プリムスの伝承歌

メニュー




BACK←  web 拍手  →NEXT

プリムスの伝承歌-宝石と絆の戦記-

第7曲 採鉱の伝承歌

 シンが星 影(せいえい)団に入団して早一週間。今日は 拠点近くにある川のほとりで、それぞれ鍛錬に励んでいる。
 僕とクラルスは弓の練習、シンはスレウドさんと手合わせをしていた。

 弓を扱うのは王都にいたとき以来だ。
 僕の位置から二十歩ほど離れたところに印のついた板が立てかけてある。
 狙いを定めて、つがえている矢を放つ。目標の印より少し外れて板に突き刺さった。

「久しぶりだと精度が落ちるね」
「リア様でしたら何本か射れば感覚を取り戻しますよ」

 クラルスに場所を譲って彼が矢を射る。空気を裂く音とともに、矢は印の中央へ吸いこまれるように命中した。

「クラルスの腕は鈍ってないね」
「まだ的は動いてませんから。ロゼ様は目標が動いていようが、急所を射ぬいていましたからね」
「……ロゼ。無事かな……」

 ロゼはあの日の夜以来、姿を見ていない。今も彼女の安否は不明のままだ。悪いことを考えてしまう頭を横に振る。

「ロゼ様と再会したときに成長したお姿を見せてさしあげましょう」
「そうだね。ロゼに再会したときに恥ずかしくないようにするよ」

 不意にシンとスレウドさんのほうを見やると、激しく剣を交えていた。
 シンは果敢に攻めているがスレウドさんは彼の斬撃を軽く、いなしている。

「シン。頑張っているね」
「剣術はなかなかだと思いますけど、まだ本調子ではなさそうです」

 シンは数ヶ月間、食事も睡眠もまともに取れていなかったので体力が落ちているとぼやいていた。
 スレウドさんはシンのほうへ踏み込み、彼の剣を弾いた。剣が宙を舞い、地面へと落ちる。

「シン。始めたころよりはよくなっているが、途中から攻め方が単調になってたな」
「スレウドはまだ俺の観察している余裕あるのかよ」

 シンは愚痴をこぼしながら地面に座り込んだ。

「俺に勝つにはあと四年後だな。またいつでも相手してやるよ」

 スレウドさんはシンの頭を乱暴になでると、拠点へと戻っていった。僕たちは座っている彼の元へいく。

「シン。おつかれさま」
「体力も剣術も落ちていてなかなか上手くいかないな……」
「シンはすぐに感覚を取り戻せるよ」
「とにかくやるしかないか……」

 シンと何度か手合わせをしているのだが、僕のほうが勝率が高い。クラルスには一度も勝てたことはなかった。
 彼は日を追うごとに感覚を取り戻しているので、時間が解決してくれるだろう。
 シンはぐっしょりと汗をかいており、前髪から雫がぽたぽたと落ちている。

「リアとクラルスって弓も使えるんだな」
「うん。将来、父上の地位を引き継ぐことになっていたから、いろいろ習っていたんだ」
「リア様は幼いころから剣術、体術、槍術、弓術、馬術を習われていましたよ」
「えっ……。それなのに筋肉がつかないのか?」

 痛いところを彼は指摘してきた。まだ細身だけど、これから成長すると信じたい。
 クラルスは僕の護衛になってから、弓術と槍術を習い始めた。二人でロゼとクルグに厳しく指導されていたなと思い出を振り返る。

 シンは水筒の水をすべて飲み干すと、時間は早いが浴場へ行くそうだ。僕とクラルスも一緒に浴場へ行くことにした。

 脱衣所へ入るとまだ誰も利用しておらず、貸し切りだ。服を脱いで髪留めを外したとき、シンの視線に気がつく。

「シン。どうしたの?」
「リアの髪。長くて邪魔じゃないか?」
「幼いころからこの長さだったから慣れているよ」

 何歳のときなのか忘れてしまったが、一度だけ母上と父上に髪を切りたいと相談したことがあった。毎日の手入れが大変という理由 だった気がする。
 そのとき一緒にいたセラが嫌がり、大泣きをしたので以来髪を切ろうとはしていない。

 ルナーエ国の古い言い伝えで、きれいな長髪には精霊が宿るという話がある。女神アイテイル様もきれいな白銀(は くぎん)色の長髪だったそうだ。

「……後ろから見ると、おん……」

 シンはそこまでいうと口をつぐんだ。女の子みたいと言おうとしていたのだろう。
 ミステイル王国の王都へ行ったときもそうだったが、たまに性別を間違えられる。シンは僕が嫌がると思って言葉を止めたのだろう。

 浴場に入り、汗を流しているふたりを横目で見る。クラルスとシンの筋肉がついた身体がうらやましい。自分の貧相な身体が恨めしく 思う。武術で腕力が必要なことも多いので、早く成長してくれないかと願うばかりだ。

 浴場から出ると食堂からおいしそうな匂いがただよってくる。料理は素朴で優しい味がして、毎日献立を見ることが楽しみだ。
 お腹を空かせている団員たちは、早めに席へついている姿が見えた。
 食堂の席は限られているので、僕たちはいつも寝泊まりしている家で食べている。

「おぉ! いい匂い! 今日の夕飯は何だ?」
「さつまいものご飯、鶏肉と野菜の煮込みですね」

 シンはクラルスから献立を聞くと早く食堂へ行こうと急かした。

 夕食を食べているとシンの様子がおかしい。さきほどから煮込みに入っている緑の野菜をよけている。嫌いなのだろうか。

「シン。その野菜嫌いなの?」
「少し苦手……」
「食べてあげようか?」

 僕は嫌いなものは特にはない。シンに残されてしまうくらいなら食べてあげようと思った。
 その会話を聞いていた、クラルスは制止する。

「栄養を考えて作られているのですから、食べないとだめですよ」
「クラルスは俺の親か!?」
「選り好みしないリア様を見習ってください。将来、リア様のほうがシンより大きくなるかもしれませんね」

 その言葉を聞いたシンは僕のほうを見て真顔になる。
 突然、端によけていた緑の野菜をかき集めると大口を開けて食べた。そんなに僕がシンより大きくなるのが嫌なのだろうか。

「……やっぱり苦い」
「シン食べられたね! えらい、えらい!」

 彼を褒めると、顔を真っ赤にしていたので思わず笑ってしまう。シンが星影団へ入団してから僕たちの家は賑やかになった。

 ある日、いつものように川のほとりへ鍛錬に行こうとしていた。しかし家中を探してもシンの姿が見えない。

「クラルス。シンを見なかった?」
「朝食のあとから見かけませんが、どこへ行ったのでしょうね」

 かなり前からシンは姿を消していた。心配になり、僕たちはシンを探すため外へ出る。
 公会堂から話し声が聞こえたのでそちらを向くと、シンがリュエールさんと言い合っていた。シンを見つけて安堵したがふたりは何を 話し合っているのだろうか。
 僕とクラルスは顔を合わせたあと、ふたりの元へ歩いていく。

「なあ、リュエさん頼むよ!」
「何度言ってもだめよ。そんな予算ないわ」

 リュエールさんの口から”予算”という言葉が出たので、シンは何かを買いたいのだろう。

「シン、リュエールさん。どうしたのですか?」
「リア。ちょうどいいところに来たわね。シンがしつこくて引き取ってくれない?」

 僕は首を傾げた。彼はリュエールさんにしつこいと言われるまで何を頼んでいるのだろうか。

「シン、何がほしいの?」
「俺も宝石を宿して魔法が使いたいんだよ。金がないからリュエさんに頼んでいたんだ」

 彼は無一文なので星影団の経費を管理しているリュエールさんに出資してもらおうと頼んでいたようだ。

「あなた侵食症になったのに懲りないわね。だいたい、宝石がいくらするのかわかっているの?」

 宝石店に足を運んだことがないので、相場がどのくらいなのか僕もわからない。シンは首を横に振っている。
 ちょうど、宝石商人が拠点に来ているらしい。彼女から見てくるようにとうながされた。

 僕たちは拠点の入り口へ足を運んだ。男性の商人が布を広げている。その上には装飾品や宝石が並べられていた。

「こんにちは。宝石を見せてもらってもいいですか?」
「宿す用かい? それならこっちの右半分だよ」

 布を仕切ってある紐より右側が宿す用の宝石らしい。大小さまざまな宝石が並べられており、太陽の光を受けて輝いている。
 宝石はいつ見ても綺麗だなと思い、つい見惚れてしまう。値札がなかったので、商人へ聞かないと分からないようだ。

