラルスがいて驚いた表情で僕を見ていた。彼はずっと近くにいてくれたようだ。

「少し外の空気に当たりたくて……」
「かしこまりました」

 クラルスは僕に近づくとそのまま抱き上げる。彼と目が合うと微笑んでくれた。

「外にお連れ致しますね」
「ご……ごめんね。ありがとう」

 クラルスに負担をかけてしまい、申し訳なくなる。彼は一階の庭ではなく屋上へ足を運んだ。
 優しい夜風に僕の解いた銀髪とクラルスの暗緑色の髪が揺れた。夜空を見上げると満月が僕たちを見下ろしている。クラルスは僕を下ろすと彼は 着ていた外衣をかけてくれた。

「……ありがとう」
「席を外しましょうか?」
「ううん。大丈夫」

 僕はその場に座り膝を抱く。自らの手でセラを救える好機を潰してしまった。やっと父上と母上にも会える。人々をガルツの侵食から守れるはず だった。未だに僕の心には後悔の念が渦巻いている。そして一つの恐怖に駆られていた。

「……あの時、クラルスたちの言うことを聞いていればと後悔しているんだ」
「私もリア様をすぐに追えなかったことを後悔しております。リア様にこのような怪我を負わせてしまいました」
「クラルスは悪くないよ……」

 皆それぞれ後悔を口にする。城塞への奇襲は後悔ばかりが残る出来事だった。僕はクラルスに今の心境を吐露する。

「……僕、あんなに怒りに駆られたことは初めてだったんだ。感情を抑えられなくて……そんな自分が怖かった。いつか怒りに任せて取り返しのつ かないことをしてしまいそうな気がして……」

 ガルツへの黒い感情が怖かった。何も考えられず、ただ僕の家族を奪ったことに対する怒りがこみ上げ、愚直に行動していた。追ってはいけない という考えも遮断されていて、自分が自分でないようで怖い。
 またガルツと対峙したら僕は平常心でいられるのだろうか。

「……今回は彼らが一枚上手だった。ただそれだけです」
「でも……僕のせいでガルツを取り逃がしたのは事実だよ」

 クラルスは隣に跪くと僕の肩に手を置いた。

「リア様はご自身の行動を振り返り、後悔しました。悩むことも大切ですが、気持ちを切り替えて前に進むことがセラ様をお救いする一番の近道で はありませんか?」

 クラルスの言葉に気づかされる。彼の言うとおりだ。いつまでも落ち込んでいられない。リュエールさんは前を向いて次の行動に移っている。い つまでも俯いてはいられない。セラを助けるためには前を向いて進まないと。

「……そうだよね」
「急にお気持ちを切り替えることは難しいですし、お怪我もあります。ゆっくりでいいですので気持ちを切り替えていきましょう」

 彼の方を向くと僕に優しく微笑んでくれていた。僕も頷いて彼に微笑む。クラルスに慰めてばかりではなくて、もっと自分自身が心も体も強くな らなければいけない。

「……そろそろ戻ろうか。もう真夜中だものね……」
「かしこまりました」

 クラルスは僕を抱き上げると、少し強く彼に抱き寄せられる。どうしたのかと思い、クラルスを見ると複雑な表情をしていた。

「……クラルス……?」
「……あの時、リア様が私の前から永遠にいなくなってしまうのではないのかと思いました。今こうしてリア様と一緒にいられて安心します」

 彼の言葉を聞いて酷く心配をかけてしまったと思う。クラルスの肩に頭を預けて彼の服を握った。

「……ごめんね……。僕はもう君を置いていかないよ。約束する」
「えぇ……。ありがとうございます」

 クラルスに吐露して心が少し軽くなった気がする。僕は自室に運んでもらっている最中、クラルスの腕の中で彼の体温を感じながら眠りの海に意 識を沈めた。

「リア。起きてるか?」
「うん。どうぞ」

 上体を起こしながら僕が答えると、お盆に朝食を乗せたシンが現れた。

「朝食はお粥だけど食べられるか?」
「食べられるよ。持ってきてくれてありがとう」

 二日前から何も口にしていなかったが特にお腹は空いていなかった。シンは寝台の近くに椅子を引っ張ってくると自分の膝の上にお盆を置いた。 何をするのかと彼を見守っていると、木のさじでお粥をすくい、僕の口元に運ぶ。

