プリムスの伝承歌




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プリムスの伝承歌-宝石と絆の戦記-

第10曲 採鉱の伝承歌

 シンが星影(せいえい)団に入って から早一週間。星影団の団員はシンがミステイル王国の出身と分かっても敵意は向けず普通に接してくれていた。
 今日は拠点の近くにある川のほとりで、僕とクラルスは武器に付与(エンチャント)を 早くできるようにする練習だ。ルフトさんと比べたら武器 へ付与(エンチャント)す るまでの時間が遅い。少しの遅れが致命的なことになりかねないので素早くできるようにしなければならない。

 シンは僕たちと少し離れたところでスレウドさんと手合わせをしていた。激しい剣戟(け んげき)が聞こえてくる。シンは果敢に攻めているがス レウドさんはシンの斬撃を軽く打ち払っていた。
 僕たちは魔法の練習をしながら二人の手合わせを見守る。

「シン。頑張っているね」
「そうですね。剣術はなかなかだと思いますけど、まだ本調子ではなさそうです」

 シンは二ヶ月くらい、ろくに食べ物を食べていなかったそうだ。睡眠不足も続いていたので体力が落ちてしまっているとぼやいていた。
 スレウドさんはシンの方へ踏み込み、彼の剣を思い切り弾く。シンの剣は宙を舞い、地面へと落ちた。

「シン。前よりは良くなっているが、途中から攻め方が単調になってたな」
「はぁ……。スレウドはまだ俺の観察している余裕あるのかよ」
「またいつでも相手してやるよ」

 シンは座り込み愚痴を零す。スレウドさんは座っているシンの頭を乱暴に撫でると拠点へと帰って行った。僕たちは付与(エ ンチャント)の練習 を終わりにして大きな岩に腰を掛けているシンの元へ向かう。

「シン。お疲れ様」
「リアとクラルスもお疲れ。体力も剣術も落ちててなかなか上手くいかないな……」
「シンならすぐ取り戻せるよ」
「とにかく手合わせをやるしかないよな」

 シンはスレウドさんの他にもクラルスや僕とも手合わせをしている。クラルスには一度も勝てたことはなく、僕との手 合わせでも僕の方が勝率は 高い。シンは僕に負けた時はだいぶ落ち込んでいた。日を追う毎に彼は体力や感覚を取り戻している。元に戻るのはすぐだろう。

 シンはぐっしょりと汗を搔いており、前髪から雫が落ちた。シンの藍から浅葱の色彩に染まった髪をルナーエ国では見たことがなかったので綺麗 だなと思う。
 彼は水筒の水を全部飲み干すと、時間は早いけど浴場に行くそうだ。僕とクラルスも一緒に行くことにした。

 浴場の脱衣所に入ると時間が早いのでまだ誰も利用していなかった。服を脱いで髪を高く結っているとシンが僕を見ていた。

「……シン……?」
「いつも思っていたけど、リアの長い髪邪魔じゃない?」
「幼い頃からずっとこの長さだったから慣れているよ」

 何歳の時だか忘れてしまったが、一度だけ父上と母上に毎日の手入れが大変なので髪を切りたいと相談したことがあった。その時一緒にいたセラ が嫌がり、大泣きをされたので、以来髪を切ろうとはしなかった。セラは幼い頃、僕と何でもお揃いにしたがっていた。僕が髪を切るならセラも切 ると大騒ぎだったことを思い出す。

 ルナーエ国の昔の言い伝えで綺麗な髪には精霊が宿ると言われている。そのため母上も僕の髪を切ろうとはしなかったそうだ。
 セラは僕の髪を弄ることが好きで色々な髪型に結っていた。セラは楽しそうだったし嫌ではなかったので今も切ろうとは思っていない。

「……リア後ろから見ると、おん……」

 シンはそこまで言うと口を(つぐ)ん だ。女の子みたいとでも言いたかったのだろう。ミステイル王国の王都に行った時もそうだったけど、た まに性別を間違われる。容姿と母上譲りの顔なので仕方ない。シンは僕が嫌がると思って言葉を止めたのだろう。
 浴場に入り、汗を流している二人を横目で見る。二人の筋肉がついた身体が羨ましい。自分の貧相な身体が恨めしかった。シンくらいの年になれ ば少しは変わってくれるのかと思う。

 浴場から出ると食堂から美味しそうな匂いがしてくる。お腹を空かせている兵士の人たちは早めに席についている姿が見えた。
 料理は豪華とは言えないけれど素朴で優しい味がして、毎朝献立表を見ることが楽しみだ。食堂は限られた人数しか入れないので、僕たちは気を つかって自分たちが寝泊まりしている家で食べている。

「おぉ! いい匂い! 今日の献立何だっけ?」
「さつまいものご飯と鶏肉と野菜の煮込みですね」
 
 シンはクラルスから献立を聞くと早く行こうと僕たちを急かした。夕食を食堂でもらい家に帰って食べているとシンの様子がおかしかった。
 さっきから煮込みに入っている緑の野菜を除けている。嫌いなのだろうか。

「シンその野菜嫌いなの?」
「少し苦手……」
「食べてあげようか?」

 僕は嫌いなものは特にないので、シンに残されてしまうくらいなら食べてあげようと思った。その会話を聞いてクラルスが制止する。

「シン。栄養を考えて作られているので食べないとだめですよ」
「クラルスは俺の親か!?」
「選り好みしないリア様を見習って下さい。将来リア様の方がシンより大きくなるかもしれませんね」

 その言葉を聞いたシンは僕を見て真顔になる。端に寄せていた緑の野菜をかき集めると大口を開けて一気に食べた。そんなに僕に身長を抜かされ ることが嫌なのだろうか。

「……やっぱり苦い……」
「シン食べられたね! 偉い偉い」

 シンを褒めると顔を真っ赤にしていたので思わず笑ってしまう。シンが星影団に来てから僕たちの家は賑やかになった。


 ある日、手合わせに川のほとりへ行こうとしていたのだがシンの姿が見えない。

「クラルス。シンは?」
「見かけませんが、どこへ行ったのでしょうね」

 かなり前からシンの姿が見えなかったので心配だった。僕たちはシンを探すため家屋から外に出ると彼はすぐに見つかった。
 公会堂の前でリュエールさんと何やら言い合っているので、シンたちの元へ歩いて行く。

「なあ、リュエさん頼むよ!」
「何度言ってもだめよ。そんな予算ないわ」

 シンはリュエールさんに何かお願いをしているようだ。予算と言っているので何か買いたいのだろうか。

「二人ともどうしたのですか?」
「リア。丁度いいところに来たわね。シンがしつこくて引き取ってくれない?」

 僕は首を傾げた。シンは何をそんなにリュエールさんにしつこいと言われるまで頼んでいるのだろう。

「シンどうしたの?」
「俺も宝石宿して魔法を使いたいんだよ。金がないからリュエさんに頼んでいたんだ」

 興味本位なのか分からないけどシンは魔法が使いたいみたいだ。シンは無一文なので星影団の経費を管理しているリュエールさんに 頼んで宝石を買うお金を出してもらおうとしていた。

「あなた侵食症になったのに懲りないわね。大体、宝石がいくらするのか分かっているの?」

 宝石店に一度も足を運んだことがなかったので、相場がどのくらいなのか僕にも分からない。シンも相場をわかっていなさそうだ。丁度宝石の商 人が拠点に来ているので実際に見に行って来るようにと促された。
 僕たち三人は拠点の入り口で宝石を売っている商人の元へ足を運ぶ。
 拠点の入り口には男性の商人が布を広げて、その上には装飾品や宝石が並んでいる。

「こんにちは。宝石見せてもらえますか?」
「宿す用かい? それならこっちの右半分だよ」

 布の中央から右半分が宿す用の宝石のようだ。大小さまざまな宝石が並べられており、太陽の光で輝いている。宝石はいつ見ても綺麗だなと思 い、つい見惚れてしまう。値札はついていなかったので商人に聞かないと分からないようだ。

「おっさん。一番安い宝石どれ?」
「このトパーズの欠片(フラグメント)か な。五万レピだよ」
「はあ!? 五万!?」
「悪いけど値下げ交渉は受け付けないよ」

 欠片(フラグメント)で五万レピと なるとクラルスに無償で宿したダイヤモンドの原石欠片(オプティア)は いくらになるのだろうと考えてし まった。シンはお金は持っていないので当然買えない。僕とクラルスも城から逃げた時はお金を持っていなかったのでシンの宝石代を肩代わりをす ることもできない。

「じゃあ、これと交換してくれ」

 シンは商人に自分に宿っていたアメジストを渡した。商人は差し出されたアメジストをまじまじと見ている。適合者が少ないアメジストだけど、 装飾品として価値があるのなら交換してくれるかもしれない。
 商人の鑑定を見守る。一通りアメジストを見るとシンの掌に返された。

「等価交換にはならないね。その大きさじゃ加工したら米粒みたいになっちまうよ」
「じゃあこれいくらだよ」
「六千レピで買い取ってやる。アメジストは魔法用で売れないからなぁ」
「くっ……いい商売してんな」

 綺麗なアメジストだけど適合者が少ない宝石なのであまり高く売れないようだ。
 シンはとりあえず資金ということで持っていたアメジストを売り、六千レピを受け取った。一番安い宝石を買うにもお金が足りない。もっと階級 が高い宝石なら桁が二つくらい違ってくるかもしれない。