「おっさん。一番安い宝石どれ?」
「このトパーズの欠片(フラグメント)か な。 五万レピだよ」
「はぁ!? 五万!?」
「値下げ交渉は受け付けないよ」

 かなり小さめの欠片(フラグメント)だ が、最低価格に目を丸くしてしまった。クラルスに無償で宿したダイヤモンドの原石欠片(オ プティア)の、値段はどのくらい だろうと考えてしまう。
 シンはお金を持っていないので当然買えない。僕とクラルスもお金を所持しておらず、シンの宝石代を肩代わりすることはできなかっ た。

「じゃあ、これと交換してくれ」

 シンは商人へ自分が宿していたアメジストを差し出した。商人は渡されたアメジストをまじまじと見ている。
 装飾品として価値があるのなら、物々交換をしてくれるかもしれない。
 商人はひととおりアメジストを見るとシンへ突き返した。

「等価交換にはならないね。その大きさじゃあ加工したら米粒みたいになっちまうよ」
「じゃあ、これいくらだよ」
「六千レピで買い取ってやってもいいぞ。アメジストは装飾品にしか使えないからな」
「くっ……いい商売してんな」

 きれいなアメジストだけど、魔法用としての価値がないのであまり高く売れないようだ。

「これ持っていても仕方ないか……。おっさんアメジスト売るよ」

 シンは持っていたアメジストを売り、六千レピを受け取った。一番安い宝石を買うにはまだ資金が足りない。階級が高い宝石は桁がふ たつ違ってくるそうだ。

「どう? 相場はわかった?」

 いつのまにかリュエールさんは僕たちの後ろに立っていた。消耗品とは違い、宝石は値段が高いので経費を使うことは難しいのだろ う。

「わかったけど。これじゃあ買えない」
「シン。何で魔法が使いたいの?」
「便利っていうのもあるけど、やっぱり戦力として必要だろう」

 シンの言葉にリュエールさんは腕を組んだ。宝石を宿せば戦力強化になる。しかし、シンは一度、侵食症になっているので宝石を宿す ことは少し心配だ。

「団長さん。お金かけなくてもあるだろう。宝石を手に入れる方法」
「もう……。余計なこと言わないでよ」
「なんだよリュエさん! 教えてくれ!」

 商人は笑みを浮かべてリュエールさんを見ている。”お金をかけなくても宝石を手に入れる方法”と聞いて、ひとつのことを思い出し た。

「……仕方ないわね。宝石のお勉強の時間!」

 彼女は人さし指を立てた。シンは目を輝かせながらリュエールさんの話に耳を傾けている。

「あなたたち、何で原石(プリムス)が 宝石を生み出す期間を”流星の日”と言うのか知ってる?」
「原石神殿が建設される前は、流星の日に空から宝石が降っていたのですよね」
「そう、正解!」

 僕が答えるとリュエールさんは満足そうにほほ笑んだ。
 原石神殿がなかった時代、流星の日の期間は空から宝石が降り注いでいた。その光景が流れ星に似ていたので、そう名付けられたと授 業で教わったことを思い出す。
 今はフィンエンド国の技術により原石(プリムス)を 閉じ込めて室内に宝石が生成されるようになっている。

「だからね。普通に川とか道とか、そのあたりに落ちていたのよね昔は……。今はもう取り尽くされているけど」
「まさか未開の地を探せってこと?」
「違うわ。流星の日の他に宝石が生成される場所があるのよ」

 シンは首を傾げていた。あまり宝石に興味のない人は知らないと思う。今度はクラルスがリュエールさんの問いに答えた。

「火山がある地域ですね」
「クラルス。よく知っているわね。正解よ!」

 彼はいろいろな本を読んでいるので知っていたようだ。
 宝石は流星の日の他に自然生成がある。主に火山があり、自然豊かな場所から出土することが多い。
 ルナーエ国の山脈にも、宝石の採石場が何カ所かある。
 各国に宝石を採掘する専門の人がいるが、危険なことが多いため人数は少ない。一攫千金を狙っている者や、冒険心が強い者も好んで 採掘をしているそうだ。

「採石場に行って手に入れればいいんだな!」
「早まらないで。宝石の魔力を求めて魔獣も多いのよ。採石する人は少なからず身を守るために宝石を宿しているわ」
「結局だめなのかよ!」

 彼女の言葉にシンはしょげていた。武勲を上げれば買ってあげてもいいらしい。シンはまだ星影団に入団して日が浅く、団長の立場で 特別に買い与えることはできないそうだ。

「リアもクラルスも宝石宿しているし、俺は足手まといになりたくないんだよ」

 シンはただ魔法が使いたいという理由ではない。みんなの力になりたいと思っている。足手まといになりたくないというシンの気持ち は痛いほどわかった。
 もし僕がシンの立場だったらやはり宝石は宿したいと思ってしまう。

 拠点から山脈までそれほど遠くはない。確か採石場があり、整備されているはずだ。リュエールさんの許可が下りればシンのために探 しに行きたい。

「リュエールさん。シンのために宝石を探してあげたいです。僕たちが同伴でしたらシンも危なくないですよね」
「もう……リアまで」

 リュエールさんは腕を組み直して困った表情をしていた。
 商人の話によると採石場の入り口付近は取り尽くされているそうだ。奥までいかないと見つからないことが多いらしい。

「……行ってきてもいいけど条件があるわ」

 彼女が提示した条件はふたつ。一週間以内に帰ってくること。原石欠片(オ プティア)を見つけてくること。
 自由行動を認める代わりに厳しい条件が課せられた。
 短い期間で原石欠片(オプティア)を 見つけ出すことは可能なのだろうか。
 商人も厳しい条件だと苦笑していた。シンは行く気満々のようで破顔している。

「リュエさんありがとう! 絶対、原石欠片(オプティア)を 宿して帰ってくるからな! それに……」

 シンは僕のほうを向くと真剣な表情をした。

「リアは何があっても絶対俺が守る」

 シンの言葉に思わず目を丸くする。最低限自分の身を守る術は身につけているので、そこまで心配して守らなくてもいいと思う。
 彼の言葉は僕のことを思ってくれたものだ。
 否定せず、そのまま受け入れることにした。

「うん。お願いね、シン」
「なぁに調子に乗っているのよ!」

 リュエールさんはシンのおでこを人さし指で突いた。ほほ笑ましいふたりのやりとりに思わず笑みがこぼれる。

「クラルス。シンとリアをお願いね。無茶だけはしないで」
「えぇ。お任せください」

 シンはさっそく明日から採石場へ向かうと意気込んでいる。彼は旅支度をするために急ぎ足で家へ戻ってしまった。

「リュエールさん。許可してくださってありがとうございます」
「採石場を見てくるのもお勉強よ。せっかくだからリアには学んでもらいたいわ」

 彼女は、僕のことも考えて採石場へ行かせてくれるそうだ。いろいろ学ばせてくれるリュエールさんには感謝しかない。

「あっ! 条件追加するわ」
「何ですか?」

 彼女の条件追加の言葉に何を言われるのかと思わず身構える。さらに厳しい条件を追加するのだろうか。

「三人とも無事に帰ってくること! それが追加の条件よ」

 意外な条件でクラルスと顔を見合わせる。リュエールさんは僕たちに笑顔をくれた。

「はい。シンへ伝えておきますね」
「見送りには行けないけど、気をつけていってらっしゃい」

 彼女は厳しいことも言うが、みんなのことを常に考えていてくれている。リュエールさんの気配りには感心するばかりだ。
 僕とクラルスもシンのあとを追い、採石場へ向かうための準備を始めた。

 次の日、採石場を目指して僕たちは歩き出した。空を仰ぐと雲ひとつない快晴。優しい風が僕たちの髪を揺らしていた。
 馬は貸してもらえなかったので徒歩での移動だ。ゆっくり歩いても二日くらいで目的の場所へ着くだろう。
 往復で四日使ってしまうため、実質探す期間は二日だ。短い期限なので早めに探したい。

「シンはどんな属性の宝石を宿したいとかあるの?」
「そうだな。リアが回復系でクラルスが防御系なら俺は攻撃系がいいな」
「攻撃系ならルビー、シトリン、エメラルドかな?」
「希望している原石欠片(オプティア)が 見つかるといいけど。リュエさんの条件厳しいな」

 左手の爪にある刻印を見つめた。
 月石の魔法は付与(エンチャント)と 治癒魔法しか使ったことはない。城の書庫にあった書物によると、防御魔法も使えるらしい。練習をすれば使えるようになるのだろうか。
 まだ月石については知らないことばかりだ。

「流星の日で原石欠片(オプティア)が 生み出される確率は千分の一です。自然生成になると、また確率が低いかもしれませんね」
「クラルス。そういうこと言うなよぉ。見つけ出す自信なくす……」
「失礼しました。しかし、確率が低いことは事実です。何も収穫がないということも頭に入れておいてくださいね」

