プリムスの伝承歌

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プリムスの伝承歌-宝石と絆の戦記- 短編集

セラスフィーナ Ⅰ

 日常というものはこんなに 簡単に壊れてしまうものなのか。

「セラ様。少しは眠れました?」
「うん。大丈夫」

 私は寝台の縁に座り、隣にいるルシオラに寄りかかりながら答える。

 城が陥落する前、ルシオラと逃げる最中ミステイル王国の兵士に見つかってしまった。
 星影(せいえい)騎 士たちが私とルシオラを逃がそうと何人も犠牲になった。しかし、抵抗もむなしく捕まり幽閉さ れている。

 城に我が物顔で徘徊するミステイル王国の兵士たちが憎たらしい。今、心休まる場所は自室しかなかった。
 突然、扉を叩く音に姿勢を正し、ルシオラは私を庇うように立ち上がる。扉が開くとそこには私の日常を奪った張本人が姿を 現した。

「誰が入っていいと言ったのよ」
「王女様のお仕事をお持ちしたのでお願いします」

 ガルツは母様と父様を手にかけ、のうのうと城に居続けている。
 表沙汰には城で謀反があり、私の安全を確保するためと言っていた。よくそんな嘘が通ったと思う。
 大半の貴族は私利私欲で権力にしがみついている輩が多い。自分の立場が悪くなればてのひらを返す。
 現状、貴族がガルツに逆らいでもしたら、私の名を使い簡単に潰すだろう。

 命乞いをしてミステイル側についた騎士たちもいる。母様と父様がいなくなっただけでこんなにも簡単に崩れてしまうのか。 自分の幼さが悔しかった。
 ガルツは私の目の前に国中へ通達するための用紙を差し出す。

「署名をお願いします」

 内容を読むと愕然とした。リアとクラルスを母様と父様を殺した犯人に仕立て上げる内容だ。怒りに手が震え、用紙をガルツ に投げつける。

「どこまで私たちを侮辱するつもり!」
「少しは立場をわきまえたほうがいいですよ?」

 ガルツは剣を抜くとルシオラの首に当てた。彼をにらみつけると不敵な笑みを浮かべる。

「署名しないというのでしたら職務放棄ということで、護衛にでも責任をとってもらいましょうか」

 ルシオラは剣を当てられているが表情を崩さず私たちを見ていた。私かルシオラが動揺すればガルツは面白がるに決まってい る。
 動かないでいると、彼は少し剣を引く。ルシオラの首から一筋の血が流れた。

「早く署名をしないと自室が血の海になりますよ」

 冷笑しているガルツを横目に、ルシオラは眉ひとつ動かさず言葉を紡ぐ。

「勘違いしているようですが、私に人質としての価値などありません」

 彼女の言葉に無言でガルツは剣を食い込ませる。ルシオラの首からさらに血が溢れ出した。
 このままでは本当にガルツがルシオラを殺しかねない。

 用紙を拾い上げ、机に向かい筆を走らせた。
 自分はこんなにも無力なのか。悔しさがこみ上げて泣きそうになる。
 昨日は一晩中ルシオラにすがって泣いた。でもこれが最後として絶対に泣かない、弱音を吐かないと決めている。
 涙をせき止めるように歯を食いしばった。

 全ての用紙に署名をして、ガルツへ突き返す。

「……これでいいでしょう。剣を収めて」
「……確かに」

 リアが城から脱出したと聞いて、希望を持っていた。だが、その希望までこの男は潰そうとしている。

 彼は剣を収め、署名の確認をすると私のほうへ向き直った。

「失礼ですが左手を見せてもらえませんか?」
「…………左手?」

 素直に左手を出すと何かを確認している。

「おかしいですね。あなたに宿っていないと……」
「……何の話?」
「知らなかったのですか? 女王陛下には月石が宿っていなかったのですよ。宝石室を発見しましたが太陽石しかありませんで したし、一体どこにあるのやら……」

 月石は原石(プリムス)だ、 簡単に人へ譲渡できるものではない。ガルツは太陽石と月石を奪うつもりだったが、どうやら月石だけ見つか らないようだ。

 母様がどこかに隠したのだろうか。考えを巡らせていると、ひとつのことを思い出した。
 リアの左手の(あざ)、 確か月石の刻印に似ていた。元々母様には宿っておらずリアに宿っており、それ を隠す為に母様が嘘をつい ていた可能性がある。

 消去法で辿ってもリアに宿っている可能性が極めて高い。

「そうなると……早急にあなたの兄君を探さなければいけませんね」

 彼は勝ち誇ったような笑みをうかべると、足早に部屋を立ち去った。
 扉が閉まったのを確認して、すぐさまルシオラの元に駆け寄る。彼女は布で首を押えて、痛みに顔を歪ませていた。

「ルシオラ、ごめんなさい。私が素直に言うことを聞けば、こんなことにならなかったのに……」
「いいのですよ。それにいつも言っていますよ、護衛に情けをかけてはいけないと。セラ様のためでしたら命なんて惜しくない です」
「そんなこと言わないでっ!」

 私は姉のようにルシオラを慕っていた。彼女もそれはわかっている。
 しかし、護衛に対して情があると、女王としての判断を鈍らせかねないと何度も言われていた。

「そうですね。申しわけありません。せめてリア様とお会いするまでは……」
「でも……あの通達書……。リアが……」

 署名はしてはいけないということはわかっていた。リアを苦しめることになってしまう。私が次期女王として未熟だから、ル シオラやリアに辛い思いをさせてしまっている。

「リア……ごめんなさい。私が……リアを苦しめてしまう」
「リア様はセラ様のこと分かってくれますよ。信じましょう」

 ルシオラは優しく私の髪をなでてくれた。
 昨晩、何度も人質になるくらいなら死んでしまいたいと思っていた。しかし、それは次期女王としての責務を放棄すること だ。
 それにリアにばかり助けを望んでいたくない。おとぎ話の囚われのお姫様になりたくはない。

 私は私なりにこの国を、リアを守る。

「私は……傀儡(かいらい)に なろうともこの国の王女。私なりに国を……リアを守りたい……」
「セラ様……。私も可能な限り、おそばにいます」
「ルシオラ。さっきみたいに自分の命を粗末にしないで! 一緒に生きて必ずこの国を取り戻そう!」

 ルシオラは私の言葉に目を見張っていた。囚われている私ができることは限られているが、紡いだ言葉に嘘はない。

 「……えぇ。セラ様が仰るのでしたら……」

 ルシオラは優しくほほ笑んでくれた。
 何年かかってもいい。リアとの再会を願い、そのために今自分のできることをしようと心に誓った。

2020/12/26 up
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