「どう? 相場は分かった?」

 いつのまにかリュエールさんは腕を組んで僕たちの後ろに立っていた。安い消耗品とは違い、宝石は値段が高いので経費で買うことは難しいのだ ろう。

「分かったけど、これじゃ買えない」
「シン。何でそんなに魔法が使いたいの?」
「便利っていうのもあるけど、やっぱり戦力として必要だろう」

 シンの言葉を聞いてリュエールさんは何か考えている。確かに宝石を宿せば戦力強化になると思う。しかしシンは一度侵食症になっているので宝 石を宿すことは少し心配だ。

「団長さん。お金かけなくてもあるだろう。宝石を手に入れる方法」
「もう……。余計なこと言わないでよ」

 商人は笑みを浮かべてリュエールさんを見ている。お金をかけなくても宝石を手に入れる方法と言われて一つのことを思い出した。そんな話を聞 いてシンは興味津々で早く教えろとせがんでいる。
 リュエールさんは「宝石のお勉強の時間」と人差し指を立てた。

「あなたたち何で原石(プリムス)が 宝石を生み出す期間を”流星の日”って言うのか知ってる?」
「原石神殿ができる前は空から宝石が降っていたのですよね」
「そう、正解!」

 僕が答えるとリュエールさんは満足そうに微笑んだ。
 原石神殿がなかった時代は流星の日に空から宝石が降り注いでいた。その光景が流れ星に似ていたのでそう名付けられたと以前授業で習ったこと を思い出す。今はフィンエンド国の技術により原石(プリムス)閉 じ込めて宝石室の室内に生成されるようになっている。

「だからね。普通に川とか道とかその辺りに落ちていたのよね昔は……。もう取り尽くされちゃっているけど」
「まさか川を探せってこと?」
「違うわ。それともう一つ自然に宝石が生成される場所があるのよ」

 シンは首を傾げていた。あまり宝石に興味のない人は知らないと思う。今度はクラルスがリュエールさんの質問に答えた。

「……火山がある地域ですね」
「クラルス。よく知っているわね」

 クラルスは色々な本を読んでいるので知っていたようだ。
 流星の日の他に自然に生成される場所がある。主に火山があり、自然豊かで水が綺麗な場所。
 ルナーエ国にも山脈があり、宝石が採掘できるそうだ。各国に宝石を採掘する専門の人がいるが、危険なことが多いため採掘をする人は少ない。 しかし宝石を自分で見つけた時の喜びがあるので、冒険心が強い人が好んで採掘をしているそうだ。

「そこに行って手に入れればいいんだな!」
「早まらないで。宝石の魔力を求めて魔獣も多いのよ。宝石を採掘する人は少なからず自分の身を守るために宝石を宿しているわ」
「結局だめなのかよ!」

 リュエールさんの言葉にシンはしょげていた。武勲を上げれば買ってあげてもいいらしい。シンはまだ星影団に入って日が浅いの で、団長の立場では特別に買ってあげることはできないそうだ。

「リアもクラルスも宿しているし、俺は足手まといになりたくないんだよ」

 シンはただの興味本位で宝石を宿したいわけではないようだ。みんなの力になりたいと思っており、足手まといになりたくないというシンの気持 ちは痛いほど分かる。もし僕がシンの立場だったらやはり宝石は宿したいと思ってしまう。

 拠点から山脈までそれほど遠くはないし確か採石場があり、少し整備されている。リュエールさんの許可が下りればシンのために探しに行きた い。

「リュエールさん。シンのために宝石を探してあげたいです」
「もう……リアまで……」

 商人さんの話しによると採石場の入り口付近はもう採取し尽くされているそうだ。奥までいかないと見つからないことが多いらしい。リュエール さんは腕を組み直して考えている。

「……行ってきてもいいけど条件があるわ」

 リュエールさんの提示した条件は一週間以内に帰ってくること、原石欠片(オプ ティア)を見つけてくることだった。自由行動を認める代わりに 厳しい条件が課せられた。短い期間で原石欠片(オプティア)を 見つけることは可能なのだろうか。
 商人さんも厳しい条件だと苦笑いしていた。シンは行く気満々のようで破顔している。

「リュエさんありがとう! 絶対、原石欠片(オプティア)宿 して帰ってくるからな! それに……」

 シンは僕の方を向くと真剣な表情をしていた。

「リアは何があっても俺が絶対守る」

 シンの言葉に思わず目を丸くする。そこまで心配して守らなくても大丈夫だと思うけど、シンの言葉は素直に嬉しかったので否定せずにそのまま 受け入れることにした。

「うん。お願いねシン」
「何調子に乗っているのよ!」

 リュエールさんはシンのおでこを人差し指で突いた。微笑ましい二人のやりとりに思わず笑ってしまう。

「クラルス。シンとリアをお願いね。無茶だけはしないで」
「えぇ。お任せ下さい」

 シンは早速明日、採石場に向かうと意気込んでいた。彼は旅の準備をするため先に家に戻ってしまった。リュエールさんは採石場を見ることも勉 強ということで許可してくれたようだ。

「あっ! 条件追加するわ」
「何ですか?」

 リュエールさんに条件追加の言葉に何を言われるのかと身構える。今でも厳しい条件なのにまたさらに厳しい条件を追加するのだろうか。

「三人とも無事に帰ってくること! それが追加の条件よ」

 意外な条件の追加に僕は目を丸くした。リュエールさんは僕を見て微笑む。

「はい。シンに伝えておきますね」
「見送りには行けないけど、気を付けていってらっしゃい」

 リュエールさんは厳しいことも言うが、みんなのことを考えていて優しい人だ。僕とクラルスもシンの後を追い、明日採石場に向かうための準備 をした。

 次の日、山脈の採石場に向けて歩き出す。空を仰ぐと雲一つない快晴。優しい風が僕たちの髪を揺らしていた。
 馬は貸してもらえなかったので徒歩での移動だ。ゆっくり歩いても二日くらいで目的の場所に着くだろう。
 往復で四日使ってしまうため実質探す時間は二日だ。一週間という期限なので早めに探したい。
 採石場は入り口付近は整備されているが奥に行くにつれて魔獣が多くなり、落盤事故もあるらしい。採石場に行くことは初めてなので不安だ。

「シンはどんな属性の宝石を宿したいとかあるの?」
「そうだな。リアが回復系でクラルスが防御系なら俺は攻撃系の方がいいんじゃないか?」
「攻撃系だとルビーとかシトリンとかエメラルドかな?」
原石欠片(オプティア)が見つかる といいけど。リュエさんの条件厳しいなぁ」

 そういえば月石の魔法は欠片(フラグメント)と 治癒しか使ったことはない。城の書庫にあった書物によると防御魔法も使えるらしいが使ったこ とはなかった。練習をすれば使えるようになるのだろうか。
 まだ月石は知らないことばかりだ。僕は左手の爪の刻印を見つめた。

「流星の日で原石欠片(オプティア)が 生み出される確率は千分の一です。自然生成となるとまた確率が低いかもしれませんね」
「クラルス。そういうこと言わないでくれ。見つける自信無くす……」
「失礼しました。でも見つけられる確率が低いことは事実ですので、何も収穫がないということも頭に入れておいて下さいね」

 クラルスの言うとおりシンの熱意に押されて宝石を探しに出たけど、何も見つからない可能性もある。不安もたくさんあるが折角リュエールさん に外出許可がもらえたので見つけ出したい。

 二日間陸路を歩くと山脈の(ふもと)に 着いた。昼間でも少し薄暗い雑木林を抜けると山肌に口を開けた洞窟がある。ここが採石場なのだろ う。周りに人気はなく静まりかえっていた。

「ここが採石場? 普通の洞窟みたいだな」

 シンは周りを見回しながら洞窟に近づく。
 不意に採石場の方から何かを感じたので意識を集中させる。熱源のようなものを感じた。プレーズの森で出会った魔獣から同じものを感じたこと がある。この熱源のようなものは魔力だろう。強弱に差はあるが、まだ眠っている宝石があちらこちらに散らばっているようだ。強い魔力を感じる 方に行けば階級の高い宝石が見つかるかもしれない。

「ねぇクラルス。採石場から魔力を感じないかな?」

 クラルスに訪ねてみると。彼も採石場の方へ意識を集中させる。

「……場所ははっきりとは分かりませんが数カ所から何か感じますね。採石場にある宝石でしょうか?」

 クラルスも魔力を感じ取っているみたいだ。シンも僕たちの真似をして採石場に意識を集中させているが何か感じるのだろうか。

「……俺は何も感じない……宝石を宿した人の特権か?」
「……そうかもね」

 シンは悔しがってますます宝石が欲しいと嘆いている。
 その時、背後に気配を感じて僕たち三人は一斉に振り向く。草むらから無精髭を生やし、眼鏡を掛けた鈍色の髪の男性が姿を現した。