「早く食えよ。たれるだろ」
「え……うん」

 利き手が怪我をしているわけではないので自分で食べられるのだけれど、彼の優しさを無下にはせず運ばれてくるお粥を食べる。少し塩気のある お粥が喉を通りお腹を満たしていく。簡単な料理だが何も口にしていなかったせいか美味しく感じた。クラルスはどうしたのかと聞くと、諜報者が 来たので対応しているそうだ。
 
「シン。城塞ってどうなったのかな?」
「火はまだくすぶっているらしいけどほぼ鎮火した。近くの森に火が移らなかったのが幸いだってさ」

 城塞の建物はほぼ煉瓦でできていたのであまり燃え広がらなかったようだ。城塞は修復するまで使えないだろう。
 ガルツにルナーエ国が内側から蝕まれていく。早く止めないとまた何をするのか分からない。
 僕が俯いて考えているとシンに頬を突かれた。

「リア。そんな顔するな。お前のせいでガルツ王子を取り逃がしたわけじゃない。どのみちガルツ王子は火計をして俺たちを動揺させている隙にリ アを捕縛する予定だったかもな」

 シンは僕に気を使ってくれて優しい。そんな話をしていると部屋の扉が叩かれ、クラルスが入室した。

「リア様。おはようございます。お怪我の具合はいかがですか?」
「少し痛みはあるけど大丈夫だよ」
「リア様にリュエールさんからの伝言です。”二週間はランシリカで過ごすように”とのことです」
「に……二週間も?」

 そこまで酷い怪我ではないので一週間もあれば普通に歩けるようにはなる。リュエールさんは気を使ってくれたのだろう。期限を守らずに帰ると 彼女に怒られると思うので、大人しく二週間ランシリカで過ごすしかない。

「分かったよ。二週間は安静にするね」
「えぇ。十分休息を取ってから拠点に戻りましょう」

 たっぷり休息期間を与えられたので心の整理をしながらゆっくり過ごそうと思う。焦っていてもセラを救えるわけではない。

 一週間経つと怪我の痛みはほとんどなくなっていた。まだ手合わせをできる状態ではないが普通に歩けるようにはなっている。
 身体が鈍っているので兵舎の中庭で軽く運動しようかとクラルスと話していた時、シンが部屋に入ってきた。

「リア。怪我どうだ?」
「だいぶ良くなったよ」
「あのさ俺ここの街初めてだからこれから街に散策いかないか? 買いたいものがある」

 僕もランシリカに来たのはコーネット卿と交渉に来たときなので、ゆっくり街を見ることはできていなかった。クラルスも了承してくれたのでこ れから三人で街に出掛けることになった。

 外套(がいとう)を被り、兵舎の門 をくぐって空を見上げる。
 雲一つ無い晴天で午後の日の光が暖かい。シンは露店市場へと足を運ぶと何かを探しているようだった。

「シン。買いたいものって何?」
「リアとクラルス左耳に耳飾りつけているだろう。俺も何か欲しいなって思ってさ」

 クラルスは左耳に小さな丸い銀の耳飾りをつけており、僕は三日月の形をした耳飾りをつけていた。耳飾りは十歳の誕生日の時に母上がくれたも ので、その日以来肌身離さずつけている。

 装飾品なら宝石店に行けば売っているのだが、値段が高いと思い露店市場を見てから行くそうだ。雑貨などが売っている区域まで行くと装飾品が 売っている露店がちらほらある。
 ひとつひとつの露店をシンはじっくり見ていた。値段は宝石の欠片(フラグメント)よ り低価格みたいだ。太陽の光で装飾品がきらきら と輝いていて万華鏡のようだった。