 シンの熱意に押されて宝石を探しに出たが、何も見つからない可能性もある。
 不安もあるがせっかくリュエールさんに外出許可をもらえたので見つけ出したい。

 二日間、陸路を歩くと山脈の(ふもと)へ 着く。昼間でも少し薄暗い雑木林を抜けると、山肌に口を開けた洞窟が 見えてきた。ここが採石場なのだろう。
 周りにひと気はなく、静まりかえっていた。

「ここが採石場? 普通の洞窟みたいだな」

 シンはあたりを見回しながら洞窟へ近づく。
 不意に採石場のほうから気配を感じたので意識を集中させた。洞窟の奥から熱源のようなものを感じる。
 プレーズの森にいた魔獣から同じものを感じたことがある。宝石から発せられている魔力なのだろう。

 感じる感覚に強弱差がある。まだ眠っている宝石があちらこちらに散らばっているようだ。
 だいぶ奥のほうから、強い魔力を感じる。階級の高い宝石が見つかるかもしれない。

「ねぇクラルス。採石場から魔力を感じないかな?」

 クラルスへ訪ねてみると、彼も採石場のほうへ意識を集中させる。

「……場所ははっきりとわかりませんが、数ヶ所から何かを感じますね。宝石からの魔力でしょうか?」
「そうだと思う。奥のほうだよね」

 クラルスも魔力を感じ取ったようだ。シンも僕たちの真似をして採石場へ意識を集中させているが、何か感じるのだろうか。

「うーん。俺は何も感じない。宝石を宿した人の特権か?」
「そうかも」

 シンは悔しがって、ますます宝石がほしいと嘆いている。

 そのとき、背後から気配がした。僕たちは同時にそちらのほうを振り向く。
 少し遅れて草むらから男性が姿を現した。無精髭を生やし、めがねをかけた(に び)色の髪が特徴的だ。

「こんなところで人に遭遇するのは珍しい。宝石を探しに来たのか?」
「こんにちは。あなたもですか?」

 彼はめがねの位置を中指で直すと、僕たちをまじまじと見ている。

「見たところ採石場へ来るのは初めてのようだな。装備を見てすぐわかる」

 彼の身なりは肌の露出が少ない服装だ。背負っている鞄の横には小さなつるはしや角灯が下げられている。採石になれている人なのだ ろう。
 僕たちもリュエールさんに助言されて、最低限必要な道具は持ってきている。しかし、身なりがそぐわないので彼はそうなげかけたの だろう。

「私たちに声をかけたのですから、何かあるのでしょう? あなたの目的は何ですか?」

 クラルスは僕を庇うように前へ出る。男性は口角を上げて見据えた。

「察しがいい。よかったら君たち一緒に行動をしないか? 見る限り剣の腕は立つのだろう。魔獣も出るし俺一人だと奥まで行くのが 困難でね」

 どうやら彼は僕たちと一緒に行動がしたいようだ。僕たちは採石場に入ることが初めてなので、なれている人がいると心強い。

「もちろんただでとは言わない。宝石の換金額を折半するのでどうだ? 俺は君たちに知識を貸す、君たちは俺の護衛をする、で相互利 益もある」
「……リア様いかがなさいますか?」
「僕は大丈夫だよ。シンは?」

 シンは少し考えたあと、言葉を紡いだ。

「条件が不服だな」
「折半は不満か? 希望があるなら聞くぞ」
「俺の条件は原石欠片(オプティア)を 見つけたらひとつ譲ること。それ以外の宝石はあんたの取り分で構わない。この条件じゃない と協力はしない」

 男性は条件に目を丸くしていた。シンは僕に近づいて耳に顔を寄せると声をひそめる。

「リア。なんとなく宝石がある場所わかるんだろう。俺たちだって最低限の装備はある。こいつと組む利点ねぇよ」
「僕たち採石場は初めてだから、なれている人が一緒にいたほうがいいと思うよ」

 魔力を感じるといっても、その発生源が宝石とは限らない。体内に宝石を取り込んでいる魔獣の可能性もあった。
 僕とシンがひそひそと話していると、男性は咳払いをする。

「……まぁいいだろう。こちらも条件変更だ。原石欠片(オプティア)が 見つからなくても分け前を寄越せと言わないこと だ」
「わかったよ」
「交渉成立だな。短い間だが世話になる。俺はリックだ」

 彼は宝石収集家という職業らしい。見つけた宝石を宝石店や商人へ売って生計を立てているそうだ。
 僕たちも彼に自己紹介をする。

「俺はシン」
「リアです。よろしくおねがいします」
「……クラルスと申します」

 流石に王子ということは隠しておいたほうがいいだろう。リックさんは怪訝(け げん)な顔を僕たちに向けていた。

「君たちは何の集まりだ? ”リア様”と言っていたが君は貴族か?」
「……は……はい」

 クラルスのほうを見ると申しわけなさそうな顔をしていた。彼は僕を敬称なしで呼ぶことは僕の命でもできないだろう。貴族と言えば 誤魔化せるのでそれでとおすしかない。
 リックさんは腑に落ちない様子だったが先に採石場へと入っていった。

「……シンのときもそうでしたが、不審に思われてしまいますね」
「リアのこと呼び捨てにすれば?」
「それはできかねます」

 予想どおりで思わず苦笑する。僕は別に構わないのだけれど、クラルスは嫌がっているので無理強いはしたくない。
 リックさんのあとを追い、僕たちも採石場の中へ足を運んだ。

 採石場内に入ると、洞窟の壁に角灯が下がっている。淡い光が洞窟内を照らしていた。
 角灯の中をよく見ると、小さなルビーが入っている。宝石が炎をまとっている不思議な光景。
 ルビーがこの先の角灯にすべて入っているのだろうか。

「この角灯、全部ルビーが入っているのですか?」
「そうだ。油を燃料にしても数時間しか持たない。ルビーの場合は数十年燃え続けるはずだ」
「そんなにですか!?」

 宝石は犠牲になってしまうが、暗い採石場で何十年も照らし続けてくれることはありがたい。
 角灯の道標は洞窟の奥まで続いている。
 リックさんを先頭に歩いているが、分岐路があっても彼は迷いなく進んでいる。
 ここにひとりで来たということは彼も宝石を宿しているはずだ。リックさんの手を見てみるが厚い手袋に覆われていた。

「リックさんは何の宝石を宿しているのですか?」
「見るか?」

 彼は足を止めて、左手の手袋を外すと飴色の爪が現れた。この爪の色と刻印はトパーズを宿している証。土属性の宝石だ。

「トパーズですね」
「土属性の魔法は便利でな。土の硬さを変えられるんだ。宝石を採取するときに傷つけずに済む」

 リュエールさんの魔法もそうだが、魔法はいろいろな使い方があるのだと感心する。僕も月石の魔法を応用して何かできないだろう か。

「俺はかすかだが、宝石からの魔力を感じる。正確な位置まではわからないがな。階級の高い宝石を宿している奴や魔力が高い奴は、宝 石から放たれる魔力の強弱や位置がはっきりわかるらしい」

 僕はクラルスと顔を見合わせた。まさかすぐそばにいる僕に原石(プリ ムス)が宿っているとはリックさんには言えな い。月石のことは隠しておい たほうがいいだろう。

「君たちもここに来たということは誰か宝石を宿しているのだろう。ここは生身の人間が少人数で来るようなところではないからな」

 リックさんの質問に顔が強張る。僕が宝石の話を振ってしまったので、同じ質問をするのは当たり前だ。
 口をつぐんでいると、クラルスがリックさんに左手を見せた。

「私がダイヤモンドを宿していますよ」
「ほう。ダイヤモンドとは珍しい」
「宿している方は見かけませんよね」
「今まで宝石を宿している奴とは何人も会ってきた。ダイヤモンドを宿しているのは君が初めてだ」

 彼は興味本位で宿した人は、侵食症になりかけたと笑いながら話している。
 以前リュエールさんやルフトさんもダイヤモンドを宿している人は珍しいと言っていた。

「噂だが”まっすぐ強い意志がある者”が宿せるらしい。君は真面目そうだから何か強い志があるのだろう。それが宝石に認められたの かもしれんな」

 クラルスは僕のほうを向くと優しくほほ笑んだ。

「……そうかもしれませんね」

 彼は僕を守るという強い意志がある。斎主様が原石(プリムス)の 教えと話していたのでリックさんの言葉はあっている のかもしれない。
 彼が今までそばにいてくれたから、負の感情に押し潰されそうになっても立っていられた。
 クラルスの存在にはいつも助けられている。