「こんなところで人に遭遇するのは珍しい。宝石を探しに来たのかい?」
「こんにちは。あなたもですか?」

 彼は眼鏡の位置を中指で直すと僕たちをまじまじと見ている。

「見たところ採石場に来ることは初めてのようだね。装備を見てすぐわかる」

 男性の身なりは肌の露出が少ない服。背負っている鞄の横には小さなつるはしや角灯が下げられている。いかにも宝石を採掘しに来るような格好 だ。僕たちもリュエールさんに助言されて少しだが採掘に必要な道具を持ってきている。しかし身なりがそぐわないので彼はそう言ったのだろう。

「……私たちに声を掛けたのですから何かあるのでしょう? あなたの目的は何ですか?」

 クラルスは僕を庇うように前に出た。彼の目的は何なのだろうか。

「……察しがいい。よかったら君たち一緒に行動しないか? 見る限り剣の腕は立つのだろう。魔獣も出るし一人だと奥の方まで行くことが困難で ね」

 どうやら彼は僕たちと一緒に行動したいようだ。彼は採掘に関する知識はあるので、知識を貸す代わりに採石場の奥まで護衛をしてもらいたいら しい。

「……リア様いかがなさいますか?」
「僕は大丈夫だよ。シンは?」

 シンは腕を組んで少し考えた後、彼に言葉を投げかける。

「別にいいけど条件がある」
「……何だね」
原石欠片(オプティア)が見つかっ たら俺たちに譲ること。それが条件だ」

 シンの目的は原石欠片(オプティア)を 見つけることなので護衛代ということにしたいのだろう。シンは僕に近づいて耳に顔を寄せて声を潜める。

「リア。なんとなく宝石の場所分かるんだろう。俺たちだって最低限の装備はある。こいつと組む利点ねぇよ」
「でも僕たち採石場は初めてだし。慣れている人が一緒にいた方がいいんじゃないかな?」

 魔力を感じるといってもその発生源が宝石とは限らない。魔獣の可能性もある。僕とシンがひそひそと話していると彼は咳払いをした。

「……まぁいいだろう。原石欠片(オプティア)が 見つからなくても護衛代で分け前を寄越せと言わないことだ」
「……分かったよ」
「短い間だが世話になる。俺はリックだ」

 彼は宝石収集家という職業らしく見つけた宝石を宝石店や商人に売って生計を立てているそうだ。宝石収集家の知り合いもいるらしいが、彼は同 職の誰かと行動することは好まないらしい。

「俺はシン」
「リアです。よろしくお願いします」
「……クラルスと申します」

 リックさんは怪訝な顔を僕たちに向けている。

「……君たちは何の集まりだ? ”リア様”と言っていたが君は貴族か何かなのか?」
「……え……。そ……そんなところです」

 クラルスの方を見ると申し訳なさそうな顔をしていた。今までずっと”リア様”と呼んでいたので仕方ない。僕を敬称なしで呼ぶことは口が裂け ても彼はできないと思う。貴族と言えば誤魔化せるのでそれで通すしかない。リックさんは腑に落ちない感じで採石場へと入っていった。

「……シンの時もそうですけど毎回自己紹介には困りますね」
「リアのこと呼び捨てにすれば?」
「それはできかねます」

 予想通りで思わず苦笑する。僕は別に構わないのだけれど、クラルスは嫌がっているので無理強いはしたくない。
 リックさんの後を追い、僕たちも採石場の中へ足を運んだ。

 採石場内に入ると洞窟の両端の壁に角灯が下がっている。淡い光が洞窟内を照らしていた。よく見ると角灯の中に入っているものは小さなル ビー。宝石が炎と纏っていて不思議な光景だ。それがこの先の角灯すべてに入っているのだろう。

「この角灯、全部ルビーが入っているのですか?」
「そうだ。普通の炎だと油を入れて数時間しか持たない。ルビーを燃料にしていると数十年は燃え続けるはずだ」
「そんなにですか!?」

 宝石は犠牲になってしまうけれど、暗い採石場で燃え続けて照らしてくれていることはありがたいのだろう。そんな灯りが何十個も洞窟内を照ら している。
 リックさんは迷い無く道を進んでいく。リックさんも宝石を宿していて魔力を感じているのだろうか。

「リックさんは宝石を宿しているのですか?」
「あぁそうだ。見るか?」

 リックさんは足を止めて左手の手袋をはずすと飴色の爪が現れた。この刻印と爪の色はトパーズを宿している証。土属性の宝石だ。

 トパーズは採掘に便利らしく土の硬さを変えられるらしい。無闇に使うと落盤事故に繋がるので宝石の周りだけ土を柔らかくするそうだ。採取す る時も傷が付きにくく便利な魔法らしい。
 リュエールさんの時もそうだったが一概に魔法と言っても色々な使い方があるのだと感心する。

「俺は微かだが宝石からの魔力を感じる。正確な位置まで分からないがな。階級の高い宝石を宿している奴や魔力値が高い奴は、宝石の魔力の強弱 やどこにあるのかはっきり分かるらしい」

 僕はクラルスと顔を見合わせた。まさかすぐ側にいる僕に原石(プリムス)が 宿っているとはリックさんに言えない。宝石のことは隠しておいた 方が賢明だろう。
 僕はリックさんに気づかれないよう洞窟内に意識を集中させる。入り口より魔力を強く感じる発生源に近づいていた。この先にもしかしたら原 石欠片(オプティア)があるかもしれない。

「君たちもここに来たということは誰か宝石を宿しているのか? まさか遠足に来たわけじゃないだろう」

 リックさんの質問に顔が強張る。僕が話を振ってしまったので、そういう質問が返ってくるのは当たり前だ。シンと目を合わせて答えないでいる とクラルスがリックさんに左手を見せた。

「私がダイヤモンドを宿していますよ」
「ほう。ダイヤモンドとはまた珍しい」
「そんなに珍しいのですか?」

 宝石収集家の仲間や商人の知り合いとたくさん会ってきたが、今までダイヤモンドを宿した人には出会ったことはないらしい。
 興味本位で宿した人は相性が合わずに侵食症になりかけたと笑いながら話していた。

「噂だが”真っ直ぐ強い意志がある者”が宿せるらしい。君は真面目そうだから何か強い志があるのだろう。それが宝石に認められたから宿せたの かもしれないな」

 クラルスはリックさんの言葉を聞いて僕の方を向くと優しく微笑んだ。

「……そうかもしれませんね」

 クラルスは僕を守るという強い意志がある。そんな真っ直ぐな意志がある彼だからこそ宿せたのかもしれない。彼が今までそばにいてくれたから 負の感情に押しつぶされそうになっていても、僕は立っていられる。
 自分で考えて気恥ずかしくなってしまい、不自然にクラルスから視線を外してしまった。

「リア。君は何か宿しているのか?」
「……いえ……僕は何も……」
「……そうか……」

 なぜ僕に聞いたのだろう。こちらを見ているリックさんの目が少し怖く感じた。
 視線をクラルスに移し、ダイヤモンドをいつ宿したのか魔法はどういうものなのかとしつこく質問をしている。珍しいから気になるのだろう。
 リックさんは話しながら、分岐路があっても迷うことなく歩いている。

「なぁリック。さっきから迷わず進んでいるけど、こっちでいいんだろうな」
「あぁ、そろそろ宝石があるはずだ……。その証拠に魔獣がいるようだな」

 あまりにも淡々と言うので思考が追いつかなかった。
 耳を澄ませると何かがこちらに向かってくる足音が複数聞こえる。ゆるやかな曲がり角から頭が裂けている犬型の魔獣が、うなり声を上げて静か にこちらに歩いて来ていた。あまりにも奇怪な容姿の魔獣に思わず顔を歪める。

「じゃあ頼んだぞ」
「頼んだぞって……。突っ立っていないで魔法で援護しろよな」
「俺の魔法は採掘のためにあるんだ。使うわけないだろう」

 リックさんは後ろへ下がるとクラルスとシンは剣を抜いて前に出た。僕も加勢したいが通路が狭いため大人しく後ろにいたほうがいいだろう。
 クラルスは剣に付与(エンチャント)し ているため魔獣を柔らかいもの斬っているみたいだ。シンは的確に急所を狙い、魔獣を斬り伏せている。

「ダイヤモンドの付与(エンチャント)は 初めて見たな。なるほど……」

 リックさんはクラルスの付与(エンチャント)を 食い入るように見ていた。不意に後ろからの足音に気がついて振り向く。魔獣がリックさんに襲 いかかろうと前足を振りかぶっている。咄 嗟(とっさ)に短剣を抜き、急所に斬撃を入れると 魔獣は短い断末魔を上げて絶命した。

「リックさん。後ろも見ていないと危ないですよ」
「……君の剣術もなかなかだね。ただの貴族の子供ではないな」

 リックさんは後ろから襲ってきた魔獣のことは気にしていない様子だった。シンとクラルスは魔獣を倒し終えて一息吐くと、彼は二人には目もく れずに奥へ進んで行く。

「リア様。ご無事ですか?」
「うん。大丈夫。二人ともお疲れ様」

 休憩する間もなく僕たちは剣を収めてリックさんの後を追った。彼に追いつくと壁に向かって何やら呟いている。

「あいつ宝石以外興味ないって感じだな」

 シンは呆れた顔で苦笑いをしていた。リックさんの隣に行くと岩盤から頭を出している赤い宝石を見ていた。どうやらルビーを見つけたようだ。 天然のルビーは初めて見た。角灯の灯りを反射して宝石が輝いている。
 ダイヤモンドの原石神殿で流星の日を見た感動と同じ感情が湧く。宝石収集家の人が天然の宝石を見つけたい気持ちが分かった気がした。