 シンは一つの耳飾りを手に取る。星の形をして中央に青い宝石がはめてある小さなものだ。シンの髪色や宿している宝石の色と合っていて良いと 思う。

「シン。それ良いと思うよ」
「ん。そうか。お姉さん。この耳飾りの真ん中の宝石って何?」

 清楚な服を着た販売しているお姉さんはシンの手の中にある耳飾りを見た。

「それはラピスラズリよ。同じ形で宝石が違うものもあるわ」

 シンの手に取った耳飾りの宝石がラピスラズリだった。無意識に宿している宝石と同じものに惹かれてしまったのだろう。女性が販売をしている 装飾品に指を差すと。虹のように綺麗に色が並んだ同じ形のものがある。
 女性ははめてある宝石は魔法用ではないので宿すことはできないと説明してくれた。値段も一二〇〇レピとそこまで高くない。

「お姉さん半額で一個だけ売ってくれない?」
「ごめんなさい。うちは一点物だからばら売りしていないの」
「分かった。じゃあこれくれ」

 シンは女性に支払い袋に詰められた耳飾りを受け取る。露店市場を後にして、早速シンは硝子の窓を見ながら耳飾りを左耳につけた。シンは満足 そうに微笑んでいる。

「シン。似合ってるよ」
「えぇ。シンらしい耳飾りですね」
「片方どうしようかな。リュエさんにでもあげようかな」

 シンの言葉を聞いて僕とクラルスは固まる。深い意味はないと思うけれどルフトさんの前では絶対にあげない方が良い。シンにそう伝えると怪訝 な顔をしていた。

 街中のお店の散策に行こうとした時、人々が一定方向に足早に歩いて行く。何かあるのかと思い、僕たちも同じ方向へ足を運んだ。

 人だかりができているところはどうやら街の掲示板のようだ。シンは何が掲示してあるのか確かめるために人をかき分けて確認をしに行った。

「何だろうね……」
「またセラ様を使って何かしたのでしょうか」

 僕とクラルスは不安な気持ちで少し離れたところで人だかりを見つめる。しばらくすると神妙な面持ちをしたシンが戻ってきた。何か良くないこ とでも書いてあったのだろうか。

「シン。何が書いてあったの?」
「……城塞のことが書いてあった。……城塞に火を放ったのは星影団がしたことになっている。街の人の印 象最悪だぞ」
「えっ!?」

 ガルツの印象操作なのだろう。元々貴族から好かれてはいない星影団だ。コーネット卿に協力をお願いする時も苦労したのに、ますます協力を仰 ぐことが難しくなってしまう。街の人たちの印象も悪くなると、活動に支障がでてしまう。

「シン。他に何か名指しで書いてありました?」
「いや。星影団と城塞の火災のことしか書いていなかった」
「……。これはコーネット様への声明ですね。ガルツはコーネット様がこちらに協力していることは知っています。お名前を出さなかったのは寝返 らせるつもりなのでしょう」

 ガルツはコーネット卿の指揮力を知っているので、脅威になる前に引き入れたいのかもしれない。掲示板に出ている情報は僕が拠点に帰る頃には 拠点にいるリュエールさんには伝わっているだろう。コーネット卿はどうするのだろうか。

「コーネット卿が心配だよ……」
「そうですね。私たちが帰る頃には策を練っているかもしれません」
「俺たちも休息がてら街で情報集めるか」

 シンの意見に賛成だ。ランシリカにいる間は街での情報集めに専念しようと思う。クラルスもそれに賛成をしてくれた。
 僕とクラルスは顔が露見するとよくないので、シンが聞き回る役割をすることになった。

