プリムスの伝承歌

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プリムスの伝承歌-宝石と絆の戦記-

第4曲 相剋の伝承歌


 午後、修繕の手伝いをして いるとリュエールさんから声をかけられる。

「リア。ちょっと公会堂まで来てくれる?」
「はい。これを置いてから行きます」

 釘の入った箱を届けてから急いで公会堂へ向かった。簡易的な机を囲んでリュエールさん、ルフトさん、スレウドさんがいる。
 机の上にはルナーエ国の地図が広げられていた。
 少し遅れてクラルスが合流する。皆、真剣な表情をしているので、これから何を話されるのか察した。

「リア、クラルス。ガルツが動き出したそうよ。およそ三〇〇〇の兵を率いて私たちの拠点へ向かっているわ」
「三〇〇〇……。予想より多いですね」
「それだけ本気で潰したいらしいわね」

 王都からの距離を考えると、早くて明後日には新拠点までやってくるだろう。リュエールさんは険しい表情で僕たちを見据えた。

「この戦いに負ければ星影(せいえい)団 は戦力を失ううえに新拠点も奪われてしまう。再建はかなり厳しくなるわ」
「最悪リュエールとリアが生きていればどうにかなるさ」
「何言ってるの! 皆がいてこそよ。私ひとりが生き残って、どうにかできるものではないわ」

 スレウドさんの言葉にリュエールさんは声をあげた。隣にいたルフトさんは彼女の肩を叩いてなだめる。

「王国軍になんか負けるつもりはねぇが、万が一だ。俺たちの代わりはいくらでもいる。だが星影団の団長であるリュエールと、この国 の王子であるリアの代わりはいねぇんだ」
「……わかっているわ。でもあなたたちを死なせるつもりはないわよ」

 スレウドさんの言葉が胸に刺さる。確かに僕の代わりはいない。でもそれは皆も同じだ。スレウドさん、ルフトさん、クラルスの代わ りはいない。
 できることはすべてやるつもりだ。

「リュエールさん。星影団の兵力はどのくらいですか?」
「今の時点で一〇〇〇に満たないわね……。正面からのぶつかり合いでは勝てないわ」
「厳しいですね……」

 諜報者によると、ミステイル軍は騎馬兵六〇〇、歩兵一九〇〇、弓兵五〇〇。対して星影団は歩兵九〇〇、弓兵九〇程度。戦力は二倍 差があり、圧倒的に機動力は負けている。
 あごに手をそえて考えを巡らせる。

「リュエールさん。星影団の編成はミステイル軍に露見しているのですか?」
「今朝、カルムを諜報者に送ったのだけど、そろそろ帰ってくるかしら」

 そのとき、短い鳴き声が聞こえ、カルムが窓枠へ止まった。リュエールさんは急いでカルムのそばへ寄る。

「カルム。おつかれさま」

 カルムの足には小さな筒状の紙が縛りつけてあった。彼女はそれを広げ、中身を確認する。

「今のところ新拠点から視認できる範囲にはミステイルの諜報者はいないそうよ」
「へぇ。探りを入れないとは俺たちはなめられたもんだな」

 スレウドさんは肩をすくめて苦笑した。星影団を諜報しないということは力押しでどうにかなると思っているのだろう。

「リュエールさん。森に弓兵を全員伏兵させて、騎馬兵の側面から狙いましょう。奇襲をして機動力を削げば相手も混乱します」
「そうね。弓兵が狙われても森に逃げ込めばいいでしょう。騎馬兵も森までは追ってこれないわ」

 彼女は地図へ図形や文字を書いていく。
 伏兵だけでは勝てない。もっと相手に損害を与えないと、まともに戦えないだろう。

「このあたり一帯は隆起しているところが多い。荒野の平地から一番高い丘までおびき寄せて落石をしよう」
「荒野の戦場で落石とは面白いですね」
「使えるものは地形でも何でも使うさ」

 クラルスはルフトさんの案に感心をしていた。
 籠城戦に落石は主に使われる。ミステイル軍も荒野で使われるとは思わないだろう。
 そのためには明後日までに落石用の石を調達しなければならない。

「相手の諜報(ちょうほう)が こちらに来ていないのであれば、少しくらい大胆な動きをしても露見しないわね。その作戦で いきましょう」
「あとは万が一を考えて退路確保だな」

 策も決まり、リュエールさんたちは団員へ声をかけて公会堂前に集めた。
 修繕作業は中止し、今から各自ミステイル軍との戦いに備える。
 リュエールさんは団員への役割を振りわけて指示をしていた。

「リア様。とうとう始まるのですね」

 僕とクラルスは公会堂の端で奮起している星影団を見つめていた。

「うん。絶対この戦いには勝たないといけないんだ」
「えぇ。リア様。私が必ずお守りしますのでご安心ください」

 安心させるように、彼はやわらかい笑みをくれた。
 不意に、もしクラルスが戦いの最中死んでしまったら僕はそれを受け入れられるのだろうか。
 当たり前の日常は簡単に奪われてしまう。もう自分が身にしみてわかっていた。

 恐怖心が足もとから這い上がり全身を駆け巡る。それを振り払うように頭を左右に振った。

「……リア様どうかなさいました?」
「ううん。何でもない……」

 リュエールさんたちは話が終わったようで公会堂へと戻ってきた。

「あぁ。これからやることが山積みね」
「リュエールさん。おつかれさまです。僕に何かできることはありますか?」

 彼女は少し考えたあと、何か思いついたような顔をした。

「リアも私と同じ指揮が()れ るようにしましょうか。万が一私が指示を出せなかったときのためにね」
「ぼ……僕がですか? それはルフトさんがする役目だと思いますけど……」

