プリムスの伝承歌




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プリムスの伝承歌-宝石と絆の戦記-

第7曲 相剋の伝承歌

 午後、修繕の手伝いをしているとリュエールさんから声をかけられる。

「リア。ちょっと来て」
「はい。これ置いてきたら行きます」

 リュエールさんに呼ばれ、釘の入った箱を届けてから急いで公会堂へと向かった。簡易的な机があり、それを囲むようにリュエールさんスレウド さんルフトさんいる。机の上にはルナーエ国の地図が広げられていた。
 僕に少し遅れてクラルスが合流する。皆真剣な表情をしているのでこれから何を話されるのか察した。

「リア、クラルス。とうとうガルツが動き出したそうよ。およそ一八〇〇の兵を率いて私たちの拠点に向かっているらしいわ」
「一八〇〇……予想より多いですね」
「それだけ本気で潰したいらしいわ」

 早くて明後日には新拠点付近までミステイル王国軍はやってくるだろう。自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じた。リュエールさんは短いため息 を吐いて僕たちを見据える。

「この戦いに負ければ星影団は戦力を失ううえに新拠点も奪われてしまう。再建はかなり難しくなるわ」
「最悪リュエールとリアが生きていればどうにかなるさ」
「何言っているの! 皆がいてこそよ。私一人が生き残ってどうにかできることでもないでしょう」

 スレウドさんの言葉にリュエールさんが声を上げると、隣にいたルフトさんが肩を叩いてなだめた。
 スレウドさんは苦笑しながら言葉を紡ぐ。

「王国軍になんかに負けるつもりはないが万が一だよ。俺たちの代わりなんざいくらでもいる。ただ星影団の団長であるリュエールと、この国の王 子であるリアは代わりはいねぇんだ」
「……分かっているわ。でもあなたたちを死なせるつもりはないからね」

 スレウドさんの言葉が心に刺さる。確かに僕の代わりはいない、でもそれはみんなも同じだ。スレウドさん、ルフトさん、クラルスの代わりはい ない。
 今の星影団の戦力は一〇〇〇に満たない。正面からぶつかれば負け戦だ。何か策を考えないといけない。

「……策を考えましょう」

 リュエールさんに王国軍の部隊編成を聞くと。王国軍は騎馬兵が六〇〇、歩兵一〇〇〇、弓兵二〇〇、対して星影団は歩兵九〇〇、弓兵九〇程度 だ。圧倒的に機動力は負けている。王国軍は歩兵同士の乱戦の中、騎馬兵を突撃させ、混乱させる作戦だろう。僕は顎に手を添えて考えを巡らせ る。

「リュエールさん。森に弓兵を全員伏兵させて、騎馬兵の側面から狙い機動力を削ぎましょう。混乱させられればこちらにも勝機があります」
「そうね。弓兵が狙われても森に隠れればいいでしょうし。騎馬兵も森の中までは追いかけてこないでしょう」

 リュエールさんは地図に図形や文字を書いていく。伏兵だけでは勝てない。損害を与えられても五分の一程度だろう。どうすればいいのか地図を 見ているとルフトさんが声を上げた。

「この辺りは隆起しているところが多い。一番高い丘の前までおびき寄せて落石をしよう」
「荒野の戦場で落石とは面白いですね」
「使えるものは地形でもなんでも使うさ」

 クラルスはルフトさんの案に感心をしていた。籠城戦とかには有効な落石だが、まさか荒野で使われるとは相手も思わないだろうし混乱するかも しれない。統制力を失えば兵差があれども勝機はある。
 策も決まり、リュエールさんは星影団に声をかけて公会堂前に集める。作戦が伝達され、修繕作業は一旦中止し、今日から各自王国軍との戦いの 準備をすることになった。
 武器の調達や手入れ、作戦用の資材の調達などリュエールさんは役割を振り分けて指示をしている。

「リア様。とうとう始まるのですね」

 僕とクラルスは公会堂の端の方で奮起している星影団を見つめていた。

「うん。絶対この戦は勝たないといけないんだ」
「えぇ……。リア様は私が必ずお護りしますからね」

 僕を安心させるかのように、クラルスは柔らかい笑みを向ける。
 不意に、もしクラルスが戦いの最中死んでしまったら僕はそれを受け入れられるのだろうか。当たり前の日常は簡単に奪われてしまう。もう自分 が身にしみて分かっているはずだ。
 急に恐怖心が足下から這い上がって全身を駆け巡り、あの日の夜の断想が蘇る。呼吸が乱れ、眩暈がして立っていられなくなり、クラルスに寄り かかる。僕の異変に気がついて肩を抱き、その場に座らせてくれた。

「リア様、大丈夫ですか!?」
「ちょっと……眩暈がしただけ……大丈夫だから……」

 心配させないように精一杯の笑顔をクラルスに向ける。それとは裏腹にクラルスの服を掴んでいた僕の手は小刻みに震えていた。なぜ自分はこん なに弱いのだろう。あの時決意したはずなのに、セラを助け出して人々の未来を守ると。
 大切な人を奪われた時の心臓を引き裂かれるような心の痛みを知っているからこそ、また奪われるのではという恐怖心が働く。僕はもう誰も失い たくはない、そのために僕は戦う。恐怖心を払うように首を左右に振る。

