プリムスの伝承歌




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プリムスの伝承歌-宝石と絆の戦記-

第5曲 星の影の伝承歌

 窓から溢れた太陽の光で目が覚めた。僕は泣き疲れていつのまにか眠ってしまったようだ。隣の寝台を見るとクラルスから規則正しい寝息が聞こ えてくる。
 太陽の位置から推測すると、もう昼過ぎだろう。クラルスを起こさないように僕は部屋を後にした。

 廊下に出てすぐの壁に施設の案内板が目に入る。見てみるとお風呂があり、受付の女性に断りを入れてお風呂へ向かう。昨日、森の中を散々走っ たので汗で身体がべたついており、不快だった。
 脱衣所に入ると僕以外にはおらず貸し切りみたいだ。服を脱いで湯船を見ると四、五人程度が一度に入れるくらいの大きさ。湯船に近づき、お湯 に浮かぶ自分の顔を見て苦笑する。赤子のように泣き散らしていたので、目の周りが少し腫れていた。

「……酷い顔だね」

 身体にお湯をかけるとぴりぴりとした痛みが走る。葉や枝で切った小さい傷が腕や足に刻まれていた。そして昨日の出来事は現実であるというこ とを思い知らされる。
 昨日は父上と母上のことで動揺していたが、あの夜姿を確認できなかったセラはどうしているのだろうか。無事城を脱出したのならいいのだが、 行方が分からない。

 もしセラが生きているのであれば、きっとセラは僕の事を探しているはずだ。いつまでも落ち込んでいるわけにもいかない。母上の言葉が蘇る。 可能性を捨てないで――。
 頭からお湯を被り、負の感情を振り払うように頭を左右に振る。
 その為にはまず情報が足りない。近くの街に行き、何か手がかりがないか探そう。きっとクラルスも賛成してくれるはずだ。

 風呂から出て髪を乱暴に拭く。長い髪はいつも乾くのに時間がかかってしまう。髪を解いたまま脱衣所を出ると神殿の入り口の方が何やら騒がし い。柱の陰から覗くと数名のミステイル王国兵が神官と話していた。距離があったため話の内容までは聞き取れない。

 僕を探しに来たのだろうか、緊張が走る。王国兵は神官に紙を一枚渡すと去っていった。施設内には入ってこないようで安堵する。王国兵から紙 を もらった神官がこちらに歩いてくるので訪ねてみた。

「あの……さっきの兵の人は……」
「あぁ。何でもルナーエ国のお城で謀反があり、指名手配だそうだ」

 朝になり、貴族の誰かが城の異変に気がついて動きでもあったのだろうか。神官の男性は王国兵からもらった紙を見せてくれた。

 アエスタス・ルナーエ女王陛下、ウェル騎士団長殺害。首謀者、第一王子ウィンクリア・ルナーエ、共謀者王子護衛星永(せ いえい)騎士クラルス。見つけ次第、速やかに報告。可能なら捕縛すること。

 信じ難い内容に愕然とする。ガルツは逃げた僕とクラルスを両親殺しとして濡れ衣を着せた。
 力が抜けてその場に座り込む。神官の人が心配して声をかけてくれたが耳に入らなかった。

 ふらふらとした足取りで部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、クラルスが勢いよく部屋から飛び出してくる。彼の慌てた様子に思わず目を丸くし た。クラルスは僕の姿を見ると安堵の表情をみせる。

「リア様、どちらに行かれたかと……」
「ごめん。お風呂に行っていたんだ。クラルスも行ってきたら?」

 少し考えたあと、クラルスはお風呂へと向かっていった。
 部屋に戻り、寝台に腰を下ろす。国中に僕は両親殺しとして流布され、指名手配されている。セラの名前がなかったことが救いだった。
 もしかしたら無事城から脱出してどこかにかくまってもらっているのかもしれない。セラと合流したいがまったく見当がつかなかった。そんなこ とを考えていると半袖姿のクラルスが部屋に戻ってくる。

「……早かったね」
「ゆっくり入っていられませんからね……」

 十分に髪を拭いていなかったのかクラルスの暗緑色の髪から雫が落ちた。クラルスは置かれている椅子に座り小さくため息を吐く。

「……クラルスごめん。昨日は取り乱して……」
「お気になさらないで下さい。リア様の心中お察しします」

 クラルスは僕を安心させるように微笑んでくれた。クラルスは僕の左手を見て言葉を紡ぐ。

「リア様……。いつから月石を?」

 クラルスはやはり気がついていたようだ。僕は母上から教えてもらったことをクラルスに話す。彼も僕の爪の刻印は怪我の痕と言われていたので 疑いもしなかったそうだ。

「クラルス、黙っていてごめん……。クラルスのこと信頼していないからとかじゃないんだ」
「えぇ。承知致しておりますよ」
「……それで……さっき知ったことなんだけど……」

