プリムスの伝承歌

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プリムスの伝承歌-宝石と絆の戦記- 短編集

セラスフィーナ Ⅱ

 幽閉されてもう何日目 だろうか。数えることを止めてしまった。相変わらずミステイル王国兵に監視されているが、城内のごく一部なら歩けるようになった。

 ガルツは私が無闇に逃げ出さないことを悟ったのだろう。私がルシオラのことを大切にしており、ルシオラも私のことを大切にし ている。お互いが人質のようなものだ。私はルシオラを犠牲にしてまで逃げ出すことはできない。次期女王の判断として甘いのはわかって いた。

 ガルツはたまにどこかに出掛けているらしく、不在のときがある。今日はまさにその日であり、不在の日を狙って城内を詮索しよ うともくろんでいた。
 ルシオラと一緒に行動すると逃げるのかと思われるので私ひとりで行動する。彼女は心配そうな顔をしていたが、少し強引に行動 しても殺されはしないだろう。私はガルツにとって最も重要な人質なのだから。

 今回、太陽石がどうなっているのか気になり宝石室へ探りに行こうと決めた。自室を出ると、さっそく扉の前で監視している兵に 止められる。

「王女様。部屋にお戻りください」
「少し城内を散歩してもいいじゃない」
「それは許可されておりません」

 ガルツの命令で不在時は部屋から出すなとでも言われたのだろう。強引に部屋から出ようとしていると陽気な声が聞こえてきた。

「いいじゃん! セラちゃん出してあげなよー」
「……出たわね無礼者」
「エルヴィスだよ。いい加減エルって呼んで」

 無礼が服を着て歩いているようなこの男はエルヴィスといい軽口ばかり叩く奴だ。剣術の腕は確かでガルツに実力を買われている らしい。ガルツの護衛だがついて行かずに城の中を自由気ままに歩いている。私の見張りでも命じられたのだろう。
 金糸雀(かなりあ)色 の短髪と瞳。この男の全てが嫌いだ。

「うるさいわね。出歩いていいのなら、さっさとどいてちょうだい」
「エルヴィス様……。いいのですか勝手に王女様を部屋から出して」
「いいよ、どうせ逃げないし。何かあればセラちゃんの護衛の首跳ねちゃうからね」

 この男は笑顔でさらりと酷いことを言う。私はエルヴィスをにらみつけてから歩き出す。
 とりあえず部屋から出ることはできた。ふだんは自室と食堂を行き来することくらいしかできない。現状を知ろうと一通り城内を 歩く。

 出入り口に続く回廊や廊下はミステイル王国の兵士で固められている。自国の騎士で寝返った者たちは、主にひと気のない場所に 警備として配置されていた。寝返った騎士たちは騎士の忠誠を捨てた良心が痛むのか、私の姿を見ると視線をそらした。
 私は彼らを責めるつもりはない。誰でも命は惜しいことはわかっている。騎士である前に一人の人間なのだから。
 私も彼らとは目を合わせずに通り過ぎる。

 二階に上がり廊下にある露台から城下町を見下ろす。城へ続く城門は堅く閉じられておりミステイル王国の兵士が見張りに就いて いる。
 城下町の人々は特に何か規制されているわけでもなく過ごしているようで安堵した。万が一私とルシオラが脱出したところで、今 度は城下町の人々を人質にするかもしれない。状況が把握できていない今、逃げ出すことはしないほうがいいだろう。

 ため息を吐いてから最大の目的である宝石室へ向かう。宝石室は五歳の時に行ったことがあるらしいのだが全く覚えていない。場 所は知っているが、むやみに近づくことは許されていなかった。

 ガルツは宝石室に太陽石があることは確認しているため、奪われていないのか不安だ。太陽石がまだ宝石室に安置されているので あれば試したいことがある。
 一階へ戻り宝石室へくだる階段の前にはミステイル王国の兵士が見張りをしていた。私が近づくと行く手を阻まれる。

「王女様お引き取り下さい。何人たりとも通すなとご命令があります」

 兵士の言葉を聞く限り太陽石はまだ宝石室に安置されているようだ。

「理由は知らないけどガルツに太陽石を見て来いって言われたのよ。あなたたち通達来ていないの?」
「え……えぇ。そうでしたか、失礼しました」

 兵士はあっさりと道をあけた。末端の兵士までガルツが不在なことは周知されていないのだろう。階段を下りると長い廊下があり 奥には豪華に装飾された重圧な扉がある。
 私の試したいことは太陽石を宿せるかどうかだ。何百年か前の女王は宿していたらしい。代々太陽石と月石を管理し、宿してきた 家系。そして、女神アイテイル様の直系の子孫だ。私も宝石に選ばれるかもしれない。