「……ごめん……。もう大丈夫だよ」
「……何かご不安なことでも?」

 クラルスは僕の心を見透かしているのではないかと時々思う。長い時間を共にしていたので察してしまうのだろうか。

「……クラルス……。……絶対勝とう。……死んじゃだめだよ」
「……私のご心配ですか? 本当にリア様はお優しいですね」
「僕はもう……誰も失いたくないよ……」

 クラルスは服を掴んでいた僕の手を取り微笑む。

「ご心配には及びません。昨晩リア様に忠誠を誓いました。それはあなたのために身を挺するということではございません。……あなたと供に生き る覚悟です」

 公会堂に風が吹き抜け、僕の銀色の髪とクラルスの暗緑色の髪を揺らす。クラルスの言葉で負の感情が解けていく。

「主を置いて私は死ねませんよ」
「……うん……」

 僕は深呼吸をしてから立ち上がると、クラルスも遅れて立ち上がった。もう震えは止まっている。
 リュエールさんたちは団員への説明が終わったのか公会堂へと戻ってきた。諜報員によると今朝、王国軍は王都を出発し明後日の朝には新拠点付 近に現れるそうだ。

「戦は無理しないでね。あなたを失ったら元も子もないから」
「自分の身は自分で守るので大丈夫です。父上からそう言われてきましたから」

 リュエールさんは僕に微笑むと、彼女は視線を外して表情が曇る。どうしたのかと首を傾げると僕が見ていることに気がついて、いつもの凜とし た表情に戻った。

 真夜中、僕は寝付けず公会堂の高い天井を見つめていた。少し外に行って風に当たってこようかと起き上がると、不意に手に何かが触れた。

「……リア様……どちらへ?」

 隣に寝ているクラルスが薄目を開けて問いかけた。寝惚けているのか無意識に僕の手を掴んだみたいだ。

「眠れなくて……少し外に行ってくるよ」
「……お供します……」

 クラルスが起き上がろうとしたので僕は無理矢理肩を押さえる。最近力仕事をして疲れているのに、僕が眠れないというだけで睡眠を妨げて申し 訳なく思う。

「大丈夫、すぐ帰ってくるから」
「……しかし……」
「クラルスは身体を休めて、それも大事なことだよ」
「……はい……」

 クラルスの乱れた毛布を掛け直す。彼は目を閉じるとすぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
 僕は静かに立ち上がり公会堂から外に出る。真夜中の空気は肌寒さを感じるくらい冷えていた。夜空にはほとんど闇に食べられてしまっている繊 月が浮かんでいる。
 少し散歩しようと村の裏手に歩いて行くと、川の近くにリュエールさんの姿を見つけた。リュエールさんも眠れないのかと思い、話しかけようと 近づこうとしたが僕はすぐに足を止めた。
 僕より先にリュエールさんに近づいた男性がいる。弱い月明かりを頼りによく見ると、片手に毛布を持ったルフトさんだ。ルフトさんはリュエー ルさんに乱暴に毛布を投げつけた。

「これから戦だっていうのに、団長が風邪引いたらどうするんだよ」
「ルフトありがとう。心配して探しにきてくれたの?」
「俺たちの団長だからな」
「……へぇ、それだけ?」
「茶化すなよ」

 二人の邪魔をしてはいけないと思い僕はこの場を離れようとした時、二人が話し始めた内容に耳を傾けてしまった。

「何か悩んでいるのか?」
「うん。リアたちの事なんだけど……本当に星影団に入れて良かったのかなって」
「必要なことだったんだろう」
「でもまだリアは十四歳よ。本当は諸外国に亡命させた方が良かったんじゃないかって……」

 リュエールさんは僕たちの勧誘したことを悩んでいた。僕は星影団に入った事は後悔していない。もしリュエールさんに出会わなかったら、きっ と僕は今頃ガルツに命を差し出し殺されていたと思う。盗み聞きになってしまうが木の陰に隠れ僕は会話に耳を傾ける。

「王子も王女を救いたいんだろう。利害は一致しているからリュエが悩むことじゃない」
「あれ? ルフトはリアたちは密偵じゃないかとか言ってなかった?」
「完全に信用したわけじゃない。あいつらが妙な動きしたら斬るからな」

 ルフトさんが僕たちに対して冷たい態度をしていたのは、どうやらミステイル王国の密偵だと思われていたようだ。そう思われていても仕方が無 い。あの日の夜の真実を知っているのは、あの場にいた人だけだ。
 それに星影団の団長であるリュエールさんを護りたいからルフトさんは過剰に疑ってしまうのだろう。

「少しはリアとクラルスに優しくしてあげてね」
「気が向いたらな。そろそろ戻るか? 大分冷えてきたぞ」
「……もう少し話しよう?」
「……仕方ないな」

 二人は岩場に腰掛け他愛もない話を始めた。僕は二人に気づかれないように静かにその場から離れる。リュエールさんとルフトさんはお互い信頼 している関係なことが見受けられた。今までお互いに支え合って星影団を率いて来たのだろう。村をぐるりと一周して僕は公会堂へと戻り眠りにつ いた。

 戦いの日、早朝僕はクラルスのお気に入りの場所へ来ていた。泉の水面は太陽の光を受け輝いている。拠点からは少し離れているため自然の音し か入ってこない。僕は目を瞑り、心を落ち着かせる。
 突然風が吹き、僕の銀髪がふわりと舞い上がる。気配がしたので振り返ると、丁度クラルスが顔を見せた。

「リア様。そろそろ行きましょう」
「うん」

 公会堂の前には星影団が集まっていた。スレウドさんに呼ばれて、僕たちはリュエールさんの後ろに控え ているルフトさんとスレウドさんの隣へと並んだ。規則正しく整列している星影団を見て緊張が走る。
 全員が集まったのを見計らってリュエールさんは声を上げた。