 先程知った僕とクラルスが両親殺しの濡れ衣を着せられていることを伝えると、彼の表情が強張る。

「……ガルツは宝石を奪取するために城を襲いました。いずれリア様に月石が宿っていることは悟られてしまうかもしれません」
「うん……。まだ知られてはいないと思うけど……」

 それからセラについてクラルスに相談をする。セラは生きている可能性が高いが、どこにいるのかが分からない。

「……セラ様は、ルシオラたちと城を脱出したかもしれません。まだ安否は分かりませんが希望はあります」
「僕もそう信じているよ」
「ここから一番近い街ですとセノパーズですね。半日歩けば着けるかと思います。そこで情報収集しましょうか」

 原石神殿の南にセノパーズという街があるので、そこでセラの手がかりがないか探すことになった。まだ滞在期間はあるが早くセラを探したいの で、明け方にここを発つ。

 僕とクラルスは外にミステイル王国兵がいないことを確認して少し施設内を歩く。部屋でじっとしていると嫌でも城の出来事を思い出してしまう ので気を紛らわせたかった。
 外も薄暗くなってきたので遠くからでは僕たちのことを目視できないだろう。
 施設の端には長い回廊があり、神殿の方へ繋がっているようだ。以前訪れた時は倒れてしまったため、ろくに見学ができていなかった。
 神殿内に入ると相変わらず人気が無く静まりかえっており、僕とクラルスの足音だけが神殿内に響く。
 ダイヤモンドの原石(プリムス)が 安置されている部屋の前まで来たが、流星の日が終わったのか厳重に閉じられてい る。
 突然、左手がぴりぴりと痛み出した。もしかしたら部屋の中のダイヤモンドと月石が共鳴しているのかもしれない。

「流星の日は昨日終わりましたよ」

 透き通った声に惹かれ、振り返ると神聖な服装の女性が立っている。全く足音も気配もなく僕たちの後ろにいたので、クラルスは驚いた様子で女 性を見ていた。
 女性は僕の目の前まで歩いてくると、月石が宿っている左手を両手で握られる。

「数奇な運命の中にいますね。乗り越えられるかはあなた次第です。気持ちを強く持ちなさい」
「……あの……あなたは……」
「ここで祭主をしているものです。お二人のお名前を伺ってよろしいですか?」
「……ウィンクリアです」
「クラルスです」

 祭主様は僕たちの名前を聞くと一つの小部屋へと案内された。
 部屋の中心に小さな机と、対面に置かれている二つの椅子があるだけの簡単な部屋。祭主様は奥の部屋へと消えていく。しばらくすると箱と一冊 の本を持って現れた。
 クラルスに椅子へ座るように促すと彼女は箱と本を机の上に置く。箱の中をのぞくと綺麗なダイヤモンドが納められていた。

「クラルス。あなたにこちらの原石欠片(オプティア)を 宿したいのです」
「………これは祭主様の判断ですか?」
「いえ……原石(プリムス)の教えで す」
「……皮肉なものですね」

 クラルスはしばらく考えおり、表情を(うかが)う とあまりよく思っていなさそうだ。
 原石欠片(オプティア)は流星の日 で生み出される数が少なく千分の一程度。希少価値な原石欠片(オプティア)を 無 償で宿すというので何かあ るのではないのかと思っているのかもしれない。あまり宝石に詳しくはないが、輝きを見るかぎり高水準の原 石欠片(オプティア)だろう。

「……ウィンクリアを護るために必要です。受け入れないというのでしたら無理強いはしません。決めなさいクラルス」
「……リア様を護るため……?」
「宝石が世界的に流通している今戦争の道具として使われています。悪意を持った魔法の使い手や軍に遭った時、剣ひとつで護れますか?」

 祭主様は僕たちの置かれている状況をすべて知っているような口調だった。祭主様の言葉にクラルスは眉を潜め考えている。
 祭主様は”原石(プリムス)の教 え”と言っていた。本当に原石(プリムス)に 意思があるのだろうか。宿すのはクラルスなので僕は彼の意見を 尊重する。
 クラルスは決意をしたのか真っ直ぐ祭主様を見つめた。

「……祭主様。……宝石をお願いします」
「左手を……」

 クラルスは左手を差し出すと、手の甲にダイヤモンドが置かれる。祭主様が手をかざすと溶け込むようにクラルスの体内へ吸い込まれていく。そ れと同時にクラルスの中指の爪に刻印が現れ、爪の色が淡い銀色へと変化する。幻想的な光景で思わず息を呑んだ。
 これでクラルスはダイヤモンドが司る属性の魔法が使えるようになったのだろうか。