「リア。君は何か宿しているのか?」
「……いえ。僕は何も」
「そうか……」

 なぜ僕に聞いたのだろうか。こちらを見ているリックさんはじろりとにらみつけていた。
 彼はクラルスに視線を移し、ダイヤモンドについてしつこく質問をしている。珍しいので気になるのだろう。
 リックさんは話ながらでも迷わず歩みを進めていた。

「なぁ、リック。適当に歩いているんじゃないだろうな」
「あぁ、そろそろ宝石があるはずだ。その証拠に魔獣がいるようだな」

 彼があまりにも淡々と話すので、思考が追いつかなかった。
 耳をすませると、何かがこちらに向かってくる足音が複数聞こえる。ゆるやかな曲がり道から犬型の魔獣が姿を現す。頭は割けてい て、うなり声を上げながらこちらに近づいてきていた。あまりにも奇怪な容姿に思わず顔を歪める。

「じゃあ頼んだぞ」
「頼んだぞって、突っ立ってないで魔法で援護しろよな」
「俺の魔法は採掘をするためにあるんだ。何のために君たちがいるんだ」

 リックさんは後ろへ下がると、クラルスとシンは抜剣をして魔獣と戦い始めた。僕も加勢したいが通路が狭いため大人しく後ろにいた ほうがいいだろう。
 弓を持ってきたのだが、彼らの隙間を狙って射れるほど器用ではない。

 クラルスは剣に付与(エンチャント)を しているため、魔獣を柔らかいものを斬るかのように剣を振っている。シンは的確に 急所を狙い、斬り伏せてい た。

「ダイヤモンドの付与(エンチャント)は 初めて見たな。なるほど……」

 リックさんはクラルスをまじまじと観察していた。不意に聞こえてきた後ろからの足音に気がついて振り向く。
 魔獣が僕たちに襲いかかろうと前足を振りかぶっている。とっさに短剣を抜き、急所へ斬撃を入れる。魔獣は短い断末魔を上げて絶命 した。

「リックさん。後ろも見ていないと危ないですよ」
「……君の剣術もなかなかだ。ただの貴族のお坊ちゃんではないな」

 彼は後ろから襲われたことは気にもしていない様子だ。シンとクラルスは魔獣を倒し終えるとひと息ついた。リックさんはふたりに目 もくれずに奥へ進んでいく。

「リア様。ご無事ですか?」
「うん、大丈夫。ふたりともお疲れさま」

 休憩をする暇もなく、僕たちは剣を収めてリックさんの後を追う。彼に追いつくと、壁に向かって何か呟いていた。

「あいつ宝石以外、興味ないって感じだな」

 シンは呆れた顔で苦笑している。
 リックさんの隣へ行くと、岩盤から頭を出している赤い宝石を見ていた。天然のルビーだ。角灯の灯りを反射して輝いている。
 原石神殿で流星の日を見たときと同じ感動を覚えた。宝石を採石したい人の気持ちがわかった気がする。

「ルビーきれいですね」
「見たところ欠片(フラグメント)だ な」
「天然の宝石は初めて見ました」
「何十年、何百年とかけて宝石が生まれるんだ。大地が生きているように感じるだろう」

 シンは原石欠片(オプティア)で はないのかと口を尖らせていた。
 リックさんはルビーの周りに両手を置くと、岩盤が粘土のように変化する。岩盤はゆっくりと溶けてルビーが床に落ちた。

 トパーズの魔法を見るのは始めてだ。本来は防御魔法中心の宝石。リックさんはそういう魔法は使わずに応用した魔法を使用してい た。
 確かに宝石の採石には相性のいい魔法だと思う。

 ルビーを拾い上げて彼へ手渡す。リックさんは宝石を布に包んで、腰に下げている鞄に入れた。
 彼はあまり喜んでいる様子はない。欠片だからだろうか。
 だいぶ奥まで来たが、宝石はひとつしか見つかっていなく不安になる。

「先に進むぞ」
「リック。見つかる頻度ってこんなものなのか?」
「ここの採石場はかなり古いからな。もう少し奥へ行けばあと数個は見つかるだろう」

 リックさんは足早に奥の通路へ歩いていった。

 またしばらく歩くと、今度はミミズが大きくなったような魔獣が現れる。先端の口らしき箇所から無数の牙が生えていた。
 魔獣は野獣と違い異形なものが多い。シンはミミズ型の魔獣を見て顔を引きつらせた。

「うぇ! 気持ち悪い!」
「奥へ行くにつれて魔獣も増えてきましたね」

 クラルスとシンは魔獣が出るたびに戦闘を任されている。体力は大丈夫だろうか。特にクラルスは付与(エ ンチャント)をしな がら戦っているので、魔力が心配だった。

 魔獣を倒しつつ進み、シトリンやエメラルドを見つけた。洞窟の奥へ行くにつれて、宝石が見つかりやすくなっている。しかし、どれ も欠片(フラグメント)だった。

「ずいぶん奥まで来たね」
「えぇ。それに洞窟内ですと時間の経過がわからないですね」

 洞窟へ入ってから何時間たったのだろうか。時間経過の感覚がわからない。
 入ったときが昼くらいだった。もう夜なのかもしれない。ずっと歩いているので、足も少し痛くなってきた。

「よし、そろそろ休むか」

 しばらく歩くと分岐路の片方が行き止まりになっている場所を見つける。
 入り口は魔獣が来ないかリックさんが見張りをしてくれるらしい。採掘場内では、疲れたときに適当に休むそうだ。

 仮眠を取る前に採石場内へ意識を集中させる。入り口で感じていた魔力の発生源を強く感じた。
 まだ奥のほうだが、このまま歩いていけば辿り着ける。
 シンは意識を集中させていることに気がついて、僕の耳に顔を寄せた。

「リア。何か感じるのか?」
「入り口で感じていた強い魔力なんだけど、だいぶ近づいているよ」
「もしかして原石欠片(オプティア)?」
「多分ね。魔力の発生源の位置が動いていないから、そうだと思う」

 魔獣からの魔力なら発生源が同じ場所へ留まっていないだろう。入り口では意識を集中させないと魔力を感じ取ることはできなかっ た。今は集中しなくてもなんとなく感じるくらいまで近づいている。

「クラルスはどう?」

 クラルスも洞窟内に意識を集中させた。そのあと僕に耳打ちをする。

「私は集中すればなんとなく位置がわかるようになってきました。もう少しだと思いますので頑張りましょう」
「君たちさっきから何をこそこそ話しているんだ。仮眠しないと身体が持たんぞ」

 リックさんにうながされ、僕たちは慌てて身体を横にした。
 目をつむり、しばらくするとシンとクラルスから寝息が聞こえてくる。僕はなれない環境なのでなかなか寝つけずにいた。
 寝返りをして入り口のほうを向く。クラルスの寝ている横顔が見えた。僕だけ楽をしているような気がして申しわけなくなる。

 ふと視線に気がつくとリックさんと目が合った。彼の視線が少し移動する。僕の手を見ているようだ。リックさんは、僕に宝石が宿っ ていることがわかっているのだろうか。

 彼の視線にいたたまれなくなり、左手を隠すように逆を向いた。勢いよく寝返りをしたのでシンに当たってしまう。
 彼は薄目を開けると、僕を引き寄せて抱きしめた。
 シンの突然の行動に戸惑う。彼に言葉をかけようとしたが、頭の上から寝息が聞こえてくる。
 完全にシンは寝惚けていたようだ。思わず苦笑してしまう。

 ちょうど左手が隠れる体勢になっていた。寝ている間にリックさんから手を調べられる心配はなさそうだ。万が一この体勢で触れられ たら寝ていても僕かシンが気がつくと思う。
 シンの体温が心地よくてうとうとしてきた。人肌に触れて眠るのは久々だ。

 幼いころ、母上と父上は僕とセラが寝つくまで一緒にいてくれた。父上は大きな手で頭をなでて、母上は優しい声で子守歌を歌ってい た懐かしい思い出。
 あたりまえに与えられていた両親からの愛情を、亡くしてしまった今、噛み締めている。

 今も野営のときは、クラルスやシンが隣にいてくれて、ひとりのときよりも安心して眠れていた。僕もまだまだ子どもなのだと思う。
 そんなことを考えながら眠りの海に意識を沈めた。


 不意に意識が覚醒する。まだシンは僕を抱きしめていた。クラルスの外衣が僕とシンにかかっていることに気がつく。彼は一度起き て、僕たちにかけてくれたようだ。
 ふたりとも疲れているのか、まだ規則正しい寝息をたてていた。特にクラルスは付与(エ ンチャント)を長時間していたので 魔力も消費している。特に疲れているだろう。

 リックさんに身体を触られた形跡はないので安堵した。シンの腕からそっと抜けて起き上がる。
 入り口のほうを見るとリックさんの姿が見えない。彼はどこへ行ってしまったのだろうか。不安になり、通路まで出てみる。
 リックさんはすぐ近くの角灯の下で、見つけた宝石をながめていた。