「皆、この戦いが星影団の命運を分けるわ! 亡き女王陛下と騎士団長様のために勝利を捧げる!」

 彼女の言葉に星影団から喊声(かんせい)が 上がり、空気が震える。とうとう戦いが始まってしまう。
 これからたくさんの人の命が散っていくことになるだろう。緊張で身体が強張っていると、隣にいたスレウドさんが僕の背中を叩いた。

「心配すんな! あとはやるだけだ」
「うん……」

 公会堂の前に諜報員が馬を走らせてくる。ミステイル王国軍が進軍したという知らせだった。
リュエールさんの合図で星影団も進軍を開始する。僕たちは最後に皆の後をついて行き、戦場の荒野へと向かった。

 荒野の向こうから王国軍がやってくる。お互い顔が目視できるところまで歩くとリュエールさんは制止の命令をした。目を凝らして王国軍を見渡 すがガルツの姿は見えない。部下が僕たちを捕縛して帰ってくるのをお城でセラを見張りながら悠々と待っているのだろう。
 しばらくの静寂の後、王国軍の隊長らしき人物が声を上げる。

「愚かな群衆に告ぐ! こちらの目的は、大罪人ウィンクリア・ルナーエおよびクラルスの捕縛である! 拒む場合、セラスフィーナ王女殿下とル ナーエ国の逆賊と見なし、同盟国を脅かす者として排除する!」

 よくもこんな嘘を大声で言えるのかと怒りを覚える。隊長の言葉が終わるとリュエールさんが剣を掲げ声を上げた。
 
「逆賊はどちらか! 女王陛下と騎士団長様を手に掛け、ウィンクリア王子殿下に罪を被せ、この国の平和を脅かそうとするミステイル王国! 今 すぐこの地から出て行きなさい!」

 リュエールさんの言葉の後、再び静寂が訪れた。王国軍の「進め!」の合図に土煙を上げて両兵がぶつかり合う。
 リュエールさんに促され、僕たちは隆起している丘の上に登る。ここからだと戦況がよく見えた。今は歩兵同士が乱闘をしている。
 王国軍の隊長が騎兵隊に合図を送ったと同時に、左右の雑木林から星影団の弓兵が現れ、奇襲を開始した。王国軍の騎馬兵は弓兵の対応に追われ て右往左往している。

「いいわね! 読み通り」
「王国軍は、数で押せばどうにかなると思って何も考えなしって感じだな。まったく俺たちも嘗められたもんだぜ」

 スレウドさんは悪態をついて苦笑いをしている。リュエールさんは左手を前に出すと、手の平にこぶし大くらいの電気を帯びた球体を作りだし た。どうやらリュエールさんは雷属性のシトリンの宝石を宿しているようだ。
 星影団は次の策のためにこちらの丘まで少しずつ後退をしてきた。
 頃合いを見計らい、リュエールさんは電気の帯びた球体を空高く打ち上げる。太陽の光に負けないほど明るく光り、短く大きな破裂音がした。そ れを合図に星影団は左右に分かれる。

「今だ! 落とせ!」

 ルフトさんの合図であらかじめ作っておいた巨大な岩を二つ丘から落とす。恐ろしい勢いで王国軍に突っ込んでいき、後方に陣取っている騎馬兵 と弓兵をなぎ倒していく。落石の早さに騎馬兵も対応できない。

「これで五分五分ってところか。加勢してくる」

 ルフトさんとスレウドさんは剣を抜き、丘を降りて乱戦の中に姿を消した。それに続いてリュエールさんも剣を抜き、丘を降りて参戦する。戦場 は悲鳴と怒声が渦巻いていた。

 血で血を洗う最前線。たくさんの兵士が地面に伏している。目を逸らすことは許されない。僕の無実を信じてくれた星影団の皆、僕は今地面に伏 している星影団の命の上に立っている。最後まで見届けなくてはいけない。辛くても、それが王族としての僕としての義務だ。
 僕も加勢しようと歩み出すとクラルスに腕を掴まれた。

「リア様……。よろしいのですか……」

 不安そうな顔でクラルスは僕を見ている。あの日の夜とは違い今度は自分の意思で戦い、人を殺めてしまうだろう。それでも僕は高みの見物はし たくない。皆と一緒に戦いたい。

「大丈夫……。もう……決めたから。行こうクラルス」

 僕の言葉を聞いてクラルスは頷き、共に丘を降りた。

 ミステイル王国兵は僕を見ると「捕縛しろ」、「殺せ」と好き勝手に罵声を吐いてきた。僕は剣を抜き襲ってきた王国兵を斬りつけ、剣が血塗ら れる。斬られた王国兵はうめき声を上げて地面に伏した。王国兵たちが一瞬たじろく。齢十四の王子が目の前で容赦なく人を斬りつけるとは思わな かったのだろう。僕は目の前にいる王国兵たちに剣を向ける。

「僕に剣を向けるなら死ぬ覚悟だよ。容赦はしない」

 王国兵を見やると彼らは怒声を上げ襲いかかってくる。僕は的確に急所へ斬撃を入れ、息の根を止めた。
 何人もの王国兵と剣を交え、命を奪っていく。
 本当は誰も殺したくない。好きでやっているわけではない。しかし今はそうするしかなかった。