「ダイヤモンドは付与(エンチャント)の 魔法に長けています。刃を強靱にし、物の結晶化ができます。書物があります ので後で見てみるとよいで しょう」
「宝石を宿すのは初めての私に使いこなせるのでしょうか?」
「血と同じように魔力もまた体内に流れています。感じ取り、思いにするのです」

 祭主様は立ち上がると言葉を紡いだ。

「遙か昔から宝石には司る言葉があります。ダイヤモンドは永遠の絆。そして……月石は、未来への希望です。宿しているあなたたちに宝石の加護 がありますように」

 祭主様は僕たちを小部屋に残し、奥の部屋へと去っていった。彼女は僕に月石が宿っていることを悟っていたようだ。
 クラルスは机の上に置かれている本を手に取り開く。僕も横から本の内容をのぞき見る。どうやらダイヤモンドの魔法について詳しく書かれてい るものらしい。僕たちは本を部屋に持ち帰り読むことにした。

 今夜、原石神殿を発つ予定だったが、魔法がままならない。知識をつけるために、今晩も宿泊することにした。
 最初はクラルスの隣で一緒に読んでいたのだが、文字が多く睡魔に襲われる。うとうとしている僕にクラルスが気づき寝るように促され、先に休 むことにした。


 少し冷たい風が室内に入り込み目を覚ます。外を見ると霧掛かっており、肌寒さを感じる。
 隣の寝台を見るとクラルスの姿がない。彼を探しに部屋から出ると受付の女性が神殿の方へ行ったと教えてくれた。
 神殿へ繋がる回廊へ出ると建物の裏手にクラルスの姿を見つける。彼は葉を一枚持って目を瞑っていた。
 何をしているのだろうと離れたところで見ていると、クラルスの持っていた葉は持ち手部分から結晶化する。

「クラルス、もう魔法使えるの?」
「リア様、おはようございます。何度か試してようやくです」

 よく見るとクラルスの足下には結晶化した葉が何枚も落ちていた。結晶化した葉を触らせてもらうと、少しひんやりとした感触がある。これがダ イヤモンドの付与(エンチャント)魔 法なのだろうか。まだクラルスは練習するので僕は少し離れたところに座り、彼の 練習を眺める。
 不意に自分の左手の刻印が目に入った。刻印で月石が宿っていることが露見しないように隠した方がいいのだろうか。

「クラルス。刻印を隠すように手袋をした方がいいかな?」
「……いえ。そのままでいいと思います。幸い月石は爪の色の変化がありませんし、リア様は普段手袋をしていませんから逆に怪しまれてしまうか もしれません」

 クラルスの言う通り手袋で隠すと逆に怪しまれてしまうかもしれない。彼も色が分かりにくい淡い銀色なので隠したりしないそうだ。
 不意に人の気配がして、神殿の裏手を見ると茂みから一人の男性が姿を現した。

「おっ! やっと見つけたぜ!」

 乱れた赤褐(せっかっ)色の髪に、 栗色の目の傭兵風な男性がこちらに近づいてきている。反射的に僕とクラルスは剣に手をかけた。

「何者です!」
「おっと! ウィンクリア王子と護衛のクラルスだろ? 別に捕まえに来たわけじゃない」
「………何用ですか」

 男性は敵意が無いことを示すように両手を挙げている。クラルスは僕を庇うように前に出て今にも剣を抜こうとしていた。

「おいおい、剣なんて抜いたらすぐ追い出されるぞ。ここの規則、知らないわけじゃないだろう?」

 原石神殿内では争いごとは禁止されている。剣を抜けば強制的に退去させられてしまうことは部屋を借りる時に説明を受けていた。
 クラルスは警戒を解こうとはせず、男性を睨み付けている。

「お前たち部屋借りているな? そこで話す」
「……リア様いかがなさいますか?」
「……話し聞いてみようか」

 男性はミステイル王国兵ではなさそうだ。もしかしたらセラの居場所を知っているかもしれない。捕まえに来たわけじゃないと言っていたが、僕 たちに何の用なのだろうか。
 宿泊している部屋へ案内をすると彼は椅子に勢いよく座った。僕は寝台に腰掛け、クラルスは僕の近くの壁に寄りかかる。

「自己紹介がまだだったな。俺はスレウド。星影(せいえい)団っ て聞いたことくらいあるだろう。あそこの団員だ」
「星影団……。賊の集まりですね」
「……自警団って言ってくれ」

 星影団の名は僕も聞いたことがあり、貴族の間では有名な賊だ。税金が保管してある金庫の襲撃や、貴族から金目の物を巻き上げる集団。貴族た ちがそう噂していた。
 どうやら本質は違うらしい。必要以上に徴税している貴族からお金を取り返して街の人々への還元。悪行を働いている貴族を懲らしめて人々を助 けているそうだ。