「……リックさんは寝ないのですか?」
「リア。起きたか。俺は先ほど仮眠から起きたばかりだ。見てみろ、この宝石たちきれいだろう」

 彼の隣に座り、布の上に置かれている宝石を見つめる。角灯の炎のゆらめきで、乱反射する光がきれいだ。

「これを宿しているだなんて、不思議だな。宝石も魔法も幻想的で美しい」
「リックさんは魔法も好きなのですか?」
「可能ならば原石(プリムス)同 士の魔法戦を見てみたいものだな」

 リックさんは宝石を採掘する他に魔法を観賞することも好きらしい。道中ずっとクラルスの付与(エ ンチャント)を食い入るように見ていた。
 彼は原石(プリムス)を 見つけ出すことが目標らしい。

「まだ世界には見つかっていない原石がある。あわよくば原石(プリムス)に 宿主として選ばれたいものだな。最高位の魔法がどういうものか気にな る」

 リックさんの言葉に押し黙る。僕は原石に選ばれた立場だが、望んだものではなかった。
 ときどき、なぜ僕が選ばれたのだろうと考える。月石、原石(プリムス)に ついてはほんの一部のことしか知らない。 もっと知りたくても誰に相談 すればいいのかわからなかった。

「君は隠し事が下手だな」
「……えっ?」

 突然、リックさんは僕の左手首を掴んだ。何をしようとしているのかわかり、手を握りしめる。
 彼の手を振り払って逃げようとしたが、その場に押し倒された。声を出そうとしたとき口を手で押さえられる。

「リア。何の宝石が君に宿っている。採石場の入り口で君たちのやりとりを見ていたからわかっているんだ」

 あまりにも唐突なことで思考が停止する。リックさんは僕の爪の刻印を見ることに必死で、左手にぎりぎりと力を入れた。僕は爪の刻 印を隠そうと手を強く握る。

 彼は初めから僕に宝石が宿っていることはわかっていた。僕が隠していたので、何か特別な宝石が宿っているのだと勘ぐったのだろ う。
 月石のことが露見してしまったら何をされるかわからない。

「何も盗ろうとはしない。見せるだけでいいんだ」

 リックさんの必死さに恐怖を感じた。宝石のこととなると豹変する人なのだろう。
 僕は抑えられていない右手で彼の頬を殴る。力が緩んだので腹を蹴り飛ばし、リックさんを押し退ける。乱暴をしてしまったが自己防 衛だ。
 乱れた呼吸を整えようと肩で息をする。

「……っやめてください」
「まったく乱暴だな」

 それは僕が言いたい言葉だ。騒ぎを聞いてシンが僕たちの元へやってきた。リックさんは頬をさすりながら、悔しそうな顔をしてい る。

「リア。どうかしたか?」
「……邪魔が入ってしまったな。もう少しで刻印が見られたのだが」
「はぁ!? お前リアに何をした!」

 シンは殺気立って抜剣をする。彼がリックさんを斬りつける前に慌てて抑えた。

「シン! 僕は大丈夫だから、剣を収めて!」
「そうそう俺を殺さないほうがいい。君たちが帰る道が分かるなら別だけどな」

 シンは舌打ちをして剣を収める。
 僕たちは複雑に入り組んだ道を何度も通ってきた。リックさんがいなければ採石場の外へは出られない。彼は自分を人質に身の安全を 確保して狡猾(こうかつ)だ。

 リックさんの豹変には驚いたが、興味本位で刻印を見たかっただけで他意はないだろう。好奇心が行き過ぎてしまったのかもしれな い。
 シンはリックさんをにらみつけた。

「……もうリアに近寄るなよ」

 シンは僕の手を引いて、クラルスが寝ている場所へと戻る。彼は手を離すと大きなため息をついた。

「シン。ありがとう」
「あの宝石狂が……命拾いしたな。クラルスだったら有無を言わせずその場で殺されていたぞ」

 クラルスは僕のこととなると何をするのかわからないので思わず苦笑した。
 彼は疲れているのか、あれだけ騒いでいたのだがまだ眠っている。

 シンと話し合い、さきほどのリックさんの件はクラルスには話さないことを決めた。彼に余計な心配をさせたくない。
 そのとき、リックさんがこちらに顔を覗かせた。

「君たち、そろそろ出発するぞ」
「あぁ。わかったよ。俺たちが行くまでそこを動くな」

 彼は肩をすくめて通路へと戻る。まだクラルスは気持ちよく寝ているのだが、ゆすって起こす。

「クラルス……」
「ん……リア様……?」
「大丈夫? 起きられる?」
「おはよう。お寝坊さん」

 シンはまだ半分夢の海をさまよっているクラルスに悪態をつく。
 彼は一瞬で覚醒して、跳ねるように起き上がると、顔を赤らめた。どうしたのかと思い首を傾げる。

「も……申しわけございません。リア様より遅く起きてしまうとは失態です」
「気にしないで。疲れていたんだね」

 シンに頼んで、リックさんをこの場から遠ざけてもらう。足音が遠ざかったことを確認して、クラルスの左手に手を重ねた。
 彼は何をされるのかわかったようで手を引こうとする。クラルスの手を離さないように強く握りしめた。

「魔力譲渡させて。僕、このくらいしかできないから」

 重なっている手の間から光がこぼれる。シンとクラルスは僕を戦いに参加させないようにしていたので、自分ができることで助けた い。

「リア様。もう大丈夫ですよ」
「クラルス。もっと僕のこと頼っていいよ」
「リア様からそう仰っていただけると心強いです」

 彼は優しくほほ笑んだ。いつか僕もみんなと肩を並べて戦いたい。
 クラルスは外衣を羽織り、通路まで出る。シンは僕たちが出てきたのを見計らってリックさんとこちらへ歩いてきた。

「さて、もう少しで強い魔力を感じるところへ着く。宝石を宿しているのなら感じるだろう」
「え……えぇ。そうですね」

 リックさんはちらりと僕のほうを見ると、先に歩き出した。
 シンはさきほどのことを心配して僕にぴったりと寄り添って歩いている。クラルスは怪訝な顔をシンに向けていた。そこまでリックさ んのことは警戒しなくてもいいと思うが、シンはずっと彼の背中をにらみつけている。

 しばらく歩いていると、肌寒く感じてきた。奥から冷気が流れ出しているようだ。

「少し寒いね」
「だいぶ奥まで来たし、こんなもんだろう」

 シンは特に気にしていないようだ。角灯の間隔がだいぶ広がっている。このあたりまで来た人は少ないのだろう。

 拓けた場所へ出ると寒さが増した。はく息が白くなっているのがわかる。さすがにみんなも異常な寒さだということを感じているよう だ。

「この冷気は異常だな」
「さみぃ! どうなってんだ?」

 奥の岩壁から冷気とともにすさまじい魔力を感じる。あたりを見渡したが幸い魔獣はいないようだ。
 リックさんが角灯を高く上げると、岩壁にある瑠璃色の宝石を見つける。彼はいの一番に走り出し、宝石を食い入るように見ていた。
 僕たちも後を追い宝石へ近づく。

「これは……ラピスラズリだな。この魔力、原石欠片(オプティア)に 間違いなさそうだ」
「やっと見つけた! 長かったなぁ」

 シンは安堵とうれしさが混じった表情をしていた。
 ラピスラズリは氷属性の宝石。この場所に充満している冷気にも納得がいく。シンの髪色と宝石の色が似ているので彼にぴったりな宝 石だ。

「おい、リック。約束は忘れていないだろうな」
「あぁ。わかっている。慎重に採るから少し黙っていてくれ」

 ラピスラズリは宝石の中でも柔らかい部類に入るので、時間をかけて採取するようだ。
 リックさんは不意に右端から奥へ延びている通路に目を向けた。

「……何かあそこの奥から感じないか?」
「そうですか?」

 僕たちは顔を見合わせる。特に魔獣の気配などは感じなかった。

「すまないが見てきてくれないか。採取にはまだ時間がかかる」

 魔獣が来ないか心配なのだろう。安心させるためにも僕たちは奥の通路を確認しに行く。
 クラルスが角灯を持って先に入り、そのあとにシンと僕がつづく。通路はゆるやかな下り坂になっており、奥のほうに角灯の光が見え た。

 そのとき、僕は背中を手で強く押される。勢いよくシンに覆い被さるように倒れてしまう。彼も突然のことで支えきれずにクラルスに 向かって倒れた。
 クラルスも僕たちを支えられず一緒に地面へ転がる。角灯が投げ出され、乾いた音を立てた。