「ルビーですね」
「見たかぎり欠片(フラグメント)だ な」
「天然の宝石は初めて見ました。綺麗ですね」

 シンは原石欠片(オプティア)では ないのかと口を尖らせている。
 リックさんはルビーの周りに両手を置くと岩盤が柔らかい粘土のようにゆっくり溶けてルビーが床に落ちた。
 トパーズの土属性の魔法を見ることは初めてだ。本来は防御魔法中心の宝石らしい。リックさんはそういう魔法は使わず応用した使い方をしてい た。確かに宝石収集家としては相性のいい宝石だと思う。
 僕はルビーを拾い上げてリックさんへと渡す。彼は布に包んで腰に下げている鞄に入れた。まだ発見したものは欠片(フ ラグメント)なのであま り喜んではいない感じだ。大分奥まで来たがまだ一つしか宝石は見つかっていなく少し不安になる。

 またしばらく歩くと今度はミミズが大きくなったような魔獣が現れた。先端の口らしき箇所から無数の牙が見える。
 魔獣は野獣とは違って異形なものが多い。シンはミミズ型の魔獣を見て顔を引きつらせる。

「うぇ! 気持ち悪い!」
「奥に行くにつれて魔獣も増えてきましたね」

 二人は魔獣が出る度にリックさんに任されていた。体力は大丈夫だろうか。特にクラルスは付与(エ ンチャント)しながら戦っているので魔力が 心配だった。
 その後も魔獣を倒しつつ進んで、最初に見つけたルビーの他にシトリンやエメラルドを見つけられた。奥の方に行くにつれて宝石が見つかりやす くなっているが、どれも欠片(フラグメント)の ようだ。

「ずいぶん奥まで来たね」
「えぇ。それに洞窟内ですので今どのくらいの時間かわからないですね」

 太陽の位置を確認して時間の経過が確認できないため、何時間洞窟内にいるのかが分からない。入った時が昼くらいだったので、もしかしたらも う夜なのかもしれない。ずっと歩いているので少し足も痛くなってきた。

 しばらく歩くと分岐路の片方が行き止まりになっている場所を見つけた。そこで今日は休むそうだ。入り口は魔獣が来ないかリックさんが見張っ てくれるらしい。採掘場内だと時間の進みが分からないので適当に疲れた時に休むそうだ。
 仮眠を取る前に採石場内に意識を集中させる。入り口で感じていた魔力の発生源が近くなってきている。もう少し歩けばたどり着けるかもしれな い。
 シンは僕が意識を集中させていたことに気がついて耳に顔を寄せた。

「リア。何か感じるのか?」
「入り口で感じていた強い魔力なんだけど、だいぶ近づいていると思う」
「もしかしたら原石欠片(オプティア)?」
「多分ね。魔力の発生源の位置が動いていないからそうかもしれない」

 魔獣からの魔力なら発生源が同じ場所には留まっていないだろう。入り口では意識を集中させないと魔力を強く感じ取れなかった。今は普通にし ていてもなんとなく感じるくらいにまで近くに来ている。

「クラルスもどう?」

 クラルスはリックさんが余所見をしている時を見計らって意識を集中させる。その後僕の耳に顔を寄せた。

「私は集中すればなんとなく位置が分かるようになってきましたよ。もう少しだと思いますので頑張りましょう」
「君たち何をこそこそ話しているんだ。仮眠しないと身体が持たんぞ」

 リックさんに促されて僕たちは身体を横にした。
 しばらくするとシンとクラルスから寝息が聞こえてくる。僕は慣れない場所なのでなかなか寝付けずにいた。寝返りをしてリックさんの方を向く と彼と目が合った。彼の視線が少し移動する。視線の先は僕の左手のようだ。リックさんは僕に宝石が宿っていることが分かっているのだろうか。

 見られていると悟られてしまいそうな気がして慌てて僕は逆を向くとシンに少し当たってしまった。彼は薄目を開け、何か一言いうと僕を引き寄 せて抱きしめた。「寒い」と言っていた気がする。
 僕の頭の上から規則正しい寝息が聞こえてくる。完全にシンは寝惚けていたのだなと苦笑した。ちょうど左手が隠れるので、寝ている間にリック さんに左手を調べられる心配はなさそうだ。この体勢で触れられたら寝ていてもシンか僕が気がつくと思う。
 人肌に触れて眠るのは久々で温かくてうとうとしてきた。

 幼い頃、父上も母上も公務で忙しいのに僕とセラが寝る時は必ず寝付くまで添い寝してくれる。父上は大きな手で頭を撫でて、母上は優しい声で 子守歌を唄ってくれた。懐かしい思い出。今も野営の時はクラルスやシンが隣にいてくれて一人で寝る時よりも安心して眠れていた。僕もまだまだ 子供だなと思ってしまう。そんなことを思いながら眠りに落ちた。

 不意に目が覚めるとクラルスの外衣が僕とシンに掛かっていた。彼は一度起きて僕たちに外衣を掛けてくれたようだ。
 クラルスとシンは疲れているのかまだ規則正しい寝息をたてている。特にクラルスは付与(エ ンチャント)を長時間していたので疲れているだろう。
 まだシンは僕を抱いたまま寝ている。リックさんに身体を触れられた形跡はないので安堵した。シンの腕からそっと抜けて起き上がり、辺りを見 回す。
 入り口近くにいたリックさんの姿が見えない。どうしたのかと思い、通路まで出るとすぐ近くの角灯の下でリックさんは道中で見つけた宝石を広 げていた。

「リックさん寝ないのですか?」
「少し仮眠をしてついさっき起きたばかりだ。リア、見てみろ。この宝石たち綺麗だろう」

 リックさんの隣に座り、宝石を見つめる。角灯の炎で宝石が輝いていてとても綺麗だ。

「これを宿しているだなんて不思議な感覚だな。宝石も魔法もどちらも幻想的で美しいものだ」
「そうですね」

 リックさんは珍しい魔法を見ることも好きらしい。そういえば道中ずっとクラルスの付与(エ ンチャント)を眺めていた。リックさんは新しい発 見が面白くて宝石収集家になったそうだ。原石(プリムス)を 発見することが人生最大の目標だと教えてくれた。

「まだ見つかっていない原石(プリムス)は どこかにあるはずなんだ。あわよくば原石(プリムス)に 宿主として選ばれたい。最高位魔法がどういうものか気になるのでね」

 リックさんの言葉に僕は押し黙る。僕は原石(プリムス)に 選ばれた立場だけど望んだものではなかった。好奇心のある人はやはり原石(プリム ス)は宿したいという憧れがあるのだろうか。
 時々、なぜ僕が選ばれたのだろうと考える時がある。月石のことはほんの一部のことしか知らない。もっと詳しく知りたいけれど誰に相談すれば いいのかも分からない。僕は無意識に右手で左手を握りしめた。

「……君は隠し事が下手だな」
「えっ……?」

 急にリックさんが僕の左手首を掴んだ。何をされるのか分かり、爪の刻印を隠そうと手を握りしめる。手を振り払って逃げようとしたがその場に 押し倒され、手で口を押さえられた。

「リア。何の宝石が君に宿っている。採石場の入り口でのやりとりを見ていたから分かっているんだ」

 左手に力を入れられて痛みが走る。声を出すにも口を押さえられているため、くぐもった声しか出ない。あまりにも唐突なことだったので思考が おいつかず、とにかく刻印を見せないように必死に左手を握った。
 リックさんは最初から僕に宝石が宿っていることは分かっていたようだ。僕が隠していたので何か特別な宝石が宿っていると思ったのだろう。月 石が宿っていることが露見してしまったら何をされるか分からない。

「何も盗ろうとはしていない。見せるだけでいいんだ」

 彼は左手にさらに力を入れる。リックさんは僕の爪の刻印見たさに必死で恐怖さえ感じる。宝石のこととなると豹変する人なのだろう。
 押さえられていない右手でリックさんの頬を殴り、力が緩んだところで腹を蹴り飛ばし押しのける。乱暴してしまったが僕も見られるわけにはい かない。

「……止めて下さい」
「まったく乱暴だな」

 それは僕が言いたい。騒ぎを聞いてシンが僕たちの様子を見に来た。リックさんは頬をさすりながら悔しそうな顔をしている。

「リア! どうした!?」
「……邪魔が入ってしまったな。もう少しで刻印が見られたのだが……」
「はぁ!? お前リアに何をした!」

 シンは殺気立って剣を抜いたので僕は慌ててシンを抑える。

「シン止めて! 僕は大丈夫だから!」
「そうそう俺を殺さないほうがいい。君たちが帰る道が分かるなら別だがな」

 シンは舌打ちをして剣を収める。僕たちは複雑に入り組んだ道を何度も通ってきた。採石場に慣れているリックさんがいなければ帰れないだろ う。
 彼は本当に興味本位で僕の刻印を見たかっただけで他に意図はないと思う。リックさんの豹変には驚いた。しかし、刻印を見られたわけではない し僕に害を与えようとしていたわけではない。好奇心が行き過ぎてしまったのだろう。