「それで……スレウドさんは僕たちに何か用ですか?」
「単刀直入に言う。ウィンクリア王子、クラルス。俺たちの仲間になってくれ」
「えっ……」

 あまりにも唐突なことに思わず面食らってしまった。
 スレウドさんによると現在、城はミステイル王国兵に占拠されているそうだ。女王を失った今、このままではルナーエ国がミステイル王国の属国 になってしまう。
 どうやら星影団の反旗を翻すために僕が必要らしい。王子がいるということで大義名分を得るつもりなのだろうか。

「掲示板を見たが、こんなお子様が女王殺しねぇ……。城での真意は分からんが、うちの団長が連れてこいってさ」
「僕たちは母上と父上を手にかけいません。手にかけたのは……ガルツです」
「へぇーミステイル国の第二王子か。で、お前たちは命からがら逃げだしたと……」

 スレウドさんはあまり驚いている様子はない。僕たちが母上と父上を手にかけていないと信じてくれているのだろうか。

「……あの……スレウドさん。妹……セラがどこにいるのか分かりませんか?」
「王女か。俺は王子を探して連れて来いって言われたから王女は知らんな」

 結局セラの所在は掴めず肩を落とす。僕たちに接触をしてきたので、セラを保護してくれているのかもしれないと少し期待していた。
 星影団に入れと急に言われても素性の分からない組織に入るつもりはない。今はセラを見つけることが最優先だ。

「わざわざ来て頂いたところすみませんが、僕はセラを探さないといけませんのでお断りします」
「ふぅん……」

 スレウドさんは一枚の紙切れを僕に差し出す。確認をしてみると何かを示している地図のようだ。

「隣街の拠点の地図だ。気が変わったら来いよ。歓迎するぜ」

 スレウドさんは気怠そうに椅子から立ち上がると、部屋を後にした。足音が去っていくのを確認して僕とクラルスは目を合わせる。

「セラはどこにいるんだろう……」
「またリア様を勧誘する輩が来たら面倒ですね。明け方に出発しましょうか」
「うん。早くセラを見つけよう」

 受付の女性に伝えると察してくれたのか、全身を隠すための外套(がいとう)を 二人分差し出された。
 女性にお礼を言い、僕たちはプレーズの街に向けての準備を始める。

 まだ辺りが薄暗い時間、念のため裏手に周り原石神殿を後する。
 人目につかないように近場の森へと移動しようとした時、森の中から十数名のミステイル王国兵が現れた。どうやら待ち伏せされていたようだ。

「大罪人ウィンクリアを捕縛しろ!」

 王国兵たちが一斉に僕たちの方へ走ってくる。クラルスは僕の手を引いて回り込むように森へと入った。森の中だと弓兵は使い物にならないが、 剣を携えた王国兵が追いかけてくる。

 クラルスは剣を抜くと振り返り、両端にある大木を切り倒す。王国兵と僕たちの間に木は倒れ、王国兵の行く手を阻んだ。クラルスに促され、 その場から急いで立ち去る。
 普通の剣で木は斬れないのだが、ダイヤモンドの付与(エンチャント)魔 法だろうか。

「クラルス。さっき大木を斬ったのは付与(エンチャント)魔 法?」
「えぇ。剣の強度と鋭利さが増す付与(エンチャント)魔 法です。原石神殿を出る前に練習しておいて良かったですよ」

 クラルスは苦笑いをしている。後ろを振り返ると王国兵の追っては来ておらず振り切れたようだ。僕たちは走ることを止めて息を整える。

「もう追って来ないね」
「このまま街へ向かいましょう」

 なるべく木々に隠れるように歩き、森を抜けると遠くの方に街が見えた。太陽は昇り街の周りには人々がちらほら見える。
 セノパーズに辿り着くと街は既に活気に満ち溢れていた。
 僕たちは外套を深く被り街を歩いていると一カ所に人だかりができている。近寄ってみるとどうやら掲示板のようだ。

「王子が謀反(むほん)だなんて怖い わ。王位継承権がない腹いせかしら」
「何でも、謀反中にセラスフィーナ王女をお救いしたのが、隣国のガルツ王子らしいぞ。騒ぎを聞きつけて船を戻したとか聞いた」
「王女様だけでも助かってよかったわ。陛下と騎士団長様はおかわいそうに」
「あの王子は親をなんだと思っているんだ。育ててくれた恩はないのか」

 人々からそのような声が聞こえてきた。なぜ人々はこんなにも僕が母上と父上を手に掛けたということを信じているのだろうか。
 掲示板に目を向けると昨日と同じような内容の張り紙がされている。
 追記で少年騎士団の壊滅、謀反の計画書が僕の部屋から見つかったと虚偽が書かれていた。一番下にセラ直筆の署名がされている。
 それを見てすぐに理解した。セラはガルツに囚われてしまい、今もまだ王都にいる。