 振り返ると、リックさんが魔法で土を隆起させて通路を塞ごうとしている。彼の手の中には、ラピスラズリがあった。

「あの野郎っ!」
「俺も原石欠片(オプティア)は なかなか見つけられないのでな。運がよければ他の採石者に助けてもらえるだろう」

 シンは剣を抜き、坂を駆け上がる。彼が振った剣は、隆起した土に阻まれた。通路は完全に封鎖され、僕たちは閉じ込められてしま う。

 リックさんは初めから原石欠片が見つかっても、渡すつもりはなかったのだろう。あまりにも唐突な彼の裏切りに言葉が出なかった。
 クラルスは角灯を拾い上げてため息をつく。

「あの野郎! 最初から俺たちを出し抜くつもりだったな!」

 シンは悔しくて岩壁に剣を何度も叩きつける。クラルスは僕に角灯を渡すと、剣を抜いた。

「シン。下がっていてください」

 彼は剣先を塞いでいる岩壁に突き刺す。クラルスが魔力を送ると、入り口を塞いでいた土は砂のように崩れ落ちた。
 魔法で生成された土なので、ダイヤモンドの魔法干渉が有効だったようだ。
 僕たちがラピスラズリがあった場所へ戻ると、宝石とともにリックさんは姿をくらましていた。

「リックさん、いないね」
「私たちは上手く使われてしまいましたね」

 シンは殺気立っており、ありったけの暴言をこの場にいないリックさんへ吐いていた。
 まだそんなに時間はたっていないので、彼を追いかければ間に合うかもしれない。僕は約束を違えられることは嫌いなので、リックさ んへ怒りを覚える。

「とりあえず後を追いましょうか」
「あたりまえだ! クラルス、リア行くぞ!」

 シンは僕の持っていた角灯を奪って、勢いよく走り出した。宝石のこともあるが、僕たちは来た道を覚えていない。リックさんの案内 がなく採石場から出られるのか心配だった。

 しばらく道なりに走っていると、短い悲鳴が聞こえた。声からするとリックさんだろう。
 急いで彼の元へいくと、リックさんは大きな蜘蛛型の魔獣に襲われていた。何十匹もいるので彼ひとりでは手に負えないようだ。
 魔獣たちは原石欠片(オプティア)の 魔力につられて集まってきたらしい。

「よおリック。いい様だな」
「……四面楚歌だな」
「何言ってやがる! よくも俺たちを騙したな!」

 シンが怒鳴っている間にも魔獣はリックさんを襲っており、彼は短剣で応戦していた。
 僕は黙ってみているわけにもいかず短剣に手をかけた。加勢しようと足を踏み出したとき、クラルスに制止される。

「クラルス……?」

 彼は困った表情をして口の前に人さし指を立てた。シンとクラルスは加勢する様子はない。このままリックさんを見捨ててしまうのだ ろうか。
 シンは腕を組んで、高みの見物を始めた。

「大変そうだなリック。ラピスラズリを渡せば、助けてやってもいいぞ」
「何を……」
「別に俺たちはどっちでもいいんだぜ。魔獣に食われたお前の亡骸から宝石を取れるからな」

 シンの顔が完全に悪党だ。彼は騙されて相当怒っている。僕とクラルスは顔を見合わせて苦笑した。強引な取引だが、シンに任せよ う。

「あとで渡すから助けろ」
「渡すのが先に決まっているだろう。おまえは信用ならねぇ」

 リックさんは舌打ちをして、腰に下げている鞄からラピスラズリを取り出した。彼は宝石を乱暴にシンへ投げる。
 さすがに命には替えられないのだろう。シンが宝石を受け取ると同時に、魔獣が彼に襲いかかる。

「シン!」

 僕とクラルスは抜剣をして応戦をする。飛びつこうとしている魔獣を次々に斬り伏せた。
 倒しても魔獣は分岐路から現れ、きりがない。

「これでは(らち)が明 きませんね」
「こっちだ。走るぞ」

 リックさんに案内され、入り組んだ道を走っていく。後ろを振り返るとまだ魔獣は追ってきていた。このまま入り口まで行ってしまう と、他の採石者がいた場合危険だ。

「リックさん。トパーズの魔法で魔獣の進路を塞いでください」
「馬鹿言うな。塞ぐまで時間がかかる。壁を生成するのは間に合わん」
「僕が時間を稼ぎますので、お願いします!」
「リア様! 危険です!」
「こんなにたくさんの魔獣が外に出たほうが危険だよ!」

 走りながら腰に下げていた弓を掴み、矢をつがえる。放たれた矢は魔獣に命中をして、金切り声が上がった。
 ありったけの矢を使い魔獣を牽制する。その間にリックさんは土を隆起させ、通路を塞いだ。しばらく蜘蛛がうごめく音が聞こえた が、しだいに遠のいていった。
 魔獣の群れから逃げられたようで安堵する。クラルスは慌てて僕のもとへ駆け寄ってきた。

「リア様。お怪我はありませんか?」
「大丈夫だよ。みんな無事だね。よかった」

 リックさんはため息をついて、めがねの位置を中指で直した。シンは怒りが収まらないのかリックさんの胸ぐらを掴む。

「シン、やめて! 宝石は手に入ったからいいでしょう?」

 慌ててふたりの間に入り引き剥がした。リックさんは冷たい目で僕たちを見ている。

「……そんな素直じゃ世の中で生きていけないぞ。騙されるほうが悪い」
「騙すほうが悪いに決まっているだろう! 自分を正当化すんな!」
「俺は何年も採石をやっていて原石欠片を発見したのは今回が初めてだ。お前たちみたいな初めて採石へ来た奴に渡せると思うか?」

 シンは眉をつり上げてリックさんをにらみつけていた。彼にどんな理由があろうとも約束なので守ってほしい。

「……今回はいつもより欠片の収穫がよかったから、よしとするか」

 リックさんは詫びれもない様子だった。本当に宝石のことしか頭にないのだろう。彼はためいきをつくと、僕たちの横をすり抜けて歩 き出した。

「ここから先は一本道だ。用も済んだし俺は先に出る」
「自分勝手な奴だな……」

 リックさんは立ち止まると僕たちのほうへ振り返った。

「採石場に来ることが初めての君たちが原石欠片(オプティア)を 見つけられた。もしかしたら宝石が導いてくれたかもしれ ないな」
「宝石が……ですか?」
「……まぁ、まぐれだろう。リア、次に会う機会があれば左手をみせてくれ。今も気になって仕方ない」
「……お断りします」

 僕の答えを聞いた彼は顔を歪めて苦笑する。リックさんは左手を軽く上げると、立ち去っていった。
 彼の姿が見えなくなったところでため息をつく。

 リックさんはとてもあくが強い人だ。長時間一緒に行動して、どっと疲れが押し寄せてくる。
 彼がいなければラピスラズリを手に入れられなかったかもしれない。しかし、一連のリックさんの行動を考えると彼とはもうかかわり たくない。

「リア様。シン。私が寝ている間に、何かあったのですね」

 クラルスに問い詰められたので正直に話すことにした。本当、リックさんは余計なことを言う。

「黙っていてごめん。実はリックさんに無理やり刻印を見られそうになったんだ。シンが来てくれたから大丈夫だったよ」

 彼は悲しそうな表情をしている。クラルスに心配をかけたくなくて黙っていたのだが、逆に不安にさせてしまった。
 僕たちのやりとりを見ていたシンが言葉を紡ぐ。

「クラルス。俺がリアにリックの件は黙ってろって言ったんだ。お前に心配かけたくなかった」
「……えぇ。承知しておりますよ。とりあえず外へ出ましょうか」

 シンは自分が指示したと嘘をついた。僕があとで何か言われるのではないのかと思ったのだろう。否定すると話がこじれてしまうの で、そのまま黙っていた。

 シンは宝石を取り出し、てのひらへ乗せる。瑠璃色の綺麗なラピスラズリから強い魔力と冷気を感じた。

「この宝石冷たいな。氷属性だからか?」
「そうかもね。魔力がすごい濃縮されているみたい」
「私でも強く感じますね」

 幼いころから原石(プリムス)が 宿っていたが、魔力を感じたことはなかった。たくさんの宝石に触れ、魔法を使用した ので感覚が研ぎすまされてきているのかもしれない。

 シンは大切そうにラピスラズリを腰にある鞄へ収めた。

「クラルス。この近くの街ってどこだ?」
「トラシアンが一番近いですね。半日くらい歩けば着くと思いますよ」

 僕たちは採石場近くの街であるトラシアンへ向かう。リックさんが言った通り、入り口までは一本道だった。

 久々に洞窟から外へ出て、太陽の光がまぶしく感じる。新鮮な空気をたっぷり吸い込み、空を仰ぐ。太陽の位置からすると昼くらいだ ろう。丸一日採石場内にいたらしい。
 不意に短い鳥の鳴き声が聞こえる。森の中から一羽の鳥が舞い上がった。