 不意に背後から王国兵が現れ、一瞬反応が遅れてしまう。無理な体勢で剣を受けてしまったので体勢が崩れた。それを見逃すわけもなく王国兵の 剣が僕に向かって振り下ろされようとしている。
 しかし剣は僕に振り下ろされることはなかった。大きく振り上げた体勢のまま王国兵が真っ二つに割れる異様な光景を目にする。王国兵の背後に はクラルスがいて、剣にはべったりと血がついていた。ダイヤモンドの付与(エン チャント)魔法を使っているのだろ う。大木を切ってしまうくらいだ。人に使えばいともたやすく斬れてしまう。

 クラルスの足下には目を覆いたくなるくらい無残な姿の王国兵数名が転がっていた。クラルスは怖いくらい冷めた目で王国兵たちを見下ろしてい る。
 彼に声をかけようとした時、轟音(ごうおん)と 共に前線の方から火柱が上がる。炎の勢いは凄まじく、火の粉がこちらまで飛んできた。

「反乱分子どもが! 直々に粛正してやる!」

 この声は王国軍の隊長の声だ。敵味方関係なく炎魔法で焼き払っているようだ。突然の魔法の攻撃に星影団は動揺していた。
 リュエールさんが落ち着くようにと声を上げているが、轟音にかき消されてしまっている。動揺している隙をついて王国兵は星影団に食い込んで きており、このままでは壊滅してしまう。

「……動揺が激しいですね。このままでは……」

 クラルスもよくない状況と察していた。悲鳴が諸所から聞こえてくる。士気の低下は命取りだ。
 負けるわけにはいかない。芽生えた反撃の灯火を消したくない。僕は何とかしなければと思い丘の上に、登り剣を掲げる。

「王国軍、僕はここだ!」

 皆の注意を引くように僕は声を上げた。僕の声に気がついた隊長は攻撃の手を止める。

「星影団の皆、ここで負けるわけにはいかない! ルナーエ国第一王子、ウィンクリア・ルナーエの名において命を賭し、星影団の勝利に死力を尽 くす! 皆も勝利のために力を貸してくれ!」
 
 皆を鼓舞するために声を張ると。隊長は左手を掲げ、炎を生み出す。

「この反逆王子め!」

 隊長は僕に向かって火炎の渦を飛ばした。咄嗟に月石の魔法を使おうと左手を出そうとしたが、いつのまにか後ろにいたクラルスに止められる。

「そのまま堂々としていて下さい」

 クラルスは僕の隣に立ち、剣を火炎の渦へ向ける。剣先と炎が触れた瞬間、炎は一瞬にして結晶化する。破裂音と共に結晶は砕け散り、欠片が戦 場へと降り注いだ。
 一連の出来事を見ていた星影団から喊声が上がり、奮起する。息を吹き返した星影団を見て、僕たちも丘から降り、乱戦に身を投げ る。僕は無我夢中で剣を振り続けた。
 右からスレウドさん、左からルフトさんたちが攻め上がり、王国兵を囲むような陣形になってくる。

「くそっ! 退け!」

 王国軍の隊長の声が響くと王国兵は身を翻し、星影団の包囲網ができる前に王都の方へ逃げ去っていった。僕たちが勝利した瞬間だ。
 星影団の皆は思い思いに歓喜の声を上げている。兵力差もあり、犠牲は大きかったが、この勝利は星影団にとって大きな成果になった。
 僕は側にいるクラルスと目を合わせ、彼が無事なことに安堵した。

「……リア様。ご無事で……よかったです……」

 そう言い終えるとクラルスの身体は僕の方に傾いた。抱き留めたが支えきれずにそのまま一緒に倒れる。
 
「クラルス!? どうしたの!?」

 彼を仰向けにするが全く動かない。どこか怪我でもしたのだろうか。僕が動揺しているとスレウドさんが駆け寄ってきた。

「クラルスどうかしたか!?」
「わ……分からないです。急に倒れて」

 スレウドさんがクラルスをまじまじと観察する。しばらくしてからからと笑い始めた。

「心配すんな。魔力の使い過ぎで気絶しているだけだ。あんだけの時間付与しならが戦って、炎魔法に干渉して結晶化したんだ。そりゃ魔力も底尽 きるな」

 スレウドさんの言葉に安堵する。クラルスの前髪を撫でて眠っている彼に微笑む。

「クラルス。ありがとう。お疲れ様」

 スレウドさんは丁度近くを通ったルフトさんを呼び止めて、クラルスを担いで拠点へと戻っていった。
 僕も後を追おうと歩き出すと、リュエールさんに呼び止められた。彼女は機嫌が良く破顔している。

「リア。無事でよかったわ。それとあの演説良かったわよ」
「え……演説だなんて……。僕はただ皆を鼓舞しようと……それに無我夢中で……」

 リュエールさんに指摘され、今思い返すと恥ずかしくなり顔が熱くなる。あの時はとりあえず何かやらなければと考えた末の行動だった。鼓舞は 本来団長であるリュエールさんがするべきなのだが、出過ぎたことをしてしまった。

「すみません……。出過ぎたことをしました」
「謝らなくていいわよ。助かったわ。……クラルスはどうしたの?」

 リュエールさんは辺りを見回している。いつも僕の側にいるクラルスがいなくて不思議に思ったのだろう。クラルスは魔法の使い過ぎで倒れてし まったと説明すると、苦笑いをしていた。

「クラルスはダイヤモンドを宿しているのね。いい宝石なんだから使い方覚えた方が良いわ」
「はい。クラルスに伝えておきますね」
「……リアは宝石何か宿しているの? 魔法使おうとしていたけど?」