 彼女に問うと、ルフトさんは中衛で指揮を執るそうだ。それでも周りからすればまだ子どもだ。そんな大役を引き受けていいのだろう か。

「リアはこの国の王子よ。あなたの頑張っている姿を見ればみんなの鼓舞になるわ」
「そういうものなのですかね……。みなさんの役に立てるのでしたらやってみます」

 まだ実戦経験がないので、どこまでできるかわからない。
 不安なことはたくさんある。リュエールさんが任せてくれるのなら僕なりに頑張ってみよう。
 さっそく彼女に指揮の執りかたを教わる。その他にも作戦のこと、兵士の動きの予想など戦いに関することを夜遅くまで学んだ。

 真夜中、寝つけず公会堂の高い天井を見つめていた。少し外の空気を吸ってこよう。
 起き上がると、不意に何かが手に触れた。

「……リア様。どちらへ?」

 隣に寝ているクラルスが薄目を開けて問いかける。寝惚けているのか無意識に僕の手をつかんだみたいだ。

「眠れなくて、少し外へ行って来るよ」
「……おともします」

 彼が起きあがろうとしたので、無理やり肩を押さえる。クラルスは最近、力仕事をして疲れている。僕が眠れないというだけで睡眠を 妨げたくない。

「大丈夫。すぐ帰ってくるから」
「しかし……」
「クラルスは身体を休めて。それも大事なことだよ」
「……かしこまりました」

 彼の乱れた毛布をかけ直す。クラルスは目を閉じると、すぐ規則正しい寝息が聞こえてきた。
 静かに立ちあがり、公会堂から外へ向かう。
 夜気は肌寒さを感じるくらい冷えていた。夜空にはほとんど闇に食べられてしまっている繊月が浮かんでいる。

 少し散歩をしようと村の裏手を歩く。不意に川の近くでリュエールさんの姿を見つけた。
 彼女に話しかけようと思い近づこうとしたが、すぐに足を止める。先にリュエールさんへ近づく人影を見つけた。
 弱い月明かりを頼りに確認をすると、毛布を持ったルフトさんだ。彼はリュエールさんへ乱暴に毛布を投げつけた。

「これから戦だっていうのに、団長が風邪引いたらどうするんだよ」
「ルフトありがとう。心配して探しに来てくれたの?」
「俺たちの団長だからな」
「へぇ、それだけ?」
「茶化すなよ」

 ふたりの邪魔をしてはいけないと思い、この場から離れようとした。
 しかし、聞こえてきた話の内容に思わず耳を傾けてしまう。

「……何か悩んでいるのか?」
「リアたちのことなんだけど。星影団へ引き入れて本当によかったのかなって……」
「必要なことだったんだろう」
「でもまだリアは十四歳よ。クラルスと一緒に諸外国へ亡命させたほうがよかったのかもしれない」

 リュエールさんは僕たちの勧誘を悩んでいた。
 僕は星影団へ入ったことは後悔していない。もしリュエールさんに出会わなかったら、今ごろガルツに殺されていただろう。
 盗み聞きになってしまうが、木の陰に隠れて会話を聞くことにした。

「王子も王女を救いたいんだろう。利害は一致しているからリュエが悩むことじゃない」
「ルフトはもう少しリアとクラルスに優しくしてよね」
「気が向いたらな。どうもあのふたりはいけ好かない」

 ルフトさんは僕たちのことを嫌っているのは態度でわかっていた。理由がないのに嫌われるのはなれている。

「まだ怒ってる? ……この話は止めようか。もう済んだことだしね」
「そうだ。お前に舌戦で勝てる気がしない」

 彼は苦笑していた。リュエールさんとルフトさんの舌戦を想像して苦笑する。彼女に勝てる人は早々いないのだろう。

「そろそろ戻るか? だいぶ冷えてきたぞ」
「もう少しお話しよう?」
「……仕方ないな」

 ふたりは岩場に腰かけ他愛もない話を始めた。気づかれないよう静かにその場から離れる。
 彼女の悩んでいる姿は見たことがなかった。ルフトさんだからこそ悩みを打ち明けているのかもしれない。
 リュエールさんとルフトさんは今まで支え合って星影団を率いてきたのだろう。
 村をぐるりと一周して公会堂へと戻り、眠りについた。

 戦いの日、早朝クラルスのお気に入りの場所へ来ていた。泉の水面は太陽の光を受けてきらきらと輝いている。
 目を瞑り、心を落ち着かせる。自然の音が心地よく感じた。

 突然風が吹き、銀髪がふわりと舞いあがる。気配がしたので振り返ると、ちょうどクラルスが顔を見せた。

「リア様。そろそろ行きましょうか」
「そうだね……」

 彼は少し離れたところで待っていてくれたようだ。
 心は不安な気持ちでいっぱいだった。本当にミステイル軍に勝てるのだろうか。
 クラルスに緊張している雰囲気が伝わったのか眉をさげている。

「ご不安ですか?」
「不安じゃないと言ったら嘘になるかな」

 彼は真剣な表情になり言葉を紡いだ。

「リア様。私は先日あなたに忠誠を誓いました。それはリア様のために身を挺すというわけではございません。……あなたとともに生き る覚悟です」

 クラルスの言葉に心が軽くなる。応えるようにゆっくり頷いた。

「……ありがとう、クラルス。僕は負けないよ。絶対に……」

 意を決してクラルスとともに拠点へと足を進める。

 公会堂の前には星影団の団員が集まっていた。整列している皆をみて緊張が走る。
 スレウドさんに手招きをされ、彼の元へ歩いていく。
 僕たちはリュエールさんの後ろに控えているルフトさんとスレウドさんの隣へ並んだ。
 視線は皆、彼女へ注がれていた。全員が集まったのを見計らってリュエールさんは声をあげる。

「皆、この戦いが国の命運をわけるわ! 亡き女王陛下と騎士団長様のために勝利を捧げる!」

 彼女の言葉に星影団から喊声(かんせい)が 上がり、空気が震える。とうとう戦いが始まってしまう。
 これからたくさんの人の命が散っていくことになる。
 緊張で身体が強張っていると、隣にいたスレウドさんに背中を叩かれた。