 憶測だが僕たち王族を皆殺しにして侵略をすると人々から暴動が起きかねない。次期女王でまだ成人していないセラだけ生かし、(ま つりごと)傀儡(かいらい)に するつもりなのだろう。
 セラはどんな気持ちでこの書面を見たのだろうか。署名はガルツに無理矢理書かされたのだろう。

「うちの子が……少年騎士団が壊滅だなんで嘘よ!」

 悲痛な女性の声がした少年騎士の母親なのだろう。泣き崩れている女性を人々が慰めている。少年騎士団壊滅ということはライズとジュスもあの 戦いの最中亡くなったのかもしれない。
 やるせない気持ちになっているとミステイルの王国兵が三名、人々をかき分けて掲示板へ向かっていった。

「……リア様。移動しましょう。見つかると厄介です」

 クラルスに呼びかけられ移動しようとした時、後から来た王国兵と肩がぶつかってしまった。急いでその場から立ち去ろうとすると王国兵に呼び 止められる。

「おい! お前、顔を見せろ」

 王国兵の大声で掲示板近くに集まっていた人々の視線が注がれた。ここで見つかる訳にはいかないが逃げると追いかけてくるに決まっている。
 クラルスは抜剣をしようと剣に手をかけている。こんな人が多いところで乱闘になってしまったら怪我人が出てしまう。
 王国兵の手が僕の外套に伸びた時、誰かに思い切り肩を抱かれた。

「おー弟! よく来たなー! 会えてうれしいぞ。兵士さんウチの愚弟がすみませんねぇ」

 その正体はスレウドさんだった。突然、彼の登場に目を丸くしていると、耳元で「黙って俯いていろ」とささやかれる。僕はなるべく顔を見せな いように俯いた。
 スレウドさんは一芝居をしてこの場をしのごうとしてくれているようだ。

「兵士さん考えてもみろよ。お尋ね者がこんな人混みのところに現れるか? そいつは相当間抜けだぜ?」
「ん……まぁ。しかし……」
「弟は遠い国から来て疲れているんだ。勘弁してくだせぇな」

 王国兵は僕に疑いの視線を向けていた。スレウドさんは僕の肩を抱きながら王国兵の制止を振り切って強引に僕を連れて掲示板前から立ち去る。
 後ろを振り返るとクラルスも頃合いを見計らい、僕たちの後を追いかけた。しばらく歩き、建物の裏手まで来るとスレウドさんは腕を解く。
 遅れてクラルスが合流すると、僕の手を引いてスレウドさんから距離を取った。

「スレウドさん。助けて下さってありがとうございます」
「……間抜けですみませんね」

 クラルスがちくりと言うとスレウドさんは苦笑いをした。なぜ僕たちを助けたのだろうか。僕の正体があの場で露見してしまったら、彼も仲間だ と疑いをかけられてしまう。

「私たちを助けたということは何かあるのでしょう?」
「おークラルス。察しが良くて助かるぜ。うちの団長に会ってみないか?」
「……そんなことだろうと思いましたよ」

 クラルスはため息を吐いた。スレウドさんはただ通りすがりで助けたのではなく、僕たちに恩を着せて断れないようにしたのだろう。
 無理矢理引き入れるつもりではないだろうし、話を聞くだけならと了承する。
 スレウドさんは満足そうに笑うと、星影団の拠点へと案内された。

***

 日常というものはこんなに簡単に壊れてしまうものなのか。

「セラ様。少しは眠れました?」
「うん。大丈夫」

 私は寝台の縁に座り、隣にいるルシオラに寄りかかりながら答える。
 城が陥落する前、ルシオラと逃げる最中ミステイル王国の兵士に見つかってしまった。星永騎士たちが私たちを逃がそうと何人も犠 牲になったが結局捕まり、幽閉されている。
城に我が物顔で徘徊するミステイル王国の兵士たちが憎たらしい。今、心休まる場所は自室しかなかった。

 突然の扉を叩く音に私は姿勢を正し、ルシオラは私を庇うように立ち上がる。扉が開くとそこには私の日常を奪った張本人が姿を現す。

「誰が入っていいと言ったのよ」
「王女様のお仕事をお持ちしたのでお願いしますね」

 ガルツは私の言葉を聞いてはいない。私の目の前に国中に通達するための用紙が差し出される。

「直筆の署名をお願いします」

 内容を読むと愕然とした。リアとクラルスを母様と父様を殺した犯人に仕立て上げる内容だ。怒りに手が震え、用紙をガルツに投げつける。

「どこまで私たちを侮辱するつもり!」
「少しは立場をわきまえた方がいいですよ?」

 ガルツは剣を抜くとルシオラの首に当てた。私はガルツを睨み付ける。

「署名しないというのでしたら職務放棄ということで、護衛にでも責任をとってもらいましょうか」

 ルシオラは剣を当てられているが表情を崩さず私たちを見ていた。私かルシオラが動揺すればガルツは面白がるに決まっている。昨日は一晩中ル シオラにすがって泣いた。でもこれが最後として絶対に泣かない弱音を吐かないと決めている。
 リアが城から脱出したと聞いて、希望を持っていた。だがその希望までこの男は潰そうとしている。私が動かないでいると、ガルツは少し剣を引 き、ルシオラの首から一筋の血が流れた。