「あっ! カルム!」

 僕の声を聞いたカルムは、一目散に肩へ止まった。頭をなでると、目を細めている。リュエールさんが心配で寄越したのだろうか。カ ルムの足には紙がくくりつけてある。

 ―何かあったらカルムに手紙をくくりつけて飛ばしてね。リュエール―

「リュエールさん。心配なのでしょうね」

 クラルスは苦笑している。
 シンがカルムを触ろうとしてそっと手を伸ばした。それに気がついたカルムは僕の肩を伝って、クラルスの肩へ移動する。
 シンはあまり好かれていないようだ。

「まだだめか!」
「これから仲良くなれるよ」

 トラシアンは採石場から南に位置する街だそうだ。僕たちは休憩を挟みながら街へ向かった。

 街へ着くと夕刻になっていた。僕とクラルスは外套をかぶり街に足を踏み入れる。
 トラシアンは街の中央に象徴である巨大な噴水がある。街の人たちは縁に座って談笑や待ち合わせなどをしていた。建物は白と青を基 調としているものが多く見られる。
 街の案内板を確認して、さっそく宝石店へ向かう。シンの足取りは軽く、早く宝石を宿したいようでうずうずしていた。

 この街の宝石店は採石場が近いため、他の街の宝石店より規模が大きい。小さな街の宝石店では、宝石師が販売も兼業している。トラ シアンの宝石店は、めったに見ない宝石の査定と買取も取り扱っているようだ。
 それぞれ入り口が別れており、僕たちは宝石師の元へ足を運ぶ。店内は薄暗く、窓は遮光の布で覆われていた。
 室内に僕たち以外のお客の姿はない。天井に吊されているたくさんの角灯から暖かく力強い炎が見えた。採石場と同じルビーが入って いるようだ。

 宝石師の女性は僕たちと目が合うとほほ笑む。

「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」
「宝石を宿したいんだけど、頼む」
「かしこまりました。こちらへおかけください」

 女性にうながされ、シンは椅子へ座る。宝石を宿す代金は三千レピするそうだ。彼は自分の腰にさげている鞄からお金とラピスラズリ を取り出した。
 宝石師は置かれたラピスラズリを見て目を見張る。

「これは、ラピスラズリの原石欠片(オプティア)で すね。質のよい魔力を感じます。いい宝石と出会えましたね」
「まぁな。さっそく宿してくれ」
「何か異変を感じましたら教えてくださいね。宝石と相性が悪いと侵食症になってしまいますから」

 シンは侵食症と聞いて顔を歪めた。まだラピスラズリがシンと相性がいいのかわからないので不安だ。

「では左手をこちらへ」

 彼が左手を出すと、ラピスラズリが手の甲へ置かれた。女性が手をかざし、しばらくするとラピスラズリはシンの体内へ吸いこまれ る。それと同時に彼の中指に刻印が現れ、爪の色が瑠璃色へと変化した。

「違和感や痛みはありませんか?」
「大丈夫みたいだ。世話になった」
「ラピスラズリはその色から天を象徴する宝石です。司る言葉は永遠の誓い、幸運。あなたに宝石の加護がありますように」

 ラピスラズリが司る言葉を聞いて月石を思い出す。月石が司る言葉は”未来への希望”。僕は月石の言葉どおり、未来への希望を見出 せるのだろうか。左手を強く握りしめる。

 宝石師の女性に会釈をしてお店をあとにした。

 露店市場で早めの夕食を買い、噴水の縁に腰をかける。夕日を背に買ってきたパンを頬張った。たっぷりの野菜と蒸した柔らかい鶏 肉、甘辛い味付けが絶妙で美味しい。洞窟内では保存がきく乾燥した食料ばかり食べていたので、余計においしく感じた。
 シンは宝石が宿せてうれしいのか左手を見て破顔している。そんなシンを見て僕も思わず顔がほころぶ。

「シンの爪、きれいな色になったね」
「そうだけど結構目立つな。リアとクラルスはあまり目立つ色じゃないよな?」

 僕とクラルスはシンの前に左手を出す。クラルスは淡い銀色で僕は昼間だと無色透明だ。シンだけ色が強い瑠璃色なのでだいぶ目立っ ている。

「贅沢言ってられないか。リュエさんの条件は満たせたし、あとは帰るだけだな」

 ふと、そばにいたカルムがシンのほうを向いていることに気がついた。目線の先にはパンに挟まれている豚肉。カルムは肉がほしいの かもしれない。

「シン。カルムがお肉ほしいみたいだよ」
「俺の? 餌付けすれば少しはカルムと仲良くなれるか?」

 シンは挟んである豚肉を取り出し、カルムの前へ出す。素早く彼の豚肉を奪い取ると、美味しそうに食べている。

「まだ仲良くなるには遠いなぁ……」
「そのうち仲良くなれますよ。今日は宿を探して一泊していきましょう」
「なぁなぁ! 宿へ行く前に魔法試したいんだけど!」

 シンは今すぐに魔法が使いたいようでそわそわしている。ラピスラズリの魔法は見たことがないので興味があった。

「僕もラピスラズリの魔法見てみたいな」
「ここですと目立ちますので、街の外で試しましょうか」

 クラルスは少し困った顔をしたが了承してくれた。僕たちは日が落ちる前に、街の外へ向かう。

 トラシアン近くの雑木林へ移動する。シンはあたりを見回して何かを探しているようだ。

「シン。何か探しているの?」
「泉とかないかなって思ってさ。氷魔法だし凍るか試したかったけどなさそうだな」

 彼は近くにある樹に手をついた。まさか樹を凍らせるつもりなのだろうか。
 クラルスは最初、小さな葉で魔法を試していた。いきなり大きなものに対して魔法を使って大丈夫なのか心配だ。
 硝子が割れたような音がすると、シンが触れている樹が一瞬で樹氷化した。

「お……おぉ! すごいなこれ! 何でも凍らせることができそう!」

 シンは初めての魔法に興奮しており、近場の樹を樹氷にして遊んでいる。街なかでやらなくてよかったとつくづく思う。
 シンは目を輝かせながら僕たちのほうを向いた。

「ラピスラズリも武器に付与(エンチャント)で きるのか?」
「うん。できるよ」

 以前ルフトさんから武器に付与できる属性はルビー、シトリン、ダイヤモンド、ラピスラズリと教えてもらった。
 シンは剣を抜くと集中するために目を瞑った。しばらくすると、剣身が青白い色を帯び冷気を感じる。どうやら付 与(エンチャント)に成功したよう だ。

「できた! 俺ってけっこう魔法の才能ある?」
「そ……そうかもね。付与(エンチャント)の 効果はなんだろう」
「試してみるか」

 ダイヤモンドは刃を強靱にして鋭利さが増す効果。月石は魔法を反射する効果がある。ラピスラズリにも何かしらか効果があるはず だ。

 シンは近くに生えていた低い樹に剣を振るう。樹は面白いほど簡単に切れ、遅れて切れた枝が凍った。ラピスラズリの付 与(エンチャント) 効果は氷結と刃の鋭利さが増すようだ。

「付与も結局凍るのか。さすが氷魔法だな」

 シンが剣を振るうたびに、大気中の水分が凍り、夕日を反射してきらきらと輝いていた。
 不意に、シンの足下に異変を感じた。彼が歩くたびに足下に生えている雑草が凍っている。付与(エ ンチャント)の他に何か をしているのだろうか。

「シン。足下が凍っていますけど大丈夫ですか?」
「ん? えっ!? なんだこれ!?」

 クラルスも僕と同じことを思っていたようだ。シン自身は気づいていなかったようで慌てている。
 少しずつだが、凍る範囲が広がっていた。
 魔法を使うことにまだなれていないので、魔力が制御できていないのかもしれない。

「シン。大丈夫!? 付与(エンチャント)止 められる?」
「これどうやって止めるんだ!?」

 シンはいろいろ試しているが、止めることができないようだ。このままでは魔力が尽きてしまう。

「シン。教えますから同じようにやってください」

 クラルスがシンのそばへ行こうとしたとき、彼の身体が傾いた。僕は慌ててシンを抱き留めたが、支えきれずに一緒に倒れてしまう。
 彼は魔力をすべて使い切ってしまったようだ。
 魔力が溢れていたため、シンの身体は冷えてしまっている。クラルスも僕たちのそばへ駆け寄ってきた。