「リア! 皆を信じろ! あとはやるだけだ」
「はい。わかりました」

 公会堂へ早馬が到着する。ミステイル王国軍が進軍をしたという知らせだ。
 リュエールさんの合図で星影団も進軍を開始する。
 僕たちは最後に皆のあとをついて行き、戦場の荒野へと向かった。

 荒野の向こうからミステイル王国軍がやってくる。お互いの顔が目視できるところまで近づいた。
 リュエールさんは制止の命を出す。
 目を凝らしてミステイル軍を見渡すが、ガルツの姿は見えない。部下が僕たちを捕縛してくるのを城で悠々と待っているのだろう。
 しばらくの静寂のあと、相手の隊長らしき人物が声をあげる。

「愚かな群衆に告ぐ! こちらの目的は大罪人ウィンクリア・ルナーエおよびクラルスの捕縛である! 拒む場合、セラスフィーナ王女 殿下とルナーエ国の逆賊と見なし、同盟国を脅かす者として排除する!」

 よくもこんな嘘を大声で言えるのかと怒りを覚える。相手の言葉が終わるとリュエールさんが剣を掲げ声を上げる。

「逆賊はどちらか! 女王陛下と騎士団長様を手にかけ、ウィンクリア王子殿下に罪をかぶせ、この国の平和を脅かそうとするミステイ ル王国! 今すぐセラスフィーナ王女殿下を解放して、この地から出て行きなさい!」
「聞く耳を持たぬなら力でねじ伏せるまでだ!」

 ミステイル軍の「突撃!」の合図で土煙をあげて両兵が衝突する。
 リュエールさんにうながされ、僕たちは隆起している丘の上に登った。ここからだと戦況がよく見える。
 今は歩兵同士が乱闘をしていた。

 敵の隊長が騎馬兵へ合図を送ったと同時に、左右の雑木林から星影団の弓兵が現れる。
 奇襲は成功したようだ。ミステイル軍の騎馬兵たちは弓兵の対応に右往左往している。

「ここまでは作戦通りね!」
「結局ミステイル軍は今日まで索敵しに来なかったからな。俺たちをなめやがって」

 スレウドさんは悪態をついて苦笑いをしていた。
 不意に僕たちの頭上でカルムの短い鳴き声が聞こえる。リュエールさんは腕を曲げるとカルムはそこへ降り立った。

「カルム。弓兵たちのところまで行って安心させて」

 カルムは鳴いたあと、大空へ舞い上がり雑木林のほうへ飛んでく。よく人間の言葉を理解しているなと毎回感心する。

「さてと……。そろそろかしら」

 リュエールさんは左手を前に出すと、てのひらに雷を帯びた球体を作り出した。どうやら彼女は雷属性の宝石シトリンを宿しているよ うだ。

 星影団は次の策のために、僕たちがいる丘まで少しずつ後退をしてくる。
 頃合いを見計らい、リュエールさんは作り出した球体を空高く打ちあげた。太陽の光に負けないほど明るく光り、短く大きな破裂音が する。
 それを合図に星影団は左右にわかれた。

「今だ! 落とせ!」

 ルフトさんの合図で、巨大な岩を二つ丘から落とす。恐ろしい勢いでミステイル軍へと突っ込んでいった。
 落石は後方にいる弓兵までもなぎ倒していく。密集しているがゆえ、落石の早さに対応できていない。

「よし。かなり動揺しているな。俺は中衛へいく」

 ルフトさんとスレウドさんは剣を抜き、丘を降りて乱戦の中に姿を消した。リュエールさんは抜剣をすると僕たちのほうを向く。

「リア。私はいくけど無茶だけはしないでね。女神アイテイル様のご加護がありますように」
「はい。ご武運を……」

 彼女は強い眼差しで身をひるがえし、丘から降り立った。

 戦場は悲鳴と怒声が渦巻いている。
 血で血を洗う最前線。たくさんの兵士が地に伏している。目をそらすことは許されない。
 僕の無実を信じてくれた星影団の皆。僕は今、地に伏している人々の命の上に立っている。最後まで見届けなくてはいけない。辛くて も、それが王族としての僕としての義務だ。

 意を決して足を前に出すとクラルスに腕を掴まれた。

「リア様。……よろしいのですか」

 不安そうな顔で彼は見ている。
 あの日の夜とは違い、今度は自分の意思で剣を振るい人を殺めてしまう。それでも高みの見物はしたくない。皆と一緒に戦いたい。

「大丈夫。もう……決めたから。行こうクラルス」

 彼は頷き一緒に戦場へと降り立った。

 ミステイル軍の兵士は僕を見ると「捕縛しろ」、「殺せ」と罵声をはいてきた。
 剣を抜くとひとりの兵士が襲いかかってくる。相手の剣を弾き、急所へ斬撃を入れると剣が血塗られた。
 斬られた兵士はうめき声をあげ、膝から崩れ落ちる。それを見ていたミステイルの兵士たちは一瞬たじろいた。

 齢十四の子どもが容赦なく人を斬りつけるとは思わなかったのだろう。
 目の前にいるミステイル軍の兵士たちに剣を向ける。

「僕に剣を向けるなら容赦はしない」

 彼らを見やると怒声をあげて襲いかかってくる。急所へ剣を振るい、息の根を止めた。
 何人もの兵士と剣を交え、命を奪っていく。

 本当は誰も殺したくない。好きでやっているわけではない。しかし、大切なものを守るためには、そうするしかなかった。

 不意に背後から敵兵が現れた。反応が遅れてしまい、無理な体勢で斬撃を受けてしまう。体勢が崩れ、立て直そうとしたときはすでに 遅かった。ミステイル兵士の剣が振りおろされようとしている。
 間に合うかわからないが、剣を盾にしようと防御姿勢をとった。