「早く書かないと自室が血の海になりますよ」
「勘違いしているようですが、私には人質の価値などありませんよ」

 ルシオラの言葉に無言でガルツは剣を食い込ませて、さらに出血が激しくなる。ルシオラは眉一つ動かさずガルツを睨んでいた。このままでは本 当にガルツがルシオラを殺しかねない。
 私は用紙を拾い上げ、机に持っていき、筆を走らせる。自分はこんなにも無力なのか。悔しさがこみ上げて泣きそうになるが歯を食いしばり、す べての用紙に署名をした。

「……これでいいでしょう。剣を収めて」
「……確かに」

 ガルツは剣を収め、署名の確認をすると私の方に向き直る。

「失礼ですが左手を見せてもらえませんか?」
「手……?」

 私は素直に左手を出すと何かを確認しているようだった。

「おかしいですね。王女様に宿っていないと……」
「……何の話?」
「知らなかったのですか? 女王陛下には月石が宿っていなかったのですよ。宝石室を発見しましたが太陽石しかありませんでしたし、一体どこに あるのやら……」

 母様に月石が宿っていない。月石は原石(プリムス)だ。 簡単に人に譲渡できるものでもない。ガルツは太陽石と月石を奪うつもりだったが、ど うやら月石だけ見つからないようだ。母様がどこかに隠したのだろうか。考えを巡らせていると一つのことを思い出す。
 リアの左手、確か月石の刻印に似ていた。まさか元々母様ではなくリアに宿っており、それを隠す為に母様が嘘をついていた可能性もある。消去 法で辿っていってもリアに宿っている可能性が極めて高い。

「そうなると……早急に貴方の兄君を探さないといけませんね」

 私はガルツを睨み付けるが彼は不敵に笑い、部屋を後にした。
 扉が閉まったのを確認するとすぐさまルシオラの元に駆け寄る。ルシオラは布で首を抑えて、痛みに顔を歪ませていた。

「ルシオラ、ごめんなさい。私が素直に言うことを聞けば、こんなことにはならなかったのに……」「いいのですよ。それにいつも言っています よ、護衛に情けをかけてはいけないと。セラ様のためでしたら命なんて惜しくありません」
「そんなこと言わないでっ!」

 私は姉のようにルシオラを慕っていた。ルシオラもそれが分かっているが、あまりにも護衛に対して情があると、女王としての判断を鈍らせかね ないと何度も言われている。
 あの署名はしてはいけないということは分かっていた。リアを苦しめることになってしまう。私が次期女王として未熟なので、ルシオラやリアに 辛い思いをさせてしまっている。

「リア……ごめんなさい。私が……リアを苦しめてしまう」
「リア様はセラ様のこと分かってくれますよ。信じましょう」

 ルシオラは優しく私の髪を撫でる。昨晩何度も死んでしまいたいと思っていた。しかしそれは次期女王としての責務を放棄することだ。
 それにリアにばかり助けを望んでいたくない。おとぎ話の囚われのお姫様にはなりたくはない。私は私なりにこの国を、リアを守る。

「私は……傀儡になろうともこの国の王女よ。私なりに皆をリアを守りたい……」
「セラ様……。私も可能な限りお傍にいます」
「ルシオラ。さっきみたいに自分の命を粗末にしないで! 一緒に生きて必ずこの国を取り戻そう!」

 ルシオラは私の言葉に目を見張っていた。囚われている私ができることは限られているが、紡いだ言葉に嘘はない。

「……えぇ。セラ様が仰るのでしたら……」

 ルシオラは私に優しく微笑んでくれた。
何年かかってもいい。私はリアとの再会を願い、そのために今自分のできることをしよう。

***


 星影団の拠点は表向きには酒場らしく、扉には”準備中”と木の板が掛けられている。入ると誰もおらず 店の奥へと案内された。スレウドさんは一つの酒瓶棚の前に行くと右へ移動させる。棚の後ろから地下へ繋がる階段が現れ、湿った空気が上がって きており肌寒さを感じた。