「……もうリアに近寄るなよ」

 シンは僕の手を引いてクラルスが寝ている場所へと戻ると彼はため息を吐いた。

「シンありがとう」
「あの宝石狂が……命拾いしたな。クラルスだったら有無を言わせずその場で殺されていたぞ」

 さすがにそこまではしないと思うけど、僕のことになると何をするか分からないので思わず苦笑した。
 クラルスは疲れているのか、あれだけ騒いでいたのだがまだ眠っていた。魔力の消費量が多かったのかと不安になってしまう。
 シンと話し合い、先程のリックさんの件はクラルスには知らせないようにしておことうと決めた。知ってしまったらリックさんの身が危険な気が する。
 まだクラルスは気持ちよく寝ているのだが、そろそろ出発するので揺すって起こす。

「クラルス……」
「ん……リア様……?」
「大丈夫? 起きられる?」

 クラルスは跳ね上がるように起き上がって顔を赤らめている。僕はどうしたのかと首を傾げた。

「も……申し訳ございません。リア様より遅く起きてしまうだなんて」
「気にしないで。疲れていたんだね」

 普段クラルスは僕より早く起きるので、僕に起こされることはない。
 シンに頼んでリックさんを少しこの場から離してもらう。足音が遠ざかったことを確認して、僕はクラルスの左手に手を重ねた。彼は何をされる のか分かったらしく手を引こうとしたが僕は強く握りしめた。

「リア様……」
「魔力譲渡させて、僕このくらいしかできないから……」

 僕とクラルスの重なっている手から光が溢れる。シンとクラルスは僕をあまり戦いに参加させないようにしていたのでせめて魔力譲渡で助けてあ げたい。

「……リア様。ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」
「うん。このくらいならいくらでもするから……もっと僕のこと頼っていいよ」
「えぇ……。ありがとうございます」

 クラルスは僕に優しく微笑んだ。いつも守られて申し訳なくなる。剣術はまだまだだけど、僕もいつか肩を並べてみんなと共に戦いたい。
 クラルスは外衣を羽織り、一緒に通路まで出る。シンは僕たちが出てきたのを見計らってリックさんとこちらに歩いてきた。

「さて、もう少しで強い魔力を感じる所に着く。頼んだぞ」

 リックさんは相変わらず先に歩き出した。シンは先程のことを心配して僕にぴったりくっついている。クラルスは少し怪訝な顔をシンに向けてい た。そこまで警戒しなくていいと思うが、シンの優しさを無下にはできないので僕は何も言わなかった。
 しばらく歩いていると最深部が近いのか少し肌寒く感じる。その間にも途中で宝石を見つけてリックさんは回収をしていた。

「……少し寒いね」
「だいぶ奥に来たし、こんなものだろう」

 シンは特に気にしてはいないようだ。角灯の間隔もだいぶ広がっており、このあたりまで来た人は少ないのだろう。
 少し拓けた場所に出ると寒さが増す。奥の岩壁に強い魔力を放っている青い宝石を見つけた。魔獣は幸い近くにいないようだ。
 リックさんはいの一番に走り出し宝石を食い入るように見ている。僕たちが宝石に近寄るとリックさんは声を上げた。

「これは……ラピスラズリだな。この魔力、原石欠片(オプティア)に 間違いなさそうだ」
「やっと見つけた! 長かったなぁ」

 シンは破顔していた。ラピスラズリは確か氷属性。シンの髪色と宝石の色が似ているのでシンに似合っている宝石だなと思う。
 ラピスラズリは宝石の中でも柔らかい部類に入るので、傷つけないように時間をかけて取るそうだ。リックさんは不意に右端に空いている通路に 目を向けた。何か気になっているようだ。

「……何かあちらの通路から感じないか?」
「……そうですか?」

 クラルスもシンも怪訝な顔をしている。僕も特に感じる気配はなかった。リックさんはまだ採取に時間がかかるので見てきて欲しいと僕たちに頼 む。魔獣が来ないか心配なのだろうか。安心させるためにも僕たちは念のため通路を見に行くことにした。

 クラルスが角灯を持って先に入り、その後にシンと僕が続いた。通路は少し下り坂になっており、奥には角灯の灯りらしきものが見える。
 その時、僕は手で背中を強く押され、シンに覆い被さるように倒れた。その勢いでシンもクラルスに向かって倒れる。クラルスも急なことだった ので僕たちを支えきれずに一緒に倒れてしまった。
 振り返るとリックさんが魔法を使い、拓けた場所へ続く入り口を魔法で土を隆起させて塞ごうとしている。彼の手の中には先程見つけたラピスラ ズリがあった。

「あの野郎っ!」
「悪く思うな。俺も原石欠片(オプティア)は なかなか見つけられないのでな」

 シンは剣を抜き坂を駆け上がるが隆起した土に阻まれ、入り口は完全に塞がれてしまった。彼は最初から僕たちを利用しようとしていたのだろ う。リックさんは原石欠片(オプティア)が 見つかっても渡すつもりはなかったようだ。
 あまりにも唐突なリックさんの裏切りに言葉が出なかった。
 シンは塞いである土に剣を立てているが魔法で強度を増しているのか崩せそうにない。

「あいつ最初から俺たちを出し抜くつもりだったな!」

 シンは悔しくて塞がれている場所を何度も剣で叩いている。クラルスは剣を抜き、塞がれている土に剣先を当てる。

「シン。下がってください」

 クラルスは剣に魔力を送ると入り口を塞いでいた土は砂のように崩れ落ちた。魔法干渉をしたのだろう。僕たちが拓けたところに出ると、そこに リックさんの姿は無かった。

「もうリックさんいないね」
「私たちは上手く使われてしまいましたね」

 シンは殺気立っており、殴らないと気が済まないらしく怒っている。まだそんなに時間は経っていないので追いかければ間に合うかもしれない。 僕は約束を違えられることは好きではないので、リックさんに怒りを覚える。

「とりあえず彼を追いましょうか」
「当たり前だ! クラルス、リア行くぞ!」

 シンは勢いよく走り出した。宝石のこともあるが、僕たちは来た道を覚えていない。彼の案内がなくて採石場から出られるのか心配だ。
 しばらく道なりに走っていると前から短い悲鳴が聞こえた。声からするとリックさんだろう。急いで彼の元に向かうと、大きな蜘蛛型の魔獣に襲 われていた。何十匹もいるのでリックさん一人だけでは手に負えないようだ。原石欠片(オ プティア)の魔力につられて集まって来たのかもしれない。

「よおリック。いい様だな」
「……四面楚歌だな」
「何言ってやがる! よくも俺たちを出し抜きやがって!」

 シンが怒鳴っている間にも魔獣はリックさんを襲っており、彼は短剣で応戦している。さすがに黙って見ているわけにはいかないので加勢しよう と短剣を抜こうとした時、クラルスに制止された。
 シンもクラルスも加勢する姿勢は見せない。このままリックさんを見捨ててしまうのかと思ってしまう。
 シンは腕を組んでリックさんを高みの見物をしている。

「大変そうだなリック。ラピスラズリを渡せば助けてやってもいいぞ」
「何を……」
「別に俺たちはどっちでもいいんだ。魔獣に喰われた後、お前の亡骸から宝石を奪えるしな」

 シンの顔が完全に悪党だ。彼は騙されて相当怒っている。僕とクラルスはシンの態度に顔を見合わせて苦笑した。強引な取引だけど仕方ないと思 う。

「……後で渡すから助けろ」
「渡すのが先だ」

 リックさんは舌打ちをして腰に下げている鞄からラピスラズリを取り出すとシンに投げた。さすがに命には替えられないのだろう。シンが受け取 ると同時に何匹か魔獣がこちらに向かってきた。

「シン!」

 僕とクラルスは剣を抜き、応戦をする。飛びつこうと襲ってくる魔獣を僕たちは斬り伏せる。魔獣は次から次へと分岐路から現れ、倒してもきり がない。

「これでは埒が明かないですね」
「こっちだ。走るぞ」

 リックさんに案内され、魔獣を斬り伏せながら先へ進む。
 しばらく走ると岩壁にある角灯の間隔が狭くなってきたので入り口に近づいてきているのだろう。後ろを振り返るとまだ蜘蛛型の魔獣が追いかけ てきている。
 一本道になったところでリックさんは僕たちを先に行かせる。彼は魔法で土の壁を作り出し、魔獣と僕たちを遮断した。
 ひとまず魔獣の群れから逃げられたようで安堵する。リックさんはため息を吐いて眼鏡の位置を中指で直した。

「何とか逃げ切れましたね」

 僕は岩壁に寄りかかり、呼吸を整えてため息を吐く。シンは怒りが収まらないのかリックさんの胸ぐらを掴んだ。

「こいつを一発殴らないと気が済まない!」
「シン止めて! 宝石は手に入ったし、もういいでしょう」

 慌ててシンとリックさんを無理矢理引き剥がす。リックさんは冷めた目で僕たちを見ていた。

「……騙される方が悪い」
「騙す方が悪いに決まっているだろう!」
「俺は何年も採掘をやっていて原石欠片(オプティア)を 見ることが今回初めてだ。お前たちみたいな初めて来たような奴に渡せると思うか?」