 ところが、剣は振りおろされない。大きく振り上げた体勢のまま兵士の刻が止まっていた。
 突如、兵士の身体が両断する異様な光景を目にする。
 ミステイル軍の兵士の背後にはクラルスがいた。彼の剣にはべったりと血がついている。
 クラルスはダイヤモンドの付与魔法を使っているのだろう。大木を切ってしまうくらいだ。人に使えばいともたやすく斬れてしまう。

 彼は倒れている兵士の服で剣についている血を拭った。
 クラルスの足下には目を覆いたくなるくらい無残な姿の王国兵数名が転がっている。
 彼は怖いくらい冷たい目で地面に伏している兵士たちを見下ろす。

 クラルスに声をかけようとしたとき、轟音とともに前線のほうから火柱が上がった。炎の勢いは凄まじく、火の粉がこちらまで飛んで くる。

「反乱分子どもが! 直々に粛正してやる!」

 この声はミステイル軍の隊長のものだ。前線の兵士たちを炎魔法で焼き払っている。
 突然の魔法攻撃に星影団は動揺していた。
 リュエールさんが落ち着くようにと声をあげている。しかし、彼女の声は轟音にかき消されてしまっていた。
 動揺している隙を突いて、ミステイル軍が星影団の陣営へ食い込んでくる。
 このままでは壊滅してしまう。

「動揺が激しいですね。このままでは……」

 クラルスもよくない状況と察していた。士気の低下は命取りだ。

 ここで負けるわけにはいかない。芽生えた反撃の灯火を消したくない。
 丘の上に登り、剣を掲げる。

「ミステイル軍! 僕はここだ!」

 皆の注意を引くように声をあげた。僕の声に気がついた隊長は攻撃の手を止める。

「星影団の皆、ここで負けるわけにはいかない! ルナーエ国第一王子、ウィンクリア・ルナーエの名において命を賭し、星影団の勝利 に死力を尽くす! 皆、己を奮い立たせよ!」

 星影団を鼓舞するために声を張った。ミステイル軍の隊長は左手を掲げ炎を生み出す。

「この反逆王子め!」

 炎の渦がすさまじい勢いで襲いかかる。避ける猶予がないので月石の防御魔法を使おうと決心した。宿っていることが露見してしまう が仕方ない。
 左手を前に出そうとしたとき、いつのまにか後ろにいたクラルスに止められる。

「リア様。そのまま堂々としていてください」

 彼は隣に立ち、剣を炎の渦へ向ける。
 剣先と炎が触れた瞬間、炎が一瞬にして結晶化した。破裂音とともに紅色の結晶が砕け散り、欠片が戦場へと降り注いだ。

 星影団から喊声が上がり、空気が震える。士気が上がったことを肌で感じた。再び果敢に攻める星影団を見て、僕とクラルスも乱戦に 身を投げる。
 無我夢中で剣を振り続けた。
 右からスレウドさん、左からルフトさんの部隊が攻め上がる。ミステイル軍を包囲する陣形が完成しようとしていた。

「くそっ! 退け!」

 ミステイル軍の隊長の声が響くと敵兵士たちは次々と身をひるがえす。彼らは星影団の包囲網ができる前に王都のほうへ逃げ去っ ていった。

 僕たちが、星影団が、勝利した瞬間だ。

 団員の皆は思い思いに歓喜の声をあげている。兵力差もあり犠牲は大きかった。しかし、この勝利は星影団にとって大きな成果だ。
 そばにいるクラルスと顔を合わせ、彼が無事なことに安堵する。

「リア様。ご無事で、よかったです……」

 突然、クラルスの身体が僕のほうへ傾いた。抱き留めたが支えきれず、そのまま一緒に地面へ倒れる。

「クラルス!? どうしたの!?」

 彼を仰向けにするがまったく動かない。どこか怪我でもしたのだろうか。動揺しているとスレウドさんが駆けつけてくれた。

「クラルスどうかしたのか!?」
「わ……わからないです。急に倒れて」

 スレウドさんがクラルスをまじまじと観察をする。しばらくするとからからと笑い始めた。

「心配すんな。魔力の使いすぎで気絶しているだけだ。あの炎魔法に魔法干渉したらそりゃ魔力も底尽きるな」
「大丈夫なのですか?」
「そのうち起きるから安心しろ」

 スレウドさんは僕の頭を乱暴になでる。クラルスが怪我ではないことにほっとした。
 眠っている彼の前髪をなでてほほ笑む。

「クラルス。おつかれさま。今は休んでね」

 スレウドさんはクラルスを担いで拠点へと戻っていった。
 あとを追おうとしたとき、リュエールさんに呼び止められる。彼女は機嫌がよく破顔していた。

「リア。無事でよかったわ。それと鼓舞してくれてありがとう」
「い……いえ。本来ならリュエールさんがやることでしたのに、出過ぎたことをしました」

 今思い返すと恥ずかしくなり顔が熱くなる。あのときは士気を上げなければと考えた末の行動だった。鼓舞は本来、団長であるリュ エールさんがすることだ。

「謝らなくていいわよ。それに国の王子が堂々としていると皆の士気も上がるわ。またよろしくね」

 リュエールさんはいつも堂々としている。それが皆の士気につながっていると思い知らされた。僕にその素質があるのかわからない。 いつか彼女のようになれるだろうか。

「そういえばクラルスはダイヤモンド宿しているのね。まだ使い方がなれていないから覚えたほうがいいわ」
「はい。クラルスに伝えておきますね」
「リアは宝石宿しているの? 魔法使おうとしていたわよね」