 宿せたのであれば真っ先にガルツを殺めるつもりだ。父上と母上の仇、そしてリアを苦しめた罰だ。私が断罪する。
 この先に原石(プリムス)で ある太陽石があるという雰囲気に気圧されそうになりながら歩みを進める。緊張して足 がすくんでしまいそうだっ た。心臓の鼓動が早くなる。あと少しで扉の前まで辿り着くというときに、背後に気配を感じた。

「セラちゃん」

 名前を呼ばれて振り返るとエルヴィスが私の後ろにいた。いつもの笑顔でゆっくりこちらに近づいて来ている。

「……何よ」
「だめだめ。ここは立ち入り禁止だよ」

 私は彼のことを無視して歩みを進めると後ろに肩を引かれ床に倒される。それと同時に足首を思い切り踏まれた。

「セラちゃんは確かに何があっても殺せないけどさぁ。死なないていどに痛めつける方法なんていくらでもあるんだよ?」
「うぅ……」
「王子さんからは傷つけるなとは言われていないしなぁ。出歩けないように足の骨折っちゃおうか?」

 エルヴィスは私の足を折ろうと体重をかけた。涙が溢れそうになるのを唇を噛み締めて耐える。恐怖と痛みで逃げることすらでき ずに、されるがままだった。
 そのとき、廊下に走る足音が響くとルシオラが現れ、エルヴィスを思い切り殴り飛ばした。彼は何が起きたのか分からず尻餅をつ いて唖然としている。

「……ルシオラ……」
「セラ様。自室に戻りましょう」

 ルシオラは私を抱き上げるとエルヴィスには目もくれずに歩き出す。

「ルシちゃん拳で殴るとか酷いねー」

 ルシオラの肩越しからエルヴィスを見ると殴られても気にしていない様子だった。逆にその態度が怖く、あとでルシオラが何かさ れるのではと不安になる。彼を見ないように必死にルシオラにしがみついた。
 自室に戻り踏まれた足首を見ると少し腫れていた。歩けないことはないけれど痛みが走る。ルシオラはすぐに布を冷やして足首に 当ててくれた。

「あの外道が……。あの場で斬首すればよかったですね」
「ルシオラ……ごめんなさい……私……」
「セラ様が謝る必要はございませんよ」

 ルシオラは安心させるように優しくほほ笑んでくれた。もしかしたらエルヴィスは私が宝石室に行くところを見かけたか、始めか ら後をつけていたのかもしれない。
 今回の私の行動はガルツに報告され宝石室にはもう近づけないだろう。もっと慎重に行動すればよかったと後悔した。

「セラ様。私も少しずつですが情報を集めています。一緒に頑張りましょう。セラ様はこの国の王女殿下です。堂々と大胆にいきま しょう」
「でもルシオラが……」
「あなたを支えることが私の役目です。そうやすやすと殺されはしないですよ」

 ルシオラは足の手当をしながら、得た情報を教えてくれた。

「リア様は現在、星影(せいえい)団 に身を寄せているようです。先日ミステイル王国軍を退いたそうですよ」
「星影団!? あの賊の?」
「どうやら義賊らしく、以前から陛下との繋がりがあったそうです」

 星影団は貴族ばかり襲う賊の集団だと思っていたが本質は違うようだ。
 母様たちと裏で繋がっていたということは少し納得した。母様は色々国の内情を細かく知っていた。星影団が裏で諜報活動をして いたのだろう。ルシオラはさらに言葉を続ける。

「それと理由はわかりませんがコーネット様がランシリカの騎士招集を拒んだそうです」
「コーネット卿が!? も……もしかしたら……」
「えぇ。コーネット様が城の現状を疑い拒否した可能性もあります。さすがにガルツは強行で招集ができなかったようですね」

 いつも遠征の話を楽しく聞かせてくれたコーネット卿。母様と父様からの信頼も厚かった。
 コーネット卿は他の貴族とは違いリアを蔑むようなことはしていない。もしリアと接触すれば協力してくれる可能性がある。そう でなくてもコーネット卿が動いてくれたということは心強かった。

「ルシオラ。情報ありがとう。みんなが国のために頑張っているのだもの私も頑張るわ!」
「それでこそ次期女王のセラ様です」

 ルシオラは満足そうにほほ笑んだ。皆が国のためにそれぞれの場所で頑張っている。弱音は吐いていられない。私にできることは 少ないけれど私なりにガルツと戦う。

2020/12/27 up
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