 炎の渦をどうにかしようとした時、左手を出そうとしていた。手を動かしたのはほんの少しだけだがリュエールさんは洞察力が鋭いのか、それを 見ていたようだ。

「……いえ……。僕、クラルスが心配なので見に行ってきますね」

 リュエールさんに会釈をして足早に拠点へと戻った。僕としては月石のことは、あまり他人に話さない方がいいと思っている。露見して宝石を狙 う賊にまで目をつけられてしまったら、星影団の皆に迷惑をかけてしまう。
 拠点に戻るとちょうど公会堂から出てくるスレウドさんを見つけた。

「スレウドさん。クラルスはどこにいますか?」
「公会堂の奥の個室に寝かせている。手前の部屋だ。ありゃしばらく起きないぞ」
「分かりました。運んで下さってありがとうございます」

 スレウドさんに一礼をして急いでクラルスの元へ向かった。
 公会堂の奥には三つの小さな個室がある。その一つは団長であるリュエールさんが使用しており、他の二部屋は空室になっていた。
 一番手前の部屋に入る。一台の寝台と壁際に小さな机があるだけの部屋だ。クラルスは上着を脱がされ、寝台に寝かされていた。椅子がないため 僕は寝台近くの床に腰を下ろす。
 相変わらず眠っており、起きる気配が全くしなかった。いつ目覚めるのだろうか。もしかしてこのまま目覚めないのではないかと不安になってし まう。

 拠点に帰るまでの間、歓喜の声と悲しみの声を背負いながら歩いた。戦死してしまった団員もたくさんいる。リュエールさんの”覚悟”の言葉が 脳内に響く。
 人の命を自らの意思で奪った。これが戦争なんだと恐怖を感じる。大切な人と国を守るための戦い。辛くても前に進んでいかなくてはいけない。 それが僕が決意した路なのだから。

 夕方になり、夜になってもクラルスは目覚めなかった。僕はずっと寝台の側でクラルスが目覚めるのを待っている。
 いつの日のことだろうか。僕が高熱で寝込んでいた時、クラルスはずっと僕の側にいてくれていたことを思い出す。彼が側にいてくれているだけ で安心していた。だから今度は僕が側にいてクラルスが目覚めた時に一番に声をかけて安心させてあげたい。

 戦の疲れもありうとうとしていると扉の叩く音が聞こえた。僕は立ち上がり扉を開けると片手に毛布を持ったリュエールさんとルフトさんがい た。

「クラルスはまだ目覚めない?」
「はい……。あの……クラルスは大丈夫ですよね?」
「明日、目覚めなかったら宝石師の人に見てもらったほうがよさそうね」
「…………はい」

 リュエールさんは僕のために毛布を持ってきてくれたらしく差し出される。リュエールさんの優しさに心が温かくなる。
 受け取ろうとした時、隣にいたルフトさんが僕の左手を掴んだ。ルフトさんが何をしようとしているのか分かり、手を振り払おうとしたが遅かっ た。

「この刻印……月石か」
「ルフト!? 何しているのよ!」

 僕はルフトさんの手を振り払い後ずさると、彼は剣に手をかけた。

「月石のことを隠していたなんて怪しいな。まさか陛下を手に掛けて月石を奪ったのか?」
「ち……違いますっ!」

 僕が動揺していると、リュエールさんはルフトさんを肘で思い切り小突き呆れた表情をしていた。

「ごめんなさいリア。言いたくなさそうだったから、あなたから話してくれるまで待つつもりだったのに……」 
「早めに分かったほうがいいだろう」
「ルフト! 少しはリアのことを考えて!」

 リュエールさんが一喝するとルフトさんは不機嫌な顔をして部屋を出ていった。リュエールさんは僕が落とした毛布を拾い上げ、再び僕へ渡して くれた。

「月石は原石(プリムス)よね……。 リアが陛下たちを手に掛けたなんて思っていないから安心して。原石(プリムス) は宿主を選ぶのは知っているわ。譲渡したり奪ったりできないからね。全くルフトも分かっているくせに意地悪なんだから……」

 リュエールさんは僕を安心させるように優しい声色で話した。
 まさかリュエールさんとルフトさんに露見してしまうとは思ってもいなかった。ルフトさんもリュエールさんと同じで僕が何か宝石を宿している と思っていたのだろう。

「あの……隠していてすみません。こんなこと知れてしまったら星影団の皆に迷惑がかかると思いまして……」
「大丈夫、皆には黙っておくから安心して。でもあなたの月石に頼らなければならなくなる時があるかもしれない……それは覚悟しておいてね」
「……はい。……あの。毛布ありがとうございます」
「風邪引かないようにね。ルフトにはお仕置きしておくから、それで勘弁してあげて」

 リュエールさんの笑顔が怖い。ルフトさんは一体何のお仕置きをされるのだろうか。彼女が立ち去った後、僕は毛布を羽織りまた床に腰を下ろし た。
 その日の夜中、雲一つ無い夜空だったがどこからか落雷の音が聞こえてきた。