 月石の魔法を使おうと、ほんの少しだけ左手を動かした。リュエールさんは洞察力が鋭いのか、それを見ていたようだ。

「……いえ。僕、クラルスが心配なので見にいきますね」

 会釈をして足早に彼女から離れた。

 月石のことはまだリュエールさんたちには話さないほうがいい。
 露見すれば宝石を狙う輩が星影団を襲いにくる可能性がある。今、軌道に乗ったばかりの星影団に迷惑をかけたくなかった。

 拠点へ帰ると、ちょうどスレウドさんが公会堂から出てくる姿を見つけた。

「スレウドさん。クラルスはどこにいますか?」
「公会堂の奥の個室に寝かせている。一番左の部屋だ。ありゃしばらく起きないかもな」
「わかりました。運んでくださってありがとうございます」

 彼に一礼をして、急いでクラルスの元へと向かった。
 公会堂の奥には三つの個室がある。そのうちひとつは団長であるリュエールさんが使用しており、他のふたつは空室になっていた。

 静かに左端の部屋へ入る。一台の寝台が壁際に置いてあるだけの部屋だ。
 クラルスは外衣を脱がされ、寝台に寝かされていた。椅子がないため寝台近くの床へ腰をおろす。
 彼は相変わらず眠っており、起きる気配がしなかった。いつ目覚めるのだろうか。
 まったくクラルスは動かないので、このまま目覚めないのではないかと不安になってしまう。

 膝をかかえて、戦争のことを思い出す。
 拠点に帰るまでの間、歓喜の声と悲しみの声を背負いながら歩いた。戦死してしまった団員がたくさんいる。”あいつは国のために死 ねたので本懐です”と泣きながら話してくれた団員もいた。
 リュエールさんの”覚悟”の言葉が脳内に響く。
 人の命を自らの意思で奪った。戦場で命は硝子細工のように脆く儚い。これが戦争なんだと恐怖を感じる。
 大切な人と国を守るための戦争。辛くても足を止めてはいけない。前に進まなくてはいけない。

 それが決意した道なのだから。

 窓から三日月がこちらを見ている。夜になってもクラルスは目覚めなかった。
 なるべく彼のそばにいて目覚めるのを待っている。

 いつの日のことだろうか。高熱で寝込んでいたとき、彼はずっとそばにいてくれたことを思い出す。クラルスがそばにいてくれるだけ で安心した。
 だから今度は僕がそばにいてあげたい。クラルスが目覚めたときに一番に声をかけて安心させたかった。

 戦の疲れもあり、うとうとしていると扉を叩く音が聞こえた。こんな時間にここを訪ねてくるのは誰なのだろう。
 扉を開けるとルフトさんと片手に毛布を持ったリュエールさんがいた。

「クラルスはまだ起きない?」
「はい。あの……クラルスは大丈夫ですよね?」
「明日、目覚めなかったら宝石師に見てもらったほうがよさそうね」

 彼女は心配そうにクラルスを見つめていた。リュエールさんは僕のために毛布を持ってきてくれたようだ。
 彼女の優しさに心が温かくなる。
 毛布を受け取ろうとしたとき、ルフトさんが僕の左手を掴んだ。
 彼が何をしようとしているのかわかった。振り払おうとしたが遅く、彼に手を無理やり引かれる。

「この刻印……月石か」
「ルフト! 何しているのよ!」

 ルフトさんの手を振り払いあとずさる。彼は剣に手をかけてにらんでいた。

「月石のことをなぜ隠していた。まさか陛下を手にかけて月石を奪ったのか?」
「ち……違います! 僕は皆さんに迷惑をかけたくなくて……」

 動揺していると、リュエールさんは呆れた表情をしてルフトさんをひじで小突いた。
 彼女は申しわけなさそうな顔を向ける。

「ごめんなさいリア。あなたから話してくれるまで待つつもりだったのに……」
「早めにわかったほうがいいだろう」
「ルフト! 少しはリアのこと考えて!」

 リュエールさんが一喝をすると、ルフトさんは不機嫌な顔をして部屋を出ていく。
 彼女は僕が落とした毛布を拾い上げ、再び渡してくれた。

「月石は原石(プリムス)よ ね。リアが陛下たちを手にかけたなんて思っていないから安心して。原石(プリ ムス)が宿主を選ぶことも 知っているわ。全くルフト はわかっているくせに意地悪なんだから……」

 リュエールさんは安心させるように優しい声色で話す。
 ルフトさんもリュエールさんと同じく僕が何かしらの宝石を宿しているのではないのかと思っていたのだろう。
 まさかこんなに早くふたりに露見してしまうとは不覚だ。

「隠していてすみません。原石(プリムス)の ことが露見してしまったら星影団に迷惑がかかると思いまして……」

 星影団の皆に余計な負担をかけさせたくなかった。
 彼女は僕の肩にそっと手を置く。

「大丈夫よ。私からみんなには言わないわ」

 少し間をおいたあと、リュエールさんは言葉を紡いだ。

「ガルツがリアに執着しているのは月石が宿っているからなの?」
「まだガルツは気がついていないと思います。僕が城から脱出するまで母上に宿っていると思っていました」
「リアに宿っていると悟られるのも時間の問題ね。原石(プリムス)は 普通に宿せるものではないのだけれど、何か企んで いるのかしら……」

 ガルツもそれはわかっていると思う。それでも原石をそばに置いておきたい理由があるはずだ。

「今回の戦いでわかったと思うけど、魔法を使う兵士もいる。リアの月石に頼らなければならないときが、くるかもしれない。それは覚 悟してね」
「はい。わかりました。……あの。毛布ありがとうございます」
「風邪引かないようにね。ルフトにはお仕置きしておくから、それで勘弁してあげて」