 階段を降りると隔壁で簡易的に区切られた部屋がいくつもある。地下にいた人たちは僕たちを見ると声を潜めて話をしていた。
 奥の部屋へ案内されると簡易的な椅子と机に若い男女の姿。亜麻色の長髪に菖蒲(あ やめ)色の瞳の女性はにこりと微笑む。胡桃(く るみ)色の 短髪に青藍(せ いらん)色の瞳の男性は鋭い眼光を僕に向けていた。この男性が星影団の団長なのだろう か。

「ウィンクリア王子と護衛のクラルスね。私は星影団の団長リュエールよ。隣にいる彼は副団長のルフト。よろしくね」
「えっ……」

 女性の方が団長と聞いて目を丸くする。手荒いことをしていると聞いていたので、スレウドさんのように屈強な男性が団長だと思い込んでいた。
 リュエールさんから椅子に座るように促され、僕は長椅子に腰を下ろす。古い椅子なのか体重が乗ると軋む音が聞こえた。クラルスは僕の後ろに 立って周りを警戒をしているようだ。
 リュエールさんは悲しそうな目を僕に向ける。

「本当……。間近で見ると陛下に似てるわね。陛下と騎士団長様は残念だったわ……」

 僕は何と答えればいいのか分からず言葉に詰まる。

「早速本題に入りましょうか。ウィンクリア王子とクラルスには是非、星影団に入ってもらいたいのよ」

 言われると思っていたがやはりそうだ。スレウドさんに勧誘された時は、セラを探すという理由で断った。セラの所在が分かった今、勧誘を受け るかどうかを自身の意思で選ぶことになる。
 正直、今は星影団に入る気はない。

「スレウドさんに助けて頂いて申し訳ないのですが、お誘いはお断りします。その……僕自身混乱していて……」

 母上や父上の死。僕とクラルスが濡れ衣を着せられたこと。セラが幽閉されていること。星影団からの誘い。短い期間で自分の周りが目まぐるし く変わり過ぎて、心の整理がついていなかった。
 リュエールさんは腕を組むと何か考えているようだ。

「そうよね。いきなり得体の知れない団からの誘いに”はい。わかりました”は無理よね」
「すみません。ご迷惑かかりますので僕たちはこれで……」

 僕は椅子から立ち上がろうとすると、リュエールさんが慌てて制止する。

「待って! 今は外にミステイルの王国兵がいるから危険よ! 少しここで休んでいったら?」
「でも……」
「別に無理矢理何かさせようとか、危害を加えるなんてしないわ」

 少し迷ったが、ずっと気を張り詰めていたのでゆっくり身体を休めて、これからのことを考える時間が欲しかった。

「はい……。では少しだけお世話になります」

 リュエールさんは気を使ってくれて、簡易的に区切られた個室に案内される。二台の寝台と小さな机が置いてあるだけの部屋だ。

「地下だから湿っていて少しカビ臭いけど、この部屋は好きに使っていいわ」
「ありがとうございます」

 彼女に僕とクラルスは会釈をすると、リュエールさんは微笑み、部屋を後にした。ため息を吐いて近くの寝台へと腰を下ろす。

「リア様。セラ様は城に幽閉されてしまっているようですね……」
「うん。ガルツの手の届くところにセラがいると思うと心配だよ」

 もし何かの拍子にガルツの気が変わってセラが不要と判断したら殺されてしまうかもしれない。早く王都へ行ってセラを助けたい。
 もし僕の命と引き換えにセラが解放されるのなら、喜んで命を差し出すつもりだ。

「……僕……ガルツに捕まったほうがいいのかな」
「それはいけませんリア様。陛下と騎士団長様が命をかけてリア様を逃がして下さいました。無下にしないで下さい」
「でも……セラが……」

 セラを助けたいが、何の後ろ盾もない僕が城へ侵入しても捕まってしまうだけだ。どうすればセラを助けられるのだろうか。

「そうそう。クラルスの言う通りよ」

 部屋の入り口の方を向くとリュエールさんがお盆に三つの硝子の容器を乗せていた。飲み物を持ってきてくれたようで、その一つを差し出された ので受け取る。
 彼女はお盆を机の上に置くと僕の隣へと座った。クラルスは受け取った飲み物をじっと見ている。

「クラルス。毒なんて入っていないから安心して」

 僕は受け取った飲み物を一口飲むと紅茶の優しい味がした。リュエールさんも一口飲んだ後、言葉を紡いだ。

「ウィンクリア王子。あなたが死んでしまったらセラスフィーナ王女は一人になってしまうのよ」
「それでも、セラが死んでしまうよりかは良いです」
「……よく考えて。自分の命をそんな簡単に投げ出そうとしちゃ駄目よ」

 真剣な表情でリュエールさんは僕に話す。彼女は僕のことを両親殺しだと疑っていないのだろうか。

「リュエールさん。僕のこと疑っていないのですか?」
「陛下と騎士団長様から愛情を注がれて育ったのでしょう。そんなあなたが陛下たちを手に掛けたなんて思えなくて……。それで直接話を聞こうと 思ってスレウドに呼んでもらったの」
「そうなのですね」
「間近で見ると本当陛下と瓜二つね」