 次の日の朝、前髪に触れられる感覚があり目を覚ました。寝台を見るとクラルスが僕に手を伸ばしている。

「クラルス! 目を覚ましたんだね!」

 彼の手を取り目覚めたことに安堵した。クラルスは僕に優しく微笑むとあたりを見渡した。

「リア様……ここは……」
「公会堂の個室だよ。大丈夫? 起きられる?」

 クラルスは身体に力をいれようとしているみたいだが、上半身を起こすことができないみたいだ。

「……少し動くことで精一杯ですね……」
「今リュエールさんを呼んでくるね」

 僕は急いで個室を出てリュエールさんを探しに公会堂へ足を運ぶ。公会堂の入り口でリュエールさんを見つけてクラルスが起きたと報告をする と、リュエールさんとルフトさんが一緒に部屋まで来てくれた。
 ルフトさんの髪が少し焦げているように見えるのは気のせいだろうか。
 クラルスの寝ている部屋に戻るとルフトさんが観察を始めた。クラルスは不安そうに眉を下げている。

「……魔力がなさ過ぎて動けないみたいだな」
「……そういうもの……なのですか?」
「現にお前がそうだろう……」

 ルフトさんは左手をクラルスの左手に重ねた。何かをするのだろうか。

「今から少しだけ俺の魔力をお前に渡す。そうしたら動けるはずだ」

 そんなことができるのは初めて知った。同じ宝石同士なら魔力の譲渡率が良いらしく、ルフトさんとリュエールさんは同じシトリンを宿している そうだ。ダイヤモンドを宿しているクラルスは大丈夫なのだろうか。
 ルフトさんが集中すると、二人の手の間から黄色と白の淡い光が溢れた。少しするとルフトさんは手を放し、ため息を吐く。

「さすがに他の宝石だと譲渡率悪いな……。でも動けるはずだ」

 クラルスは深呼吸をしてからゆっくり上半身を起こす。彼の背中を支えたがふらつくこともなく普通に動けるようだ。
 宝石を宿したことで魔法が使えるようになった反面、魔力の使い過ぎに気をつけなければならなくなった。まだ僕たちは魔法の基本もままならな い状態なので無闇に使わない方がいいのだろう。

「大分身体が楽になりました。ありがとうございます」
「ルフトさん、ありがとうございます」

 僕はルフトさんに一礼をすると、彼は照れくさそうに僕たちから顔を背けた。
 いつものルフトさんだったら僕たちを助けることはしなさそうだが、昨晩リュエールさんがお仕置きをして何か言ったのだろうか。

「さて! クラルスも起きたことだし、ルフト後は任せたわよ」

 リュエールさんは足早に部屋から出ていった。ルフトさんは不服そうな顔をしてリュエールさんを見送る。クラルスは寝台から出て、枕元に置い てあった星永(せいえい)騎士の証で ある外衣を羽織った。いつもの姿のクラルスを見て安心する。

「リュエからお前たちに魔法の基礎を教えろと言われた。朝食が済んだら公会堂の裏へ来い」

 捨て台詞を吐くとルフトさんは、部屋から出ていった。僕たちは顔を見合わせる。
 僕は魔法を使ったことは一度きりでクラルスも我流で覚えたので、魔法の基礎を教えてくれるのはありがたい。
 クラルスになぜ僕に宝石が宿っていることをルフトさんたちが知っているのか問われる。昨日月石が僕に宿っていることがリュエールさんとルフ トさんに露見してしまったことを話した。

「露見してしまったことは仕方ありませんね。魔法の基礎を教えてもらえるのはありがたいです」
「うん。いつか話さないといけないって思っていたけど、早めに知られて逆に良かったのかもね」

 朝食を済ませて足早に公会堂の裏へと行くと、ルフトさんが既に待っていた。

「ルフトさん。よろしくお願いします」
「リュエールさんの頼み事とはいえ、よく引き受けましたね」

 クラルスは今までルフトさんが僕たちを邪険に扱っていたので、腑に落ちないという感じだ。

「昨日は少しは悪かったと思っている」
「リュエールさんから何か言われたのですか?」

 僕が問うとルフトさんは、ばつが悪そうな顔をした。

「……まぁな……。あいつの一発当てられただけで済んだが、これ以上逆らったら一週間寝床とお友達になる可能性が……」

 その時、近くの木の頭上で破裂音がすると少し遅れて腕くらいの太さの枝が近くに落ちてきた。公会堂の方を見ると左手に電気を帯びているリュ エールさんが笑顔で立っている。

「ルフト。おしゃべりしていないで、ちゃんと教えなさいよね」

 昨晩ルフトさんは、あれに当たったのだなと納得した。

「……始めるか……」

 まずクラルスの今の状態を説明してくれた。クラルスは魔法をそこそこ理解して使っているが、魔法の出力方法がなっていないらしい。
 魔力の元が、桶に入った水だと仮定する。クラルスはそれを手で汲んで使うところ、桶をひっくり返して使っている状態と教えてくれた。
 そもそも制御するにはどうしたらいいのだろうか。ルフトさんは剣を抜くと、こちらに来るように促した。

「魔法を教えると言っても、ほとんど感覚だ。今から付与するから手に触れて感覚を覚えろ」
「僕はあまり魔法を使ったことないのですけど、分かるものなのですか?」
「少なからず宝石を宿せているなら、余程鈍感でないかぎり分かるはずだ」

 僕たちがルフトさんの右手に触れると彼は目を閉じて集中する。
 少しするとゆっくりだが何かがルフトさんの指先の方へ流れていくのが分かった。まるで上質な毛布を撫でたような感覚だ。遅れて剣が電気を帯 びる。