「遅かったようですね」
「うん。クラルスのときと同じかも」
「あとでいろいろ進言しましょう」

 クラルスはシンを背負い、僕たちは街の宿へと向かった。

 部屋を借りて、シンを寝台へ寝かせる。魔力を失っているので、魔力譲渡すれば意識が戻るだろう。
 彼の冷えきっている左手に自分の手を重ねる。
 魔力譲渡を始めると青白い光が僕たちの手の間からこぼれ落ちた。しばらくすると、シンのまぶたがゆっくりと上がる。

「ん……あれ? ここは?」
「シン、大丈夫? 魔力全部使ったみたいだよ」
「そうなのか?」

 シンに魔力を使いきると気絶してしまうことを伝えた。僕はまだ魔力をすべて失うという経験はない。シンの侵食症を治すときに、大 量の魔力を消費したので似た感覚なのだろうか。

「私も魔力を使い果たして、一度気絶してしまったことがありますよ。拠点へ帰還しましたら、ルフトさんに魔法を教えてもらったほう がいいかもしれません」
「わかった、そうする。悪い、魔法を使えたことがうれしくて調子に乗りすぎた……」

 シンは魔法が使いたいと言っていたので、はしゃいでしまう気持ちはわかる。
 僕もクラルスもシンを怒る気にはなれない。
 シンは魔力譲渡している僕を見ると、重ねていた手を握った。どうしたのかと思い、首を傾げる。

「今、リアの魔力をもらっているのか?」
「うん。そうだよ。少しは身体が楽になったかな?」
「何かすごい気持ちいいな。ずっとこうしていたい」

 クラルスも以前、僕の魔力は心地いいと言っていた。原石(プリムス)な ので魔力が違うのだろうか。
 あまりにもシンが気持ちよさそうな顔をしていたので、魔力譲渡をいつ止めていいのかわからなくなってしまった。

「リア様。長時間、魔力譲渡していますが大丈夫ですか?」
「あ……うん。シン止めるね」
「リアは魔力、大丈夫なのか?」
「このくらいは平気だよ。原石だから特別みたい」

 シンは僕の爪の刻印をじっと見ていた。彼は少し早いがこのまま眠るそうだ。僕とクラルスも採石場での疲れがあるのでそれぞれ寝台 へ横になり、眠りについた。

 真夜中、いつもより早く就寝したので、変な時間に目が覚めてしまった。
 窓からは低くなりつつある月がまだ夜空に浮かんでる。
 隣の寝台を見ると、シンがまだ気持ちよさそうに寝ていた。彼は寝相が悪く、毛布が半分床へ落ちてしまっている。
 苦笑しながら寝台から出て彼に毛布をかけ直す。

「……リア様?」
「あっ……ごめんクラルス。起こしちゃった?」
「……いえ」

 クラルスは上体を起こして、僕を見つめていた。
 どうしたのだろう。
 彼の寝台のそばまで歩いて行き、縁へ腰をおろす。

「クラルス? 何かあったの?」

 長年クラルスと一緒にいるので彼の表情で悩んでいることくらいわかる。ふだんはそのような表情を見せないので不思議に思う。

「採石場でリア様に起こされるまで寝入ってしまって不甲斐なかったです。もしリックさんがリア様に害をなす者でしたら私は……」

 彼はそこまで言うと目を伏せた。あのとき僕を殺そうとしている者なら、重傷を負っているか最悪死んでいたかもしれない。しかし、 それはクラルスが悪いわけではない。

「何があってもクラルスの責任じゃないよ」
「私はリア様の護衛です。あなたを守ることが私の役目です」
「僕も強くならないといけない。クラルスは十分守ってくれているよ」

 彼を安心させるようにほほ笑む。クラルスはいつもひとりで悩んでいると思う。僕はまだ彼にとっては頼りないかもしれない。それで も少しずつクラルスの力になりたい。

「リア様に弱音をはいてしまい、私もまだまだですね」

 クラルスは自分の吐露した言葉に苦笑している。

「もっと僕のこと頼って。そっちのほうがうれしいな」
「ありがとうございます。リア様」

 突然、シンが寝言をいいながら寝返りをうつ。また毛布が床へするすると落ちていった。
 僕たちは顔を見合わせてほほ笑む。またシンのところへ行き、毛布をかけ直した。
 まだ起きるには早い時間だ。再び寝台へ横になり眠りについた。


 翌朝、シンの魔力は回復したようで元気そうだった。僕たちは早朝トラシアンをあとにして拠点へと向かう。
 拠点までの帰路でシンは魔法の練習をしていた。小さな葉を凍らせて、魔力出力の調整をしている。

「難しいな。みんなどうやっているんだよ」
「シンはまだ宿したばかりだから、これから学んでいこう。僕もまだよく理解していないんだ」
「なにごとも、こつこつと積み重ねですよ」

 僕とクラルスも休憩中に付与(エンチャント)の 練習をして、少しでも上手く使いこなせるように努力していた。

 二日半かけて、拠点へ辿り着く。リュエールさんから提示されていた期限の七日目だ。彼女との約束はすべて果たすことができた。
 僕の肩に乗っていたカルムは、役目を終えたかのように空へ羽ばたいていく。

「カルム。同行してくれてありがとう」

 僕の言葉に応えるように短い鳴き声が空へ響いた。
 さっそくリュエールさんへ報告するために、彼女の部屋を訪れた。扉を叩くと、返事がきこえる。

「失礼します」
「リアたちだったのね。おかえり。採石場はどうだった?」

 リュエールさんは物書きをしていた手を止めた。彼女は伸びをしてから僕たちのそばへ歩いてくる。
 シンは自慢をするようにリュエールさんに左手を見せた。

「リュエさん。約束通り原石欠片(オプティア)を 宿してきた!」
「あら、ラピスラズリじゃない。えらいえらい!」

 彼女は子どもをあやすようにシンの頭をなでた。ふたりは本当の姉弟みたいでほほ笑ましい。

「リュエさん、俺そんな子どもじゃない……」

 シンは顔を赤らめて困った表情をしていた。リュエールさんはお構いなしに頭をなでている。

「リアとクラルスもご苦労さま」

 今度は僕の頭を優しくなでた。リュエールさんはよく頭をなでる人だ。彼女はクラルスにも僕たちと同じことをしようとした。しか し、途中で動きが止まる。

「クラルス。少しかがんでくれない?」
「……私は結構ですよ」

 リュエールさんに頭をなでられているクラルスを想像するとほほ笑ましい。僕の知らないところでスレウドさんやルフトさんも頭をな でられているのだろうか。

 僕たちはラピスラズリを見つけた経緯をリュエールさんへ伝えた。シンは一生懸命、身振り手振りをまじえて旅の話をしている。彼女 はやわらかくほほ笑みながらシンの話を聞いていた。
 楽しそうに話しているシンを見ると、彼と初めて会ったときの冷たい態度が嘘のようだ。

「いろいろ大変だったみたいだけど、三人ともいい経験になったようね」
「採石場でたくさん学ぶことができました。僕たちのいない間に星影団に動きはありましたか?」

 僕が訪ねると、リュエールさんは真剣な表情になる。何かあったのだろう。

「コーネット卿の使いから連絡があって、あと三日ほどでこちらへ着くそうよ」
「本当ですか!? 早かったですね」
「そうね。コーネット卿が頑張ってくれたのかもしれないわ」

 ランシリカ全体の問題なので、コーネット卿の到着はもっと遅くなるかと思っていた。素早い行動で母上と父上が信頼していたことに も納得する。

「それと精査しないとわからない情報なんだけど。ランシリカ近くの城塞にガルツが視察へ来るそうよ」
「ガルツがですか?」

 ルナーエ国は隣国と地続きである東側と西側には防衛のための城塞がある。そのうちのひとつにガルツが視察へ来るそうだ。
 彼の意図は何なのだろうか。ガルツはセラの監視をしたいはずなのに自ら離れるのが解せない。

「リュエさん。ガルツ王子が直々に出てくるとは思えないけど」
「そうですね。罠の可能性が高いです」

 シンとクラルスは罠の可能性を考えている。僕も星影団をおびき寄せる罠だと思う。

「まだガルツ本人が来るかわからないわ。諜報(ちょうほう)の 続報待ちね」
「わかりました」

 もしガルツを捕らえることができれば、ミステイル王国軍は総統力を失う。セラを助け出す好機がくるかもしれない。

 僕たちは会釈をしてリュエールさんの私室をあとにした。空は茜色になっており、僕たちの影が引きのばされている。

「セラを助け出せるかもしれない……」
「ええ。もしガルツが来るようでしたら、必ず捕らえましょう」

 やっとセラを助け出すことができる。そう思うだけでいても立ってもいられない。早くセラに会いたい、抱きしめてあげたい。その思 いばかりが募っていった。

2020/12/27 Revision
BACK←  web 拍手  →NEXT