 リックさんの気持ちを考えたら渡したくはないだろうし、護衛代にしては高すぎるのだろう。それでも約束は約束なので守って欲しい。

「……今回はいつもより欠片(フラグメント)の 収穫がよかったから良しとするか」

 リックさんは詫びれも無い様子だった。本当に宝石のことしか頭にないのだなと思う。彼はため息を吐くと僕たちの横を抜けて入り口の方へ足を 運ぶ。

「君たちここに来ることは初めてなんだろう」
「はい。そうです」
「……それで原石欠片(オプティア)を 見つけられたのだから、もしかしたら宝石が君たちを導いたのかもしれないな。リア。次に会う機会があっ た時は左手を見せてくれ。今も気になって仕方ない」
「……約束を違える人には教えません」

 僕の言葉を聞いた彼は顔を歪めて苦笑している。リックさんは「ここから入り口まで一本道だ」と僕たちに教えて先に入り口の方へ進んで行って しまった。彼の姿見えなくなったところでため息を吐く。

 リックさんはとてもあくが強い人だ。長時間一緒にいて疲れてしまった。
 彼がいなければ宝石まで辿り着けても帰り道を迷ってしまったかもしれない。そこは一緒に行動してくれて感謝したい。しかし、刻印を無理矢理 見ようとしたこと、僕たちを騙して原石欠片(オプティア)を 独り占めしようとしたことを考えると彼とはもう会いたくはない。

「……リア様。シン。私が寝ている時に何かあったのですね」

 クラルスは僕とリックさんの会話を聞いて問い詰められた。本当リックさんは余計なことを言う。

「黙っていてごめん。クラルスに心配かけたくなくて……。実はリックさんに無理矢理刻印を見られそうになったんだ。シンが来てくれたらから大 丈夫だったよ」

 クラルスは悲しそうな表情をしていた。クラルスのことを考えて黙っていたのだが、逆に心配をかけてしまって申し訳なくなる。

「クラルス。俺がリアにリックの件は黙ってろって言ったんだ。お前に心配掛けさせたくなかった」
「……えぇ。承知しておりますよ」

 シンとは話し合ってクラルスに言わないことを決めていた。彼は自分が指示したと嘘を吐く。僕が後で何か言われるのではないかと思ったのだろ う。否定すると話がこじれてしまうので僕はそのまま黙っていた。
 シンは原石欠片(オプティア)を取 り出し、掌に乗せる。瑠璃色の綺麗なラピスラズリから少し冷気を感じた。

「この宝石冷たいな。氷属性だからか?」
「そうかもしれないね」

 ラピスラズリを触らせてもらったが少しひんやりとしていた。シンは大切にラピスラズリを腰にある鞄に収めた。

「クラルス。この近くの街ってどこだ?」
「トラシアンが近くですね。半日くらい歩けば着くと思いますよ」

 僕たちは採石場の近くの街であるトラシアンへ向かう。リックさんが言った通り入り口までは一本道だった。
 久々に外へ出て太陽の光が眩しく感じる。新鮮な空気をたっぷり吸い込み、空を仰ぐ。太陽の位置からすると昼過ぎくらいだろう。一日くらい採 石場内にいたようだ。
 トラシアンは採石場から少し南に位置する街だ。僕たちは休憩を挟みながらトラシアンへ向かった。

 街に着くと夕刻になっていた。僕とクラルスは外套(がいとう)を 被り、宝石店を探す。トラシアンは街の中央に象徴 である巨大な噴水があり、皆噴水の縁に座って談笑や待ち合わせなどをしている。建物は白と青を基調としているものが多く見られた。
 街の案内板を確認して早速宝石店に向かう。シンの足取りは軽く早く宿したいようでうずうずしている様子が覗えた。

 この街の宝石店は採石場が近いため他の街の宝石店より規模が大きい。小さい街の宝石店の場合は宝石師の人が販売も兼業をしている。ランシリ カくらいの大きい街の場合は販売人と宝石師が分かれて対応をしていることが多い。トラシアンはその他に宝石の査定と買取を専門としている人も いるようだ。

 それぞれ入り口が分かれており、僕たちは宝石師の元へ足を運ぶ。店内は薄暗く窓は遮光の布で覆われていた。室内にはお客さんはいなく、天井 に吊されているたくさんの角灯には採石場と同じくルビーが入っている。温かく力強い炎が見えた。
 宝石師の女性は僕たちを見ると微笑む。

「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
「宝石宿したいんだけど頼む」
「かしこまりました。こちらへお掛け下さい」

 宝石師に促され、シンは椅子に座る。宝石を宿す代金は三千レピするそうだ。リュエールさんは少しだけ旅費をくれたが、シンは自分の腰にかけ ている鞄からお金を出した。アメジストを売ったお金で払うようだ。
 宝石師の女性はシンの取り出したラピスラズリを見て目を見張った。

「これはラピスラズリの原石欠片(オプティア)で すね。質の良い魔力を感じます。良い宝石と出会えましたね」
「まぁな。早速宿してくれ」
「何か異変を感じたら教えて下さいね。宝石との相性が合わないと侵食症になってしまいますから」

 侵食症と聞いてシンは顔を歪めた。まだラピスラズリがシンに合うのか分からないので心配になってしまう。
 
「では左手をこちらへ」

 シンは左手を出すとラピスラズリが手の甲に置かれた。宝石師の人が手をかざすとラピスラズリはシンの手に吸い込まれる。それと同時にシンの 中指に刻印が現れ、爪の色が瑠璃色へと変化する。

「違和感はありませんか?」
「大丈夫みたいだ。世話になった」
「ラピスラズリはその色から天を象徴する石です。司る言葉は永遠の誓い、幸運です。あなたに宝石の加護がありますように」

 ラピスラズリが司る言葉を聞いて月石の言葉を思い出す。月石が司る言葉は未来への希望。僕は月石の言葉通り未来への希望を見出せているのだ ろうか。僕は左手を握りしめた。
 宝石師の女性に会釈をして宝石店を後にする。

 露店市場で早めの夕食を買い、噴水の縁に腰をかけ、買ってきたパンを頬張った。たっぷりの野菜と蒸したやわらかい鶏肉と甘辛い味付けが絶妙 で美味しい。洞窟内では保存が利く乾燥した食料ばかりだったので余計に美味しく感じた。
 夕日が街を照らしていて朱色に染まっている。シンは宝石を宿せて嬉しいのか爪の刻印を見て嬉しそうだ。そんなシンを見て僕も顔がほころぶ。

「シンの爪、綺麗な色になったね」
「そうだけど結構目立つな。リアとクラルスはあまり目立つ色じゃないよな?」

 僕とクラルスはシンの前に左手を出す。クラルスは淡い銀色で僕は無色透明だ。シンだけ色が強めな瑠璃色なのでだいぶ目立っている。

「贅沢言ってられないか。リュエさんの条件は満たせたし、あとは帰るだけだな」
「そうですね。宿を探して今日は一泊していきましょうか」
「なぁなぁ! 宿行く前に魔法試したいんだけど!」

 シンは今すぐ魔法が使いたいようでそわそわしている。僕もラピスラズリの魔法は見たことがないので興味があった。

「僕もラピスラズリの魔法見てみたいな」
「ここですと目立ちますので、日が落ちる前に街の外で試しましょうか」

 シンは急いでパンを口の中に押し込んで早く行こうと僕たちを急かした。

 街の外へ出て、近くの雑木林に移動する。シンはあたりを見回して何かを探しているようだ。

「シン。何を探しているの?」
「泉とかないかなって思ってさ。氷魔法だし凍るか試したかったけどなさそうだな」

 シンは近くにある樹に手をついた。まさか樹を凍らせるつもりなのだろうか。クラルスは最初小さな葉で魔法を試していたので心配になってしま う。助言をしようとしたが手遅れで、シンが触れている樹は一瞬で樹氷と化した。

「お……おぉ。何か凄いなこれ! 何でも凍らせることができそうだな」

 シンは初めての魔法に興奮しており、近場の樹を樹氷にして遊んでいる。街でやらなくて良かったとつくづく思う。

「ラピスラズリも武器に欠片(フラグメント)で きるのか?」
「うん。確かできたはずだよ」

 以前ルフトさんに武器に欠片(フラグメント)で きる属性はルビー、ラピスラズリ、シトリン、ダイヤモンドと教えてもらっていた。
 シンは剣を抜くと集中するために目を瞑った。少しすると剣が青白い色になった。欠片(フ ラグメント)に成功したようだ。シンから少し離れて いるのだが冷気を感じる。

「できた! 俺、結構魔法の才能ある!?」
「う……うん。そうかもね。欠片(フラグメント)効 果は何だろう?」
「そうだな。試してみるか」

 ダイヤモンドは通常より刃を強靱にして鋭利さが増す効果。月石は魔法を反射する効果がある。ラピスラズリも何かしらか効果があるのだろう。
 シンは近くにあった低い枝に剣を振るうと簡単に切れ、枝が凍った。欠片(フラグ メント)効果は氷結と刃の鋭利さが増すようだ。

欠片(フラグメント)も結局凍るの か。さすが氷魔法だな」

 シンが剣を振る度に大気中の水分が凍るのか、夕日を反射してきらきら輝いていた。
 その時、シンの足下に異変を感じた。シンが歩く度に彼の足下にある雑草や地面が凍っている。欠片(フ ラグメント)の他に何かしているのだろうか。