 リュエールさんの黒い笑顔が怖い。ルフトさんはいったい何のお仕置きをされるのだろうか。
 彼女が立ち去ったあと、毛布を羽織り再び床へ腰をおろした。

 その日の夜中、雲ひとつない夜空だったがとこからともなく落雷の音が聞こえた。



 太陽の暖かい日差しを感じる。眠気が意識に残っているなか、前髪に何かが触れた。
 ぼやけた視界で寝台のほうを向くと、クラルスが手を伸ばしている。
 意識が覚醒して彼の手をとった。

「クラルス! 目を覚ましたんだね!」

 クラルスは優しくほほ笑むとあたりを見渡した。

「リア様。ここは……」
「公会堂の個室だよ。大丈夫? どこか痛いところはない?」

 クラルスは起きようとしているが、身体に力が入らないようだ。
 魔法の使いすぎで、彼の身体に悪いことが起きているのではないのか不安になる。

「……身体に力が入らないですね。すごくだるいです……」
「今、リュエールさんを呼んでくるね」

 急いで個室を飛び出してリュエールさんを探しに拠点を走り回る。
 彼女は拠点の入り口でルフトさんと話し合いをしている最中だった。

「リュエールさん! クラルスが目を覚ましました!」
「本当!? よかったわ」
「あと……身体がだるいみたいです。起きられません」
「そうでしょうね。ルフト一緒に来て」

 ふたりは一緒にクラルスのいる部屋まできてくれた。
 ルフトさんの髪が少し焦げているように見えるのは気のせいだろうか。

 公会堂の個室へ戻ると、ルフトさんがクラルスの観察をはじめた。クラルスは不安そうに眉をさげている。

「魔力が枯渇しているな。魔力を失いすぎると気絶したり、身体の倦怠感で動けなくなる」
「そういうものなのですか……」
「現におまえがそうだろう」

 ルフトさんは左手をクラルスの手に重ねた。

「今から俺の魔力を少しだけおまえに譲渡する。そうしたら動けるようになる」

 そんなことができるのは初めて知った。
 同じ宝石同士なら魔力の譲渡率がいいらしい。ルフトさんとリュエールさんは同じシトリンを宿しているそうだ。ダイヤモンドを宿し ているクラルスは大丈夫なのだろうか。
 ルフトさんが集中すると、重ねた手の間から黄金色と白銀(はくぎん)色 の淡い光があふれた。
 少しするとルフトさんは手を離し、ため息をつく。

「ダイヤモンドは譲渡率悪いな。でも動けるはずだ」

 クラルスは深呼吸をしてから、ゆっくり上体を起こす。彼の背中を支えたが、ふらつくこともなく動けるようだ。
 魔法が使えるようになった反面、魔力の使いすぎに気をつけなければならない。
 まだ僕もクラルスも魔法を知ってまもないので、むやみに使わないほうがいいだろう。

「だいぶ身体が楽になりました。ありがとうございます」
「ルフトさん。ありがとうございます!」

 ルフトさんに一礼をすると、彼は照れくさそうに僕たちから顔をそむけた。
 いつものルフトさんなら僕たちを助けるようなことはしなさそうだ。昨晩リュエールさんに何か言われたのだろうか。

「さて! クラルスも起きたことだし、ルフトあとは任せたわよ」

 彼女は足早に部屋から出ていった。ルフトさんは不機嫌そうな顔をしてリュエールさんを見送る。
 クラルスは寝台から起き上がり、外衣を羽織る。いつもの姿の彼を見て安堵した。

「リュエからおまえたちに魔法を教えろと言われた。朝食を済ませたら公会堂の裏へこい」

 捨て台詞をはくと、ルフトさんは部屋から退室した。僕たちは顔を見合わせる。
 僕は魔法を使ったことは一度しかない。クラルスも我流で覚えたので、魔法を教えてくれるのはありがたい。

「……。ルフトさんリア様に宝石が宿っていることをご存知ですね」
「あ……そうなんだ。昨日、露見しちゃって……でも知っているのはリュエールさんとルフトさんだけだよ」

 彼に申しわけなく思い身体を縮こませる。

「露見してしまったことは仕方ありません。魔法を教えていただけるのはありがたいです」
「うん。いつか話さないといけなかったから。僕もいざというときに魔法を使えるようにしないとね」

 僕たちは朝食を済ませて、足早に公会堂の裏へ向かった。

 ルフトさんは木に寄りかかってすでに待っている。

「ルフトさん。よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします。教えていただけるのはありがたいです」

 クラルスはルフトさんに怪訝な顔を向けていた。僕たちを今まで邪険に扱っていたので、腑に落ちないのだろう。

「……昨日は少しは悪かったと思っている」

 ルフトさんの言葉にクラルスは疑問符を浮かべている。
 昨晩、彼に無理やり刻印を見られてしまったことは隠していた。クラルスは怒るに決まっている。

「リュエールさんから何か言われたのですか?」

 ルフトさんに問うと、ばつが悪そうな顔になった。

「……まぁな。一発あてられただけで済んだ。これ以上逆らったら一週間、寝床とお友達になる可能性が……」

 彼の言葉をさえぎるように頭上で破裂音がした。遅れて腕くらいの太さの枝が近くに落ちてくる。
 公会堂のほうを見やると、左手に雷を帯びているリュエールさんが立っていた。

「ルフト。おしゃべりしていないで、ちゃんと教えなさいよね」

 ルフトさんの顔が引きつっている。昨晩あれに当たったのだなと納得した。

「……始めるか」

 まず今のクラルスの状態を教えてくれた。彼は魔法をそこそこ理解して使っているが、魔力の出力方法が悪いらしい。
 魔力の元が桶に入った水だと仮定する。クラルスはそれを手でくんで使うところ、桶をひっくり返して使っている状態だそうだ。

 そもそも魔力の制御をするには、どうしたらいいのだろうか。ルフトさんは剣を抜くと、そばへ来るようにうながした。

「魔法を教えると言っても。ほとんど感覚だ。今から付与(エンチャント)を するから手にふれて感覚を覚えろ」
「僕はあまり魔法を使ったことはないのですけど、わかるものなのですか?」
「少なからず宝石を宿せているなら、よほど鈍感でないかぎりわかるはずだ」