「ゆっくり付与(エンチャント)を やったが分かったか?」
「はい。何かが流れた感覚がありました」
「何だか不思議な感覚ですね」

 魔力の制御に関する手引き書などはなく、ほとんど我流でやるらしい。一度魔力の流れなどが分かると身体が感覚を覚えてくれるらしく制御しや すくなるそうだ。

「ルフトさん。私に魔力を下さいましたけど、戦場で相手から魔力を奪うことは可能ですか?」
「そういえばやったことないな。そんな場面に出会すことはあまりないと思うが……。王子、左手いいか?」

 左手を差し出すとルフトさんに握られ、少しすると静電気のような痛みが一瞬走った。自分から何かがルフトさんの手を伝い、流れていく感覚が あった。次第に胸が苦しくなり、不快感と呼吸が乱れる。あまりの苦しさに僕は胸を押さえて前屈みになる。

「……ルフトさん……。苦しい……です」

 僕が苦しいと訴えた瞬間、ルフトさんの手は破裂音と共に何かに弾かれた。僕たちは何が起こったのかと今の出来事に目を丸くしていた。

「……。できないことはなさそうだが多分王子の場合、宿主を守るために月石が拒否反応を起こすのかもしれないな」

 僕は左手の刻印を見つめる。原石は特別なものなのだと改めて感じた。
 胸の苦しさが少しずつ緩和される。魔力を奪う場合、奪われる側にかなり負担が掛かるようだ。譲渡する場合、多少疲れるがそこまでではないら しい。クラルスは心配そうな顔で僕を見ていた。

「リア様を実験台にするのは止めて下さい」
「悪かったよ。できないことはないが、圧倒的有利な立場でないと魔力を奪うのは難しいだろう」

 魔法兵は大国しか抱えていないが、前回の戦のように個人的に宝石を宿している人はいる。直接相手の左手に触れないと魔力の譲渡や奪取はでき ないらしい。ルフトさんのいうとおり戦場で行うのは現実的ではないだろう。

 もう一つルフトさんは魔力量というものを教えてくれた。魔法を使うと使用した魔法の強弱により魔力が消費される。魔力量の最大値と消費量は 個人差があり、潜在能力、精神状態、宝石との相性、宝石の階級などで変化するそうだ。

 階級の高いの宝石を宿しても、相性が悪く精神状態が良くないと消費量が激しくなり、最悪魔法が使えなくなるらしい。
 魔力量の最大値は、潜在能力と宝石の階級に依存するそうだ。欠片(フラグメント)の 最大値を池と例えると、原石欠片(オプティア)は 湖、原石(プリムス) は海くらい差があるらしい。
 原石(プリムス)を宿している身だ が、魔法を一度しか使ったことがないのであまり実感がない。

「護衛が宿しているのは、原石欠片(オプティア)欠 片(フラグメント)のどっちだ?」
「私の宝石は原石欠片(オプティア)で す」
「さすが王子護衛ってところか。国から一級品を支給されたんだな」
「いえ……。これは原石神殿の祭主様から譲り受けました」

 ルフトさんは目を丸くする。原石欠片(オプティア)は 希少性が高い宝石なのは知っていた。ダイヤモンドは貴族の嗜好品として人気であるた め、その値段も跳ね上がり、高額なものだと一億はするそうだ。それを無償でクラルスに宿したという話を聞いてルフトさんは怪訝な顔をしてい る。

「そんな希少なものを祭主が渡したいということは余程の理由だったんだな」
「リア様を護るために必要だと仰っていました」
「護衛らしいといえば護衛らしい宝石だよ。防御魔法特化な宝石だしな」

 ダイヤモンドは付与(エンチャント)魔 法に長けている他に、戦場でクラルスが見せた魔法干渉ができるそうだ。ダイヤモンドとアメジストは元 素の属性宝石とは別の部類らしく適合者が少ないらしい。
 今日はクラルスの魔力が戻っていないので、実際に魔法を使うのは明日だそうだ。クラルスもルフトさんも武器に付与(エ ンチャント)できるの だが月石の僕もできるのだろうか。

「ルフトさん。月石は付与できるのですか?」
「月石なんてここ数百年宿した歴がないんだろう。俺が知るわけがない。気になるなら実際やってみろ」

 武器や物に付与(エンチャント)を できる宝石は決まっているそうだ。世界に流通している宝石ではルビー、ラピスラズリ、シトリン、ダイヤモ ンドができるらしい。

 僕は短剣を抜き、深呼吸をして先程ルフトさんがしていた魔力の流れを思い出すように集中する。手を魔力が伝う感覚がある。短剣を見ると刃が 淡く青白い色に変化した。
 体内に血液とは違った清水のようなものが流れており、それを操るような感覚だ。今まで魔力を意識していなかったのではっきりと魔力の感覚が 分かり、同時に不思議な気持ちになる。

「あっ。……できるみたいですね」
「効果は何だか分からないが、教えるのはまた明日だ。今日は解散」

 ルフトさんは剣を収めると、背伸びをしながら公会堂の中へと入っていった。僕は付与(エ ンチャント)を止めて剣を 収める。クラルスを見ると 疲れたような表情をしていた。

「……クラルス大丈夫?」
「魔力が戻っていないのか、少し怠いくらいですのでご心配には及びませんよ」

 クラルスは僕を安心させようと微笑んだがやはり辛そうだ。僕もルフトさんがやっていた魔力の譲渡はできないだろうか。魔力奪取ではなく僕の 意思で魔力を譲渡するのだが、拒否反応が出ないか不安だ。