「シン。足下が凍っていますけど大丈夫ですか?」
「ん? えっ!? 何だこれ!?」

 クラルスも僕と同じことを思っていたらしくシンに問いかけたが、本人も気がついていなかったようだ。少しずつだが凍る範囲が広くなってい る。
 魔法を使うことがまだ慣れていないので魔力が制御できていないのかもしれない。

「シン。大丈夫!? 欠片(フラグメント)止 められる?」
「わ……分からない。どうやって止めるんだ?」

 シンは色々やっているが、凍る範囲は広がるばかりだった。このままでは魔力が尽きてしまう。

「シン。教えますから同じようにやって下さい!」

 クラルスが慌てて剣を抜いてシンの側へ行こうとしたがその前に彼の身体が傾いた。僕は急いで走ってシンを抱き留めたが支えきれずに彼と一緒 に倒れる。シンは魔力をすべて使い切ってしまったようだ。
 魔力が溢れていたため彼の身体は冷えてしまっている。クラルスも剣を収めて僕たちの側に駆け寄った。

「遅かったようですね」
「うん。基本が分からないと危ないね」
「そうですね。後でシンに進言しましょう」
   
 クラルスはシンを背負い、僕たちは街の宿へと向かった。

 部屋を借りてシンを寝台へ寝かせる。魔力を失っているのなら譲渡したら意識が戻るかもしれない。僕はシンの冷えきっている左手に自分の手を 重ねる。
 魔力譲渡を始めてしばらくするとシンの瞼がゆっくりと上がる。

「ん……あれ? ここは」
「シン大丈夫? 魔力全部使ったみたいだよ」
「え……そうなのか?」

 シンに魔力を使い切ると気絶してしまうことを伝えた。僕はまだ魔力をすべて失うという経験はないが、シンの侵食症を治す時に大量の魔力を消 費したのでそれと同じ感覚なのだろう。
 クラルスは魔法の制御はだいぶ慣れた感じだ。僕はあまり使わないのでいまいちできているのかが分からない。

「私も魔力を使い果たして一度気絶してしまったことがありますよ。拠点に帰ったらルフトさんに魔法の基礎を教えてもらうといいかもしれません ね」
「分かったそうする。悪い。魔法が使えたことが嬉しくて調子に乗りすぎた……」

 シンは素直に僕たちに謝罪した。彼は魔法が使いたいとずっと言っていたのではしゃいでしまう気持ちは分かる。僕もクラルスもシンを怒る気に はなれなかった。
 シンは魔力譲渡している僕を見ると重ねていた手を握った。どうしたのかと首を傾げる。

「今リアの魔力をもらっているのか?」
「うん。そうだよ」
「何かすごい気持ちいいな。ずっとこうしていたい」

 クラルスも以前僕の魔力が心地よいと言っていた。原石(プリムス)な ので魔力が違うのだろうか。あまりにもシンが気持ちよさそうな顔をして いたので魔力譲渡をいつ止めていいのか分からなくなってしまった。

「……リア様。長時間譲渡していますが大丈夫ですか?」
「あ……うん。シン止めるね」

 シンは魔力を使って疲れたので少し早いけどこのまま眠るそうだ。僕とクラルスも採石場の疲れもあるのでそれぞれ寝台に横になり、眠りについ た。

 真夜中、早く寝てしまったため変な時間に目が覚めてしまった。隣の寝台を見るとシンがまた気持ちよさそうに寝ているが、寝相が悪いのか毛布 の半分が床に落ちてしまっている。僕は苦笑して寝台から出て彼に毛布を掛け直す。

「……リア様?」
「あっ……ごめんクラルス。起こしちゃった?」
「いえ……」

 クラルスは上体を起こして僕を見つめていた。どうしたのかと思い、僕は彼の寝台の縁に腰を下ろす。

「クラルス?」

 僕も長年クラルスと一緒にいるので彼の表情で何か悩んでいることくらい分かる。普段はそんな表情を見せないので不思議に思った。

「……採掘場の時リア様に起こされるまで寝てしまっていて不甲斐なかったです。もしリックさんがリア様に害をなす人だったらと思うと……」

 そこまで言うと彼は目を伏せた。リックさんに刻印を強引に見られそうになっていたけど、シンがたまたま起きてくれたので事なきを得た。あの 時もし僕を殺そうとしている人だったら重傷を負っているか最悪死んでいたかもしれない。それはクラルスが悪いわけではない。

「何かあってもクラルスの責任じゃないよ」
「私はリア様の護衛です。あなたを護ることが私の役目です」
「……僕も強くならないといけないと思うんだ。クラルスは十分僕を護ってくれているから……」

 クラルスを安心させるように僕は微笑む。クラルスはきっと一人でいつも悩んでいると思うのでもっと僕を頼って欲しい。

「……リア様に弱音を吐くだなんて私もまだまだですね」

 彼は自分の吐露したことに苦笑している。僕は逆にクラルスのことが知れて嬉しかった。

「ううん。もっと僕のことを頼って。そっちの方が嬉しいな」
「ありがとうございます。リア様」

 隣の寝台でシンが何か寝言を言いながら寝返りをしてまた毛布が床に落ちてしまった。僕とクラルスは顔を見合わせて苦笑する。またシンのとこ ろへ行き、毛布を掛け直す。
 まだ起きるのには早い時間なので、僕とクラルスは寝台に横になり、眠りについた。

 翌朝シンは魔力が回復したようで元気そうだった。僕たちは早朝トラシアンを後にして拠点に向かう。拠点までの帰路でシンは魔法の練習をして いた。小さい葉を凍らせて出力の調節をしている。
 二日半かけて拠点に辿り着く。リュエールさんから提示されていた期間の七日目だったので彼女との約束をすべて守ることができた。
 僕たちは早速リュエールさんに報告するために公会堂へ向かう。彼女の自室の扉を叩くと返事が返ってきた。

「失礼します」
「リアたちだったのね。おかえり。採石場はどうだった?」

 リュエールさんは物書きをしていたようで手を止めて僕たちのところまで歩いて来てくれた。彼女の問いにシンは自慢げに左手を見せる。

「リュエさん。約束通り原石欠片(オプティア)を 宿してきた!」
「あら、ラピスラズリじゃない。偉い偉い!」

 リュエールさんはシンの頭を子供をあやすように撫でている。二人は本当の姉弟みたいで微笑ましい。

「リュエさん。俺そんな子供じゃないんだけど……」

 シンはリュエールさんの行動に顔を少し赤らめて困った顔をしていた。リュエールさんはお構いなしに頭を撫でている。

 「リアとクラルスもご苦労さま」

 リュエールさんは僕の前に来るとシンと同じく頭を撫でた。僕もそんな子供ではないのだけど拒まずにされるがまま撫でられる。彼女はクラルス にも同じようなことをしようとしたが動きが止まる。

「……クラルスは身長高くて届かないわね」
「……私は結構ですよ」

 クラルスの頭を撫でようとしていたので思わず笑ってしまった。リュエールさんに頭を撫でられているクラルスの姿を想像すると微笑ましい。
 僕たちはラピスラズリを見つけた経緯をリュエールさんに話す。シンが一生懸命身振り手振りを交えて旅の話をしていると彼女は柔らかく微笑ん でいた。シンの初めて会った時の冷たい態度が嘘のようだ。リュエールさんは頷きながら僕たちの話を聞いてくれた。

「色々大変だったみたいだけど三人ともいい経験になったようね」
「はい。採石場でたくさん学ぶことができました。リュエールさん。何か星影団に動きはありましたか?」

 僕が訪ねるとリュエールさんが真剣な表情になる。何かあったのだろうか。

「コーネット卿の使いから連絡があって、あと三日ほどでこちらに着くそうよ」
「早かったですね」
「そうね。コーネット卿が頑張ってくれたのかもしれないわ」

 ランシリカ全体の問題なので一、二ヶ月くらいはかかるかと思っていたが半月で準備が整ったようだ。素早い行動で父上が信頼していたことにも 納得する。

「それとちょっと精査しないと分からない情報なんだけど。ランシリカ近くの城塞にガルツが視察に来るそうよ」
「ガルツがですか……?」

 王都ラエティティアは山脈を背にしているので北から攻められることは少ない。隣国と地続きである東側と西側には防衛のための城塞が建ってい る。ガルツが城塞を視察するのはなぜなのだろう。彼は城にいてセラの監視をしているのかと思っていた。わざわざ出向いて来るとは何かの罠なの かもしれない。

「リュエさん。ガルツ王子が直々に出てくるとは思えないけど」
「そうですね。罠の可能性が高いです」

 シンとクラルスも罠の可能性を考えている。リュエールさんは腕を組んで考えを巡らせている。

「罠の可能性は高いかもしれないけど、本人が本当に来るのだったら捕まえる好機よ」

 リュエールさんの話しによると、僕たちを罠に陥れるのであれば必ず少人数で来ると予想している。こちらも悟られないように少人数で向かい、 ガルツだけを狙えば捕らえることができるかもしれない。