 僕たちがルフトさんの右手にふれると彼は目を閉じた。
 ゆっくりと何かがルフトさんの指先のほうへ流れていく感覚。まるで上質な毛布をなでたようだ。
 遅れて剣が淡い黄金色になり、雷を帯びる。

「ゆっくり付与(エンチャント)を やったがわかったか?」
「はい。何かが流れた感覚がありました」
「何だか不思議な感覚ですね」

 魔力の制御に関する手引き書はなく、経験を積むしかないらしい。一度、魔力の流れなどがわかると身体が感覚を覚えてくれるそう だ。

「ルフトさん。私に魔力をくださいましたけど、戦場で宝石を宿した相手から魔力を奪うことは可能ですか?」
「やったことはないができるだろう。戦場でそんな余裕はないと思うが……。王子、左手いいか?」

 ルフトさんへ手を差し出すと握られる。手を針で突かれたような痛みが一瞬走った。
 自分の手から何かがルフトさんの手を伝い、流れていく感覚。
 しだいに胸が苦しくなる。不快感が増し呼吸が乱れた。あまりの苦しさに胸を押さえて前かがみになる。

「ルフトさん……。苦しいです」

 僕の訴えた言葉と同時に破裂音がした。見えない力によって僕とルフトさんの手が強制的に離されたようだ。
 僕たちは何が起こったのかと目を丸くした。

「……。できないことはなさそうだな。王子の場合、月石が宿主を守るために拒否反応を起こすのかもな」

 左手の刻印を見つめる。原石(プリムス)は 特別なものなのだと改めて感じた。
 胸の苦しさが少しずつ緩和される。魔力を奪われる場合、かなり負担がかかるようだ。譲渡する場合は、多少疲れるがそこまでではな いらしい。
 クラルスは心配そうな顔で僕を見ている。

「リア様を実験台にするのはやめてください」
「悪かったよ。魔力の譲渡や奪取をする場合は左手同士を合わせないといけない。戦場で使うのは現実的じゃないな」

 さいわいミステイル王国軍は魔法兵を保有していない。魔法戦にはならないだろうが、個人的に宝石を宿している人は存在している。
 前回のように魔法で戦況をひっくり返される可能性があるので、僕たちも対抗できるようにしたい。

 もうひとつルフトさんは魔力量というものを教えてくれた。
 魔法を使うと使用した魔法の強弱により魔力が消費される。魔力量と消費量は個人差があり、潜在能力、精神状態、宝石との相性、宝 石の階級なので変化するそうだ。

 階級の高い宝石を宿していても、精神の状態が悪い、相性が悪い、などで消費量が激しくなる。
 最悪、魔法が使えなくなるらしい。

 魔力量の大半は宝石の階級と潜在能力に依存する。
 欠片(フラグメント)の 魔力量を池と例えると、原石欠片(オプティア)は 湖、原石(プリムス)は海くらい 差があるそうだ。
 魔法を使ったのは一度だけなので魔力量の膨大さにあまり実感がない。

「護衛が宿している宝石の階級は原石欠片(オプティア)欠 片(フラグメント)のどっちだ?」
「私の宝石は原石欠片(オプティア)で す」
「さすが王子護衛ってところか。国から一級品を支給されたんだな」
「いえ……。これは原石神殿の斎主様から譲り受けました」

 ルフトさんは怪訝な顔をした。斎主様から宝石の譲渡は聞いたことがないそうだ。

「そんな稀少な宝石を斎主が譲渡したということは、よほどの理由だったんだな」
「天運を紡ぎし者の守護者に選ばれたと仰っていました」
「何かの神託か……。護衛らしいといえば護衛らしい宝石だよ。防御魔法特化だからな」

 ダイヤモンドは付与(エンチャント)能 力に長けている他に、戦場でクラルスが見せた魔法干渉ができる。
 ダイヤモンドとアメジストは元素の属性魔法とは別の部類らしい。適合者が少ないらしく、ルフトさんはダイヤモンドの適合者に会う のはクラルスが初めてだそうだ。

 クラルスの魔力が戻っていないので、今日は簡単な説明のみで終わりになった。

「ルフトさん。月石は付与(エンチャント)で きるのですか?」

 クラルスとルフトさんは武器に魔法付与(エンチャント)が できている。月石もできないだろうか。

「月石はここ数百年宿した歴がないだろう。俺が知るわけない。気になるなら実際やってみろ」

 武器や物に付与(エンチャント)を できる宝石は決まっているそうだ。世界に流通している宝石ではルビー、ラピスラズリ、シトリン、ダイヤモンドが できるらしい。

 腰にさげている短剣を抜き、深呼吸をする。さきほどのルフトさんの魔力の流れを思い出すように集中した。
 手を魔力が伝う感覚がある。短剣を見ると剣身が淡く青白い光を帯びていた。

 体内に血液とは違った清水のようなものが流れており、それを操るような感覚。今まで魔力を意識していなかったので不思議な感じ だ。

付与(エンチャント)は できるみたいですね」
「効果は何だかわからないが、教えるのは明日だ。今日は解散」

 ルフトさんは剣を収めると、背伸びをしながら公会堂の中へと姿を消した。
 付与(エンチャント)を とめて短剣を収める。クラルスを見やると疲れた表情をしていた。

「……クラルス。大丈夫?」
「魔力が戻っていないので少しだるいくらいです。ご心配にはおよびません」

 彼は安心させようとほほ笑んだがやはり辛そうだ。
 ルフトさんがやっていた魔力譲渡はできないだろうか。拒否反応がでないか不安だがやってみよう。

「クラルス。左手出して」

 素直に差し出された彼の左手を握る。魔力の譲渡を頭の中で描くと、重なっている手の隙間から光があふれ始めた。少し息苦しいので できているのだろう。
 どのくらいの時間、譲渡すればいいのだろうか。考えていると不意にクラルスに手を握り返され、魔力譲渡をとめてしまった。