 次の日、露店市場へ出向き、聞き込みを開始する。露店でパンを売っている男性にシンは声をかけた。少し離れたところから僕とクラルスは会話 に耳を傾ける。

「なぁおっさん。掲示板に書いてあった城塞って襲われたの?」
「星影団って盗賊が襲ったらしい。以前から名前だけは知っていたが、隣国の王子が城塞の視察に来たところを狙って火 を放つとは悪 辣(あくらつ)な奴らだ」
「ここの貴族はどうしたんだ? 何か対策したの?」
「コーネットさんは長期遠征らしく今は不在なんだ。近場でこんなことがあったから早く戻ってきて欲しいものだね」

 三日間、街の人に聞き回ったがこれといって有力な情報は得られなかった。ランシリカの人々から信頼が厚いコーネット卿に疑いの目や不満など 言う人がいなかったことが救いだ。
 僕たちは兵舎の寝室に戻り寝台にそれぞれ腰を下ろす。

「結局何も情報なかったな」
「でもコーネット卿の変な噂とか流されていなくてよかったよ」

 他の街はどうなっているのだろうと不安だ。リュエールさんはもう情報が入っていて対策をとっているかもしれない。少し早い時間だったが僕た ちは寝台に横になり眠りについた。
 
 ランシリカでの休息を終えて僕たちは拠点へと戻る。さっそく帰還したことを報告するためにリュエールさんの部屋へ向かう。公会堂へ入ると、 ちょうどリュエールさんは扉に向かって来ているところだった。
 
「あら。三人ともおかえり。ちゃんと約束守って帰ってきたわね。偉い!」
「はい。十分な休息がとれました。ありがとうございます」

 リュエールさんは優しい笑みを浮かべている。シンは腰に下げている鞄から小さな紙袋を出した。

「リュエさん。これあげる」
「何かしら? 開けて良い?」

 シンが頷いたことを確認して、リュエールさんは袋を開けると掌に小さな星形の耳飾りが落ちる。

「あら可愛い耳飾りね。でも一つ?」
「俺が一個つけているんだ。いらないからリュエさんにあげる」
「せめて私のために買ってきたって言いなさいよ」
「リュエさんのために買って来ました」

 リュエールさんに「もう遅い」と言われシンはおでこを人差し指で突かれる。二人の掛け合いは相変わらずだなとクラルスと顔を見合わせて笑い 合った。

「つけるか分からないけど、もらっておくわ。ありがとうシン」

 リュエールさんにお礼を言われ、シンは照れくさそうにしている。
 そういえばリュエールさんは見えるところに装飾品はつけていなかった。あまり興味がないのか身につけることが苦手なのだろうか。

「リュエールさん。城塞の話しは伝わっていますか?」

 クラルスに問いかけられるとリュエールさんは真剣な表情をした。

「えぇ、知っているわ。全くガルツもよく悪知恵働くわね。感心するわ」
「これからどうしますか? 普通の貴族でしたら話し聞いてもらえないかもしれませんよ」
「それなら少し伝手がある貴族がいるから相談してみようと思うの。何せ戦力不足は相変わらずだから各街の協力が不可欠なのよね」

 リュエールさんが相談出来る貴族とは彼女が没落する前から仲が良かった人なのだろうか。ガルツがいつ星影団に仕掛けてくるのか分からないの で、早めに信頼を勝ち取って味方を作っていかないといけない。

「少し遠いけどラザレースという街に知り合いの貴族がいるの。リアも一緒に来てくれる?」
「もちろん行きます」

 明後日拠点を出発し、ラザレースの街にはリュエールさん、シン、クラルス、僕の四人で行くことになった。手負いの兵士が多い現状王国軍が 襲ってくる可能性があるので、ルフトさんたちには拠点にいてもらうそうだ。
 ラザレースの街は確か女性の貴族が統治している街。もしかしたらその貴族の人にリュエールさんは伝手があるのかもしれない。
 リュエールさんばかりに頼ってしまっているけれど少しずつセラや国の平和に近づいて行きたいと思う。

2020/03/08 up
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