「まだガルツ本人が本当に来るのか分からないわ。諜報の続報待ちね」
「……分かりました」

 もしガルツを捕らえることができればミステイル王国軍は総統力を失う。セラを助け出して次期女王であるセラの口から真実を人々に語れば、僕 の疑いは晴れるだろう。罠であっても行くしかない。
 僕たちは会釈をしてリュエールさんの部屋を後にする。早速シンはルフトさんに魔法を教えてもらうためルフトさんの元へ向かっていった。

「リア様……」
「クラルス。もしかしたらセラを救う好機かもしれない」
「えぇ。もし彼が来るようでしたら必ず捕らえましょう」

 やっとセラを助けることができるかもしれない。そう思うだけでいても立ってもいられなくなる。早くセラに会いたい抱きしめてあげたい。その ことばかりが募っていった。


***


 幽閉されてもう何日目だろうか。数えることを止めてしまった。相変わらず私はミステイル王国兵に監視されているが城内のごく一部なら少し自 由に歩ける。
 ガルツは私が無闇に逃げ出さないことを悟ったのだろう。私がルシオラの事を大切にしており、ルシオラも私の事を大切にしている。お互いが人 質のようなものだ。私はルシオラを犠牲にしてまで逃げ出すことはできない。次期女王の判断として甘いことは分かっていた。

 ガルツはたまにどこかに出掛けているらしく城内に不在の時がある。今日はまさにその日であり不在の日を狙って色々城内を詮索しようと思っ た。
 ルシオラと一緒に行動すると逃げるのかと思われるので私一人で行動する。彼女は心配そうな顔をしていたが少し強引に行動しても殺されはしな いだろう。私はガルツにとって最も重要な人質なのだから。

 今回太陽石がどうなっているのか気になり、宝石室に行こうかと思う。自室を出ると早速扉の前で監視している兵に止められる。

「王女様。部屋にお戻り下さい」
「少し城内を散歩してもいいじゃない」
「それは許されておりません」

 ガルツの命令で不在時は部屋から出すなとでも言われたのだろう。強引に部屋から出ようとしていると陽気な声が聞こえてきた。

「いいじゃん! セラちゃん出してあげなよー」
「……出たわね無礼者」
「エルヴィスだよ。いい加減エルって呼んで」

 この無礼が服を着て歩いているような男はエルヴィスといい軽口ばかり叩く奴だ。剣術の腕は確からしくガルツには実力を買われているらしい。 地位もそれなりに高いようで城の中を自由気ままに歩いている。
 金糸雀(かなりあ)色の短髪と瞳。 この男のすべてが嫌いだった。

「うるさいわね。出歩いていいならさっさとどいて頂戴」
「エルヴィス様……。いいのですか勝手に王女様を部屋から出して」
「いいよどうせ逃げないし。何かあればセラちゃんの護衛の首跳ねちゃうからね」

 この男は笑顔でさらりと酷いことを言う。私はエルヴィスを睨み付けてから歩き出す。
 とりあえず部屋から出ることはできた。普段は自室か食堂を行き来することくらいしかできない。現状を知ろうと一通り城内を歩く。

 出入り口に続く回廊や廊下はミステイル王国の兵士で固められている。自国の騎士で寝返った人たちは主に人気の無い場所に警備として配置され ていた。寝返った騎士たちは騎士の忠誠を捨てた良心が痛むのか私の姿を見ると視線を逸らした。
 私は彼らを責めるつもりはない。誰だって命は惜しいことは分かっている。騎士である前に一人の人間だ。私も彼らとは目を合わせようとはせず 通り過ぎる。

 二階に上がり、廊下にある露台から城下町を見下ろす。城へ続く城門は堅く閉じられており、ミステイル王国の兵士が見張りに就いている。
 城下町の人々は特に何か規制されているわけでもなく過ごしているようで安堵した。万が一私とルシオラが脱出したところで今度は城下町の民を 人質にするかもしれない。状況が把握できていない今、逃げ出すことはしないほうがいいだろう。

 宝石室は五歳の時に行ったことがあるらしいのだが全く覚えていない。宝石室には無闇に近づくことは許されていなかった。場所だけ教えても らっていたので知っている程度だ。
 ため息を吐いてから私は最大の目的である宝石室へ向かう。ガルツは既に宝石室で太陽石があることは確認しているため奪われていないか不安 だった。太陽石がまだ宝石室に安置されているのであれば試したいことがある。
 一階へ戻り、宝石室に下る階段の前にはミステイル王国の兵士が見張りをしていた。私が近づくと行く手を阻まれる。

「王女様お引き取り下さい。何人たりとも通すなとご命令があります」

 兵士の言葉を聞くかぎり太陽石はまだ宝石室に安置されていることが分かった。

「理由は知らないけどガルツに太陽石を見てこいって言われたのよ。あなたたち通達来ていないの?」
「え……えぇ。そうでしたか失礼しました」

 兵士はあっさりと私を通した。末端の兵士までガルツが不在なことは周知されていないのだろう。階段を下りると長い廊下があり、奥には絢爛な 重圧な扉がある。
 私の試したいことは太陽石を宿せるのかどうかだ。何百年か前の女王は宿していたらしい。代々太陽石と月石を管理し宿してきた家系だ。私もも しかしたら宝石に選ばれるかもしれない。
 宿せたのであれば真っ先にガルツを殺めるつもりだ。父様と母様の仇、そしてリアを苦しめた罰だ。私が断罪する。
 この先に原石(プリムス)である太 陽石があるという雰囲気に気圧されそうになりながら歩みを進める。緊張して足がすくんでしまいそうだっ た。心臓の鼓動が早くなる。あと少しで扉の前まで辿り着く。

「セラちゃん」

 突然名前を呼ばれて振り返るとエルヴィスが私の後ろにいた。いつもの笑顔でゆっくりこちらに近づいて来ている。

「……何よ」
「だめだめ。ここは立ち入り禁止だよ」

 私は彼のことを無視して歩みを進めると後ろに肩を引かれ、床に倒される。それと同時に右足首を思い切り踏まれた。

「セラちゃんは確かに何があっても殺せないけどさぁ。死なない程度に痛めつける方法なんていくらでもあるんだよ?」
「うぅ……」
「王子さんからは傷つけるなとは言われていないしなぁ。出歩けないように足の骨折っちゃおうか?」

 エルヴィスはさらに足に力を入れて私の足の骨を折ろうと体重をかける。涙が溢れそうになり、唇を噛み締めて耐える。恐怖と痛みで逃げること すらできずにされるがままだった。
 その時、廊下に走る足音が響くとルシオラが現れ、エルヴィスを思い切り殴り飛ばした。彼は何が起きたのか分からず尻餅をついて唖然としてい る。

「……ルシオラ……」
「セラ様。自室に戻りましょう」

 ルシオラは私を抱き上げるとエルヴィスには目もくれずに歩き出す。

「ルシちゃん拳で殴るとか酷いねー」

 ルシオラの肩越しからエルヴィスを見ると表情はいつもと変わっていない。逆にそれが怖かった。あとでルシオラが何かされないか不安だ。
 自室に戻り踏まれた足首を見ると少し腫れていた。歩けないことはないけれど痛みが走る。ルシオラはすぐに布を冷やして足首に当ててくれた。

「あの外道が……。あの場で斬首すればよかったですね」
「ルシオラ……ごめんなさい……私……」
「セラ様が謝る必要はございませんよ」

 ルシオラは安心させるように優しく私に微笑んでくれた。もしかしたらエルヴィスは私が宝石室に行くところを見かけたか、始めから後をつけて いたのかもしれない。
 今回の私の行動はガルツに報告され、宝石室にはもう近づけないだろう。もっと慎重に行動すれば良かったと後悔した。

「セラ様。私も少しずつですが情報を集めています。一緒に頑張りましょう。セラ様はこの国の王女殿下です。堂々と大胆にいきましょう」
「でもルシオラが……」
「あたなを支えることが私の役目です。易々と殺されはしないですよ」

 ルシオラは私の足の手当をしながら得た情報を教えてくれた。

「リア様は現在、星影団に身を寄せているようです。先日ミステイル王国軍を退いたそうですよ」
「星影団!? あの賊の?」
「どうやら義賊らしく以前から陛下との繋がりがあったそうです」

 星影団は貴族ばかり襲う賊の集団だと思っていたが本質は違うようだ。母様たちと裏で繋がっていたということは少し納得した。母様は色々国の 内情を細かく知っていた。星影団が裏で諜報活動をしていたのだろう。ルシオラはさらに言葉を続ける。

「それと理由は分かりませんがコーネット様がランシリカの騎士招集を拒んだそうです」
「コーネット卿が……!? も……もしかしたら……」
「えぇ。コーネット様が城の現状を疑い拒否した可能性もあります」

 いつも遠征の話を楽しく聞かせてくれたコーネット卿。母様と父様からの信頼も厚かった。コーネット卿は他の貴族とは違い、リアを蔑むような ことはしていなかったので、もしリアと接触すれば協力してくれるかもしれない。そうでなくてもコーネット卿が動いてくれたということは心強 かった。

「ルシオラ。情報ありがとう。みんなが国の為に頑張っているのだもの私も頑張るわ!」
「それでこそ次期女王のセラ様です」

 ルシオラは満足そうに微笑んだ。皆が国のためにそれぞれの場所で頑張っている。私は弱音は吐いていられない。私にできることは少ないけれど 何か皆の力になれるように行動しようと気持ちを新たにした。

2020/03/08 up
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