「どうしたのクラルス?」
「あ……いえ。ルフトさんとリア様から魔力をいただいたのですが……。リア様の魔力は心地よくて、快感に近いものがあります。原 石(プリムス) だからでしょうか」

 彼はそっと手を離した。クラルスを見ると顔色が少しよくなっている。
 魔力量が可視化されればいいのだが、すべて自分の感覚任せだ。いまいち加減がよくわからない。
 ルフトさんみたいに魔法の使用歴が長ければ自然と覚えるのだろうか。

 今日はクラルスが本調子ではないので公会堂でゆっくり休むことにした。



 次の日、僕たちは拠点の近くにある川のほとりに来ていた。クラルスは長時間付与(エ ンチャント)の練習のため集中して剣 に付与をしている。
 僕は月石の付与(エンチャント)が どういう効果なのか、ルフトさんと調べていた。

 付与(エンチャント)を した短剣で、落ちている石を突いてみたが変化はない。川にひたしてみたり、地面に触れてみたが何も変化がなかった。

「何の効果があるのでしょうね」
「……そうだな」

 本当に付与(エンチャント)が できているのか不安になる。
 不意にルフトさんは、てのひらに雷を帯びた球体を生み出した。先日、リュエールさんが戦場で使っていた魔法と同じものだ。

「これを付与(エンチャント)し た短剣で受けてみろ」
「それ……。失敗するとどうなるのですか?」
「少し痺れて痛いだけだ」

 少し、では済まされない気がする。
 心の準備もままならないときに雷の球体を投げられた。思わず力んでしまい、力任せに剣を振ってしまう。

 雷の球体は短剣にあたると、方向を変えて勢いよく川へ沈んだ。巨大な水柱が立ち、僕たち三人は頭から滝のような激流をかぶった。
 クラルスは付与(エンチャント)に 集中していたので、何が起こったのかと唖然としている。

「……おい」
「すみません。力んでしまいました! クラルスもごめんね」
「問題ありませんよ。月石の付与(エンチャント)の 効果はわかったようですね」

 月石の付与(エンチャント)効 果は魔法反射。魔法を使う相手ではないと実用性はなさそうだ。
 付与(エンチャント)効 果がわかった代わりに、ふたりをずぶぬれにしてしまった。
 前髪からたれている雫を手で拭う。だいぶ水をかぶってしまった。
 それぞれ服に含んでしまった水分を出そうと絞っている。着替えをしなければと考えていると、拠点のほうから透き通った声が聞こえ てきた。

「リア、クラルス。少しは魔法を使えるようになった?」

 リュエールさんが様子を見に来てくれた。彼女は僕たちがずぶぬれになっていることに気がついて怪訝な顔をする。

「……みんなどうしたの? 水浴びでもしてた?」
付与(エンチャント)効 果を試していたらこうなりました」
「えぇ!? 何を失敗すればそうなるのよ!」

 リュエールさんはお腹を抱えて笑っている。僕もまさかこんなことになるとは思っていなかった。からからと笑っている彼女とは反対 にルフトさんは不機嫌な顔をしている。

「リュエ何か用か?」

 ルフトさんに問われ彼女は真面目な表情になる。何か大切なことなのだろうか。

「リア。陛下に忠誠心が高かった貴族を教えてほしいの。心当たりないかしら?」

 今の星影団の戦力では王都に攻め入ることは不可能だ。味方を増やすために、有力な貴族と手を組む必要がある。そのため忠誠心が高 い貴族を教えてほしいそうだ。

「陛下に忠誠心がある貴族なら、リアのことも話せばわかってくれるかもしれない」

 王都にいたときのことを思い返す。
 貴族と謁見をするときは同席していたので、あるていどの貴族は覚えている。

 母上に忠誠心があるひとりの人物が思い浮かんだ。
 ランシリカという大きな街を統治している大貴族ヴァレンス・コーネット卿。貴族でありながら星永(せ いえい)騎士と 同等の地位である将校だ。 彼は戦の知識に長けており、父上からの信頼もあった。

「クラルス。ヴァレンス・コーネット卿を味方にできれば心強いよね」
「そうですね。コーネット様でしたら、お話をすればわかってくれると思います」
「へぇ。コーネット卿ね。直接お会いしたことはないけど名前は知っているわ。確かランシリカの貴族よね」

 リュエールさんもコーネット卿のことは知っていたようだ。
 さっそく明日、ランシリカにおもむきコーネット卿へ協力を要請しにいくことになった。
 ランシリカへ行く人は、リュエールさん、スレウドさん、クラルス、僕の四人だ。ルフトさんは拠点をしきるために残るらしい。

 コーネット卿が濡れ衣だと信じてくれるのか不安だ。しかし、少しでも希望があるならそれに賭けよう。


 次の日、僕たち四人はランシリカに向けて馬を走らせた。ランシリカは星影団の拠点から南西の方角にある街だ。
 空を見上げるとカルムが飛んでいる。一緒についてきてくれるようだ。
 コーネット卿に会うのはいつぶりだろうか。自分の周りがせわしなく変わっているので、何年も会っていないような感覚になってい る。

 騎士団の中では彼に憧れている騎士が多く人望も厚い。そして貴族としての働きも評価されていた。
 貴族は母上や次期女王であるセラのご機嫌取りに忙しい。僕はいないものとして扱われるか、蔑まれることが多かった。
 しかし、コーネット卿はそういう貴族とは違い、セラと僕を同じように接してくれた。
 彼を指名したのも自分の私情が混じっている。

 城にいたころのコーネット卿との思い出を振り返った。

2020/12/27 Revision
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