「クラルス。左手出して」
「……はい……」

 素直に差し出されたクラルスの左手を握る。魔力を譲渡しようと頭の中で描くと重なっている手の間から光が溢れ始めた。少し息苦しいが譲渡は できているのだろう。拒否反応もないが、どのくらいの時間をやればいいのだろう。不意にクラルスに手を握り返され、魔力譲渡を止めてしまっ た。

「……? どうしたのクラルス」
「あ……いえ。ルフトさんとリア様から魔力を頂いたのですけど……。リア様の魔力は心地良くて、快感に近いものがありまして……。原石だから でしょうか」

 クラルスはそっと僕の手を離した。あまり魔力譲渡はしていないのだが、クラルスの顔色は少し良くなっている気がした。
 魔力量が数値化して見えればいいのだけれど、すべて自分の感覚なのでいまいち加減がよく分からない。ルフトさんみたいに使用歴が長ければ自 然と感覚を覚えるのだろうか。
 今日はクラルスもまだ本調子ではないので公会堂へと戻り休むことにした。


 次の日、僕たちは拠点の裏手にある川のほとりに来ていた。クラルスは長時間付与(エ ンチャント)の練習のために 今は集中して剣に付与(エ ンチャント)を している。僕は月石の付与(エ ンチャント)がどういう効果なのかルフトさんと調べている最中だ。
 付与(エンチャント)をした短剣 で、近くに落ちていた石を突いてみたが変化はない。川に浸してみたり、地面に触れてみたが何も変化がなかっ た。

「何の効果があるのでしょうね……」
「そうだな……」

 本当に付与(エンチャント)できて いるのか不安になる。ルフトさんは何か思いついたようで、手の平に電気を帯びたの球体を生み出した。先日 リュエールさんが戦場でやっていた魔法と同じようだ。

「これを付与(エンチャント)した短 剣で受けてみろ」
「それ……、失敗したらどうなるのですか?」
「少し痺れて痛いだけだ」

 少し、では済まされないような気がする。心の準備もままならない時に電気の球体を投げられたので、思わず力んでしまい、思い切り短剣を振っ てしまった。
 電気の球体は短剣に当たると方向を変えて勢いよく川へ沈むと、巨大な水柱が立つ。僕たち三人は頭から滝のような激流を被った。
 クラルスは付与(エンチャント)に 集中していてこちらを見ていなかったので、何が起こったのかと唖然としている。

「……おい……」
「す……すみません……。クラルスもごめんね……」
「大丈夫ですよ。月石の付与(エンチャント)の 効果は分かったようですね」

 月石の付与(エンチャント)効果は 魔法反射。魔法を使う相手ではないと実用性はなさそうだ。付与(エンチャント)の 効果が分かった代わりにみ んなをずぶ濡れにしてしまい、申し訳なくなる。前髪から滴れている水を拭う。たいぶ水を被ってしまったようだ。皆それぞれ服に含んでしまった 水分を出そうと絞っていると、拠点の方からリュエールさんが歩いてきた。

「リア、クラルス。少しは魔法まともに使えるようになった?」

 リュエールさんが僕たちの様子を見に来たのだが、三人ともずぶ濡れでいるので驚いた表情をしている。

「……何で三人ともずぶ濡れになっているの?」
「僕が失敗してしまいました」

 何の失敗をすればこうなるのかとリュエールさんはお腹を抱えて笑っている。僕もまさかこんなことになるとは思っていなかった。

「……リュエ何か用か?」

 ルフトさんに問われ、リュエールさんは真面目な表情になる。何か大切なことなのだろう。
 今の星影団の戦力では王国軍にも王都の騎士たちにも到底敵わない。もし両国軍が全勢力を上げて潰しにくれば、星影団は簡単に潰 されてしまう。少しでも味方を増やす為に、有力な貴族と手を組む必要がある。そのために母上に忠誠心があった貴族を教えて欲しいそうだ。

「陛下に忠誠心があった貴族なら、リアが濡れ衣だと分かってくれるはずよ」

 僕は王都にいた時を思い返す。僕もセラも母上たちが貴族と謁見する時は大体同席していたので、ある程度の貴族のことなら覚えている。
 母上に忠誠心がある一人の人物が思い浮かんだ。ランシリカという大きな街を統治している大貴族ヴァレンス・コーネット卿。貴族でありながら 星永騎士と同等の地位の将校。戦の知識に長けており、父上からの信頼もあった。

「クラルス。ヴァレンス・コーネット卿を味方にできれば心強いよね」
「そうですね。コーネット様でしたら、お話をすれば分かってくれると思います」

 リュエールさんもコーネット卿のことは知っていたようだ。早速明日からランシリカに赴き、コーネット卿に協力を要請することになった。
 ランシリカに行くのはリュエールさん、スレウドさん、クラルス、僕の四人だ。ルフトさんは拠点を仕切る為に居残りらしい。
 国中の掲示板に僕が母上たちを手に掛けたと書かれているので、濡れ衣だと信じてくれるのか不安だ。少しでも希望があるならそれに賭けようと 思う。

 次の日、僕たち四人はランシリカに向けて馬を走らせた。ランシリカは星影団の拠点から南西の方角にある街だ。
 王都にいた時のコーネット卿のことを思い出す。貴族でありながら将校のコーネット卿に憧れている騎士は多い。
 貴族は母上や次期女王であるセラのご機嫌取りに忙しく、僕はいないものとして扱っているかセラと比べて僕を蔑む貴族が大半。コーネット卿は そういう貴族とは違い、僕もセラも同じように扱ってくれていて嬉しかった。
 コーネット卿との思い出が蘇る。

2020/03/08 up
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