 リュエールさんの口振りが僕と初対面ではないような気がした。僕は彼女とどこかで会ったことがあるのだろうか。

「リュエールさん。僕とどこかで会いましたか?」
「面と向かってではないけど、城の回廊をクラルスと歩いているところを何度か見かけたことあるわ」
「城に出入りしていたのですか?」

 クラルスと僕は顔を見合わせた。貴族から星影団の噂は聞いていたが、対立関係にある彼女は何故か城に出入りしていたようだ。
 疑問符だらけになっているとクラルスは何か合点がいったような顔をした。

「もしかして、あなたたちは陛下が数年前に雇った噂の諜報員ですか?」
「正解。定期的に陛下に国の内情を報告するため出入りしていたのよ。もちろん内密にだけどね」

 以前母上が諜報員を雇っていると言っていた。彼女たち星影団がその諜報員らしい。裏で母上と星影団が繋がっていたなんて思いにもよらなかっ た。
 クラルスも母上が諜報員を雇っていたことを知っていたようだ。

「ウィンクリア王子。セラスフィーナ王女を救う当てがあるの?」
「それは……」
「私たちは少ないけれど兵士を抱えているわ。真実を知っているあなたがいれば、表立ってガルツが陛下たちを手に掛けた首謀者と宣言できるの」

 王都にいるセラを救い出すには僕とクラルスだけでは不可能だ。星影団に入れば後ろ盾ができることは分かっている。僕は国中に両親殺しと流布 されており、戦いになればルナーエ国とミステイル王国を相手取ることになる。
 戦いという生やさしいものではない。これは両国を巻き込んだ戦争を起こす引き金になる。僕がセラを救いたいという理由で戦争を起こしていい のだろうか。

「確かに僕たちには当てがないです。でも僕が星影団に入れば戦争になりますよね。セラを救いたい気持ちだけで人々を戦火に巻き込むなんてでき ないです」
「気持ちは分かるわ。でもミステイル王国の属国になれば待っているのは国民の徴兵よ。それに王女の命が必ず保証されるというわけではないわ」

 なりふり構わずセラを救いたいと思っていたのなら、今すぐリュエールさんの手を取っただろう。リュエールさんと出会わなければ、僕は両親殺 しの汚名を受け入れ命を差し出しただろう。
 僕の今置かれている状況すべてが判断を鈍らせる。どうすれば、何を選べば、その言葉だけが脳内を支配していた。

「ガルツの狙いは陛下と騎士団長様の喪が明けた後、セラスフィーナ王女へ正式に王位継承。その後はルナーエ国を属国にするか、ミステイル王国 に合併される可能性もあるわ。助け出すことが遅くなればなるほど不利なのは分かるわよね」
「……ルナーエ国がなくなる……」
「あなたがいなければ王都奪還は難しくなるわ。でもあなたの人生だもの無理強いはしない」

 母上たちを手に掛けたと流布されている僕からガルツに対して宣戦布告することに意味がある。まだ混乱している人々の心を揺さぶれるかもしれ ない。
 諸外国への協力を依頼する場合は一般人では相手にしてくれないことがほとんどだ。交渉する上で王子の僕が必要らしく改めて必要性を説明して くれた。

「……リア様。私はリア様が考えて選び取った選択肢であるならそれに従います。何が正解なんてないのですから……」
「クラルス……」

 ルナーエ国がミステイル王国の属国になり、宝石も奪われてしまったら隣国や大国は黙っていないだろう。元々敵国が多いミステイル王国だ。他 の国と戦争になれば属国であるルナーエ国から積極的に徴兵をするだろう。母上たちが築いてきた平和はそこにはない。
 僕が命を差し出すということはすべてから目を背け逃げることと同じだ。
 母上との別れ際の言葉を思い出す。

――どんなに辛くても生きて下さい。可能性を捨てないで――

 手に持っている少し汗ばんだ硝子の容器を強く握った。

「……戦わなくては本当の平和は得られないのですね」
「私たちが勝てる保証はないけどね」
「……僕が自分自身で選び取った道なら後悔はないです」

 僕はクラルスをまっすぐ見つめると微笑んでくれた。

「……リア様。どうするか決まったようですね」
「うん……。僕は星影団に入るよ。そしてセラを、母上たちが護ってきた国と人々を救いたい」
「かしこまりました。私はリア様の護衛ですからどこへでもお供します」

 僕とクラルスはリュエールさんの誘いを受けた。
 これからセラやルナーエ国の未来を賭けた戦いが始まる。僕は絶対に逃げたりしない。最後まで戦い抜くことを心の中で誓った。


2020/